4「帰らないでよ、理人」

「あー、もうお腹いっぱい! そして酔ったぁ!」


 響香さんは空き缶を置いて、ベッドに倒れ込む。放っておくとそのまま寝てしまいそうだな。というか、何度か俺を無視して寝たことあるし。


「そろそろお開きにしますか。片付け、やりますよ」


「んー、それは大丈夫。それより理人、ちょっと水取ってぇー」


「ベッドから降りれば自分で取れるでしょう? 仕方ないですね、どうぞ…わっ!」


 ペットボトルの水を片手に、響香さんのベッドに近付いた瞬間。

 彼女は差し出された水ではなく、俺の手首を握って強い力で引っ張った。


「きょ、響香さん、一体何を……!」


 ベッドに倒れ込んだ先には、響香さんの綺麗な顔が間近にあった。

 あとほんの少しでも近づけば、互いの鼻先がくっつきそうになるほどに。


「帰らないでよ、理人」



 酒で酔ったその顔は、いつもより魅力的で、とても妖艶で。


「言ったよね。ウチ、明日は何も無いって。理人も学校は休みだよね。成人した『一人ぼっち』同士の男女が、日付も変わっていないうちに帰るのは、健全すぎるよ?」


 言葉の一つ一つが耳に響き、ベッドから良い匂いが香る。

 不思議とアルコールの匂いは、何故だか感じなくて。

 響香さんのことだけで、頭がいっぱいになっていく。


「だから今日は朝まで私と付き合って……くれる?」


 私に。ではなくて、私と。


 息を飲む。俺はその言葉の真意を、彼女に問いただしていいのだろうか――? 




「ぃぎゃー! れ、レンジがぁ! ば、爆発したぁ!?」


 何かの破裂音と共に、甲高い悲鳴が上の部屋から響く。

 そのままドアが開く音が続き、廊下に大袈裟な足音を感じた。


「りーくん! 助けてぇ! 卵を温めただけなのに何故か爆発したよぉ! 卵に何か悪い成分が含まれていたのかもしれない! 鉄とか!」


 俺と響香さんは見つめ合って、どちらとなく噴き出した。

 そういえば響香さんの部屋の上は、結菜の部屋だったな。


「助けてあげなよ、りーくん」


 響香さんはわざとらしく俺をその名で呼んで、二人でベッドから起き上がる。

 結菜の悲鳴のおかげで冷静になれたが、もう少しで何かをやらかすところだった。


「すみません。えっと……い、いってきますね?」


「うん! また一緒に飲もうね。今度は理人の部屋に、そろそろウチを招待してほしいかな?」


「あはは、いつも響香さんの部屋ですからね。分かりました、今度はお詫びに俺が招待しますから。お水、ちゃんと飲んでくださいね。では」


 そう言って俺は足早に部屋を出て、ドアを閉めてから深呼吸をする。


「……相変らず、響香さんと飲むのは心臓に悪いな」


 いつも薄着で、無防備で、誤解させるようなことばかり言って。

 あんなに密着しても、照れた顔一つ見せない。そんな年上の女性ひと


「いや……流石に考えすぎだ。俺も結構、酔っているな」


 俺はいろいろなことをお酒のせいにして、小さく息を吐く。


 そして外階段を上がり、俺の部屋の前で延々と悲鳴を上げ続けるお隣JKに声をかけるのだった。

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