第5話

目が覚めた。空調設備は整っているようで、暑くも寒くもなかった。


部屋の時計は、5時半をさしていた。




ふと、昨日のことが頭をよぎった。


だが俺は、それ以上考えることはなかった。


四が俺に賭けてくれたんだ。弱気になってどうする。






8時半にロビーに集合ということで、7時半頃には食堂に行っていたいが...



部屋にいてもすることがない。

すっかり目が覚めてしまった俺は、なんとなく部屋を出てみることにした。


???「よう、おはようさん。」


後ろから声がした。俺の他にも、起きてる人が居たのか...。


振り返ると、車田さんの姿があった。


キョウスケ「直斗っち、起きてたんか。」


ナオト「車田さんこそ、どうしたんですか?」


キョウスケ「いや、俺はいつもの習慣が染み付いちまってな。早寝早起きは、体作りのキホンだぜ。」


車田さんは笑っていたが、作っているようにも見えた。早く起きて眠いわけでは...ないだろう。


車田さんも、さすがに昨日のことは思い出してしまうようだ。


ナオト「車田さんは、何しに部屋の外へ?」


キョウスケ「ちょっとひとっ風呂浴びてこようと思ってな!直斗っちも一緒にどうだ?」


ナオト「あ、いや、遠慮しておきます。俺、朝風呂派じゃないんで...」


キョウスケ「おう...そうか...。んじゃ、行ってくるぜ!」


何かを察したように、車田さんは1人で浴場へ向かった。


もしかしたら、ロビーに他のみんなもいるかもしれない。そう思い、俺は1階に下りた。





ロビーには...誰もいなかった。

一応、食堂まで行ってみよう。




食堂には、4人から6人がけの円形テーブルが3つ、それと端の方に、券売機があった。



そして、そのテーブルのひとつに、人が座っているのが見えた。


桐江さん、皇さん、是本さんが座っていた。


何かを話しているようだ。


ナオミチ「お、早いね。東雲くん。どうだい?

一緒にお茶でも。」


することもないし......と思い、俺は3人のいる席についた。


アカネ「おはよう、東雲くん。昨日から、色々と大変ね。だけど、明日は我が身かもしれないわ。もしまだ昨日のことが気がかりなら、私たちと話しましょう。是本さんも、言いたいことがあると言っていたわ。」


レイナ「ちょっと失礼。東雲くんにも、一杯淹れてきますわ。」


ナオト「あ...ありがとうございます。」


俺は、年上しかいない空間に少し緊張したが、それと同時に、大人の空気に心地の良さを感じた。



少しのあいだ2人と雑談をしていると、

皇さんがお茶を持ってきてくれた。


レイナ「はい、どうぞ。」


ナオト「これは?」


レイナ「ラベンダーのハーブティーですわ。まずは、香りを堪能しますのよ。ラベンダーの香りは、不安やうつ症状に有効的と言われています。きっと、東雲くんの口にも合うと思いますわ。」


俺は、1口飲んでみようと思い、口に近付けた。

しかし、熱すぎて反射的に飲むのを躊躇ってしまった。


レイナ「あら、熱いのはお苦手で?なら、今は香りだけでも楽しんで。程よく冷めたら召し上がってくださいまし。」


ハーブティーの香りを嗅いだ。上品な香りだ。

なんとなく、心が落ち着いたような気がした。





マサミチ「それでね、本題なんだけど。」


是本さんが、口を開いた。


マサミチ「単刀直入に言おう。」


マサミチ「“飯伏 蘭丸”に気をつけろ。」


ナオト「...え?」


マサミチ「いや、僕の考えすぎなのかもしれないけどね。」


アカネ「あなたにこの話は少し辛いかもしれないけど...こればかりは仕方ないわ。これから何があるかも分からないんだから、少しでも警戒の糸は張っておくに越したことはないわよ。」



マサミチ「......彼ね、笑ってたんだよ。」


ナオト「笑ってた...とは?」


マサミチ「その......神木くんが亡くなったときだ。ほぼ全員が唖然としたり、泣いてしまったりしている中で、ただ1人だけ。飯伏くんだけは、気味の悪い笑みを浮かべていたんだ。」


レイナ「ええ、わたくしも見ていましたわ。さすがのわたくしでも、あれは恐怖しましてよ。」


マサミチ「あまりにもおかしかったから、僕ね、飯伏くんに声をかけたんだ。そしたら彼ね。

『これから始まるデスゲームにワクワクしてる。人が死ぬ瞬間は、自分の生を1番認識できる。』

だってさ。」


ナオト「......っ!」


俺は、怒りを堪えるので精一杯だった。

あいつの......四の死を......

ワクワクするだ...?ふざけるなよ。


アカネ「東雲くん。今は彼のためにも、前を向かないと。少し厳しいけど、今は過去のことなんか気にするときではないわ。ただ生きて帰ること。それだけを考えなさい。」


ナオト「そんなこと、分かってますよ。ほら、今だってこんなに落ち着いて...」


アカネ「手。」


ナオト「え?」


桐江さんが、俺の右手に触れた。

その時初めて、ものすごい力で拳を握ってしまっていることに気がついた。

恐らく、怒りによるものだろう。


アカネ「力、入りすぎよ。相当無理してるんじゃないかしら。あ、いえ、ごめんなさい。あなたにそこまで干渉したいわけではないの。ただ、あなたにはどうしても生きて欲しくて。」


拳を解いた。爪が手のひらに食いこんで、血が滲んでいた。



桐江さんの『あなたには生きて欲しい』という言葉の意味が、俺にはまだ理解できなかった。


マサミチ「まぁ、こんなところだよ。ごめんね、こんな空気になってしまって。この状況のことだ。まだまだきっと、気を張らなくてはいけないだろう。さっきも桐江くんが言っていたが、警戒の糸は多い方がいい。」


ナオト「確かに、そうですね......。」


俺は、それ以上の言葉が出てこなかった。



時計を見ると、いつの間にか7時をさしていた。




レイナ「......東雲くん、ハーブティー。もう、飲める熱さだと思いますわ。」


ナオト「あ、すいません。ちょっと気が滅入ってしまって。」


俺は、ハーブティーを飲んだ。

少し気持ちが落ち着いた...気がする。


レイナ「いえ、謝ることなんてありませんわ。大切なご友人が目の前で亡くなられて、翌日からまた気を張って行動しなければならないなんて、さぞお辛いでしょう。」


マサミチ「そうだね...。僕らはいつだって、東雲くんの味方だ。いつでも頼ってくれよ。」


アカネ「さて。もうすぐ朝食をとった方がいいと思うわ。食欲は無いかもしれないけど、食べないと、出るはずの元気も出ないわよ。」


俺は、みんなの優しさに視界が歪んだ。


ナオト「そう...ですね。ありがとうございます。」


そろそろみんなも起きてくる頃だろう。



今日から、始まるんだ。

俺は何としてでも......

生き残らなくちゃいけないんだ。


俺は再度気を引き締めて、朝食を選びに席を立った。

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