Recipe03「あたためますか?」

1「私のお持ち帰りはいかがですか?」

 ある日の夕方。俺は近くのコンビニにお茶を買いに行った。

 普段は節約のため、安売りをしているスーパーまで足を運ぶのだが、コンビニで使える無料引換券を持っていたので、それを使ってしまおうという算段だ。

「いらっしゃいませ」

 店内に足を踏み入れると、高校生くらいの男性店員が挨拶を向けてくる。

 他に客もおらず、レジには彼一人だ。

 俺は目当ての飲料を見つけ、手に取ろうとした、その瞬間――。


「お客様。そちらの商品と合わせて、私のお持ち帰りはいかがですか?」


「うひゃぁ!」


 耳元で誰かに囁かれ、俺は首元に鳥肌が立ったのを感じながら慌てて振り返る。


「だ、誰かと思ったら、響香さんですか」

「ふふーん。こんにちは、理人。ウチのセクシーボイスを耳元で聞いて照れちゃうとか、相変わらずキミは可愛いなあ」


 俺に悪戯をして無邪気に笑う女性は、唐木田響香からきだきょうかさん。

 このコンビニで働くフリーターで、同じアパート【生石荘おいしそう】の一階に住んでいる。


「ウチに会いに来たの? そりゃあお姉さんは魅力的だと思うけど、同じ部屋に住んでいるわけだし、わざわざ職場に来なくてもいいのに。あ、我慢出来なかった?」


「……同じ建物の、同じ構造の部屋に住んでいるのは事実ですが、同棲彼女を装わないでください」

「理人はつれないなあ。ここはキミも調子乗って彼氏ヅラしていいのに」


 そんな心臓に悪い冗談を漏らして、響香さんは楽しそうに笑う。うん、今日も元気だな。


「あ、そうだ。ねえ、理人――」


 響香さんが何かを言いかけた、その時。

「か、唐木田さん! れ、レジお願いします!」

 レジの方向から弱気な叫び声が聞こえてきた。ふとそちらを見ると、先ほどの店員が何やら中年男性のお客さんと揉めている姿が見えた。


「あちゃー……何かやらかしたかな。ちょっと助けてくる」


 響香さんは颯爽とレジに向かい、彼と代わって対応を始める。

 助けられた店員は涙目になりつつも、響香さんの背後で行く末を見守っていた。

 最初こそ声を荒げていた中年男性だったが、響香さんが接客を続けていくうちに声音が落ち着き、最終的には嬉しそうに「また来るわぁ!」とビニール袋を片手に退店していった。

 安堵の表情を浮かべた彼は響香さんにお礼を言い、品出し作業の為に事務所へ向かった。響香さんはレジで一息ついてから、俺を手招きする。


「格好いいですね、響香さん」


 俺がレジに飲み物を置きながら褒めると、響香さんは少しだけ照れたように笑う。


「慣れっこだよ、あれくらい。でも……理人にそう言って貰えると嬉しいかも。あはは」

「コーヒーでも飲みますか? 響香さんさえ良ければ、一杯奢りますよ」

「ふぅーん? あのね、理人。悪い男っていうのは、『一杯奢りますよ』をナンパ

の常套句にするものなの。キミみたいな子が、軽々しく使ったらダメだよ?」

「え? べ、別にそんなつもりは」


 慌てている俺がよっぽど面白かったのか、響香さんは意地の悪い笑顔を浮かべながら、俺の出したお茶の会計を済ませる。


「冗談だって。キミは本当に可愛いなあ。あ、そうだ。さっき言いそびれたけど、この後ウチの部屋に来ない?」


 思わぬ誘いを口にした響香さんは、固まっている俺に続けて言う。



「ちなみにこれは冗談じゃなくて、本当だから……ね?」

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