第16話 エリミネーターの女ユリ
「こんばんわ」
涼やかな声とスラッとした容姿にエリミネーターという
無骨なアメリカンバイクのコントラスト。
夏なのに黒ずくめのライダースタイル。
かなりのこだわりを持つ女性ライダーとみた。
「こんばんわ、どちらからですか?」
こういう仕事は仲間内では最もオンナ慣れしているカメの担当だ。
まあ言われずとも勝手にやってるあたりがヤツらしい。
「埼玉の春日部からなんです。
ソロツーリングで今晩どうしようかと思っていたのですが、
お隣失礼してよろしいですか?」
驚いた。女性のソロツーリング、それも野宿。
そんな女性いるのか、って目の前にいる訳だが。
「ど、どうぞどうぞ。何のお構いも出来ないのですが、
食べ物ならこの男が作りますので!」
なんちゅー紹介の仕方だよ、
オイ!と心の中でツッコミつつ、挨拶した。
「初めまして。今からご飯も炊くので4人分にしますよ、ぜひご一緒に。
お酒、ビールですけどもお好きですか?」
マジマジと見る機会を得て、やっとどんな人か分かった。
年の頃はほぼ自分たちと同じくらい、つまり20前後。
身長は165センチくらいで女性としては長身の部類だ。
長い黒髪に大きな目、松嶋菜々子…が近いか。
要はかなり美人である。
チャーミングな笑顔でお礼を言われた。
「ありがとうございます、実は1人でどうしようかと思っていたんです。
ユリと言います、よろしくお願いします。ビール得意です!」
なんと…男3人のムサい野宿団体に美人女性ユリが加わった!
頭の中で仲間が増えた時のドラクエファンファーレが鳴る。
(おい、どうすんだよ、こんな展開考えてなかったぞ!俺ら汗臭いまんまじゃねぇか!)
勢い色気付くヤマ。
(じゃあ、シャワーでも浴びてこいよ。帰りにビール買い足してきてくれ)
ユリは5メートルほど離れた場所に1人用テントを設営し、
テントの中に入ってもぞもぞしている。
「はぁ、暑かった…」
テントから出てきたユリを見て、カメと俺にイナズマが走る。
タンクトップにチョー短い短パンといういでたち。
つまり長くてスラッとした脚が否が応でも目に入り、目のやり場に困る。
「先にシャワー浴びてきます。戻る時にビール買ってきますね!行ってきます。」
カメが拾ってきた焚き木を積み上げながら言った。
「楽しくなりそうじゃねぇか、オイ(ニヤニヤ)」
戻ってきたヤマも目を丸くして
「なんだあの人、メッチャきれいな脚だな、
え?ユリって言うの?名前。
ユリさん青島ビールとか呑むかなぁ…」
なんで選りに選ってこんな時にウケを狙うのだヤマよ…
こういう時は鉄板のキリン一番搾りかアサヒスーパードライでいいんだよ…。
とりあえず皆、シャワー浴びてサッパリしたところで、乾杯である。
「カンパーイ!」
とりあえず野宿で日本一周中に自転車で伊豆一周していること、
熊本、東京、神奈川からそれぞれ集まって今ここにいることを話した。
「バイク?ああ、なんで無骨なアメリカンにオンナが乗ってるのか?ですか?
足つきがいいからです。
運転には自信が無いんで、低速時にチャンと足が地面についてないと不安なんです。
たまにキャンプするんで、オフロードを走ることもあるんですが、
オフロードバイクは足が着かないし、
かと言ってレプリカやツアラーだとオフロードが走れなかったり、
やっぱり足つきが悪かったりするので、アメリカン、
ってことになったのです。
女のコにぴったりのバイクだと思うんですけどね…
何でみんな乗らないんだろう…」
ユリのバイク観を聞き、女性には比較的少ないロジカルな感性を感じた。
女性がバイクに乗る理由はカッコいい、とか彼氏と一緒に走りたい、
とかそういう動機が多いと思われるが、
彼女はどうやら自分のスタイルを貫くためにどうするべきか、
という思考回路らしい。
美人で美脚な上に賢い野宿好き、文句なし!
そんな下衆な値踏みをしながら、スッカスカの青島ビールを飲んでいた。
「ヤマ!マズいぞ、これっ!」
カメが心の声を全開で世界に叫んでしまった。
ユリがふふふと笑う。
餃子とご飯、ビールの夕食にも満足そうだ。
これからどういうルートで走るんですか?と聞くと
「とりあえず、石廊崎まで行ってみようかな、と思っています」
と、ユリ。
「あっ!僕たちと同じですね!」
と、ヤマ。
まあでも一緒には走れねぇけどな、こっち自転車だから、とジャブを打っておく。
「何だよ、お前。話膨らまねぇだろ。」
俺は彼女に気を遣わせてしまうのはかわいそうだと思ったのだ。
話の流れ的に俺たちと一緒に、などと、
なったら流石になんか理由がありそうな女の野宿一人旅の邪魔になるのでは、と。
あはは、と渇いたユリの笑いは、その辺はNGな雰囲気を漂わせているように感じた。
その後は「楽々ズル箱根越え」や西湘バイパス野宿、
箱根山頂での高級カツカレーの話などを焚き火を囲んで取り留めもなく話した。
ユリは喜んで聞いてくれた。
カメは大喜びで俺やヤマをイジりながら話し続け、
ビールも結構な量が空いて夜も更けてきた。
「そろそろ私、寝ようかな!」
とユリ。
「そうですね、結構飲んじゃったし。それじゃおやすみなさい、
また明日!僕らもうちょい飲みますんで、あ、静かに飲みます、できるだけ…」
ふふふ、と笑いつつ超ショートパンツのユリはテントに消えていった。
男ども3人はドキドキで、ヒソヒソである。
「なぁ、結局聞けてないけど、何でソロなんだ?あんな美人なのに。
それに野宿一人旅っておかしくねぇか?」
「そう思うんだったら何でさっき聞かねぇんだよ。俺だって知りたいよ、それ。」
「じゃ、テント行って聞こうぜ!ジャンケン負けた奴。」
「え〜お前サイテーだな、それは無理だろ、もう寝るっつって、
テント行ったんだぞ。迷惑過ぎるだろ。」
酔っ払いは全く何でもありだ。他人の迷惑考えない…。
じゃーんけーん!
「だからやめろっつの!」
軽くキレ気味に僕が制止した。
「ノリの悪いヤツだな、もー」
ニヤニヤしながらカメはビールをグビリと飲んだ。
生ピーマンをかじりつつ、パタリと地面に大の字になり、夜空を見上げる。
広島にいる彼女はどうしているだろうか…何処かで絵葉書でも買って送るか…。
そんなことを考えながら夜は更けていった。
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