5「あなたになら……触られても、別にかまわないから」
「ごちそうさま、浅生君」
食後。柊は特にくつろぐことなく、部屋を出て行こうと立ち上がるが、玄関で足を止めて向き直る。
「あなたは私が好きだから、こうしてくれるの?」
いつもの無表情と平坦な声。柊の心は読めないが、言葉は返せる。
「もちろん。友達同士なら普通のことだと思うぞ」
柊はまだ、他人との距離感や接し方が分からない。相手の気持ちや、空気を読むことを学んでいる最中だ。そしてそんな彼女だからこそ――。
「私も、あなたが好きよ」
時々、驚くくらい真っすぐな言葉をぶつけてくる。
「え、えっと……ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しい」
一瞬、動揺してしまった。俺もまだまだ、女子との交流が下手だな。
「あなたのおかげで少しだけ慣れたけど、やっぱり他人との交流は難しいわね。どんな言葉が適切で、相手に伝わるか……理解が足りない」
「うん、俺だって間違えてばかりだし、勉強中だよ。だから気にせずにまた俺で試して、経験を積めばいい」
「そうね。勉強になったわ。それじゃあ私は……っ!」
後ずさるように一歩、足を下げた柊が目を見開いて短い悲鳴を漏らす。
「あぶないっ!」
部屋と土間の段差を踏み外し、背中から倒れそうになる柊を助けようと、その細い腕を引き――、思わず抱き留めていた。
「わ、悪い! 咄嗟のことで、その……!」
柊の華奢な身体は、今にも折れてしまいそうで、日ごろの食生活が窺える。
だけど女性らしい柔らかさと、長い髪から香る匂いに心臓が跳ねた。
ちゃんと女の子、なんだな。密着して今更、強く意識してしまう。
「いいの。あなたになら……触られても、別にかまわないから」
柊は落ち着いた態度で一瞬だけ俺を見上げ、すぐに離れた。
いつも通りクールな様子だけど、その耳と頬は確かに赤らんでいて。
見たことのない柊の姿に思わず固まってしまっている俺を尻目に、柊は今度こそ靴を履いて部屋を出て行こうとする。
「浅生君。本の続き、また持ってくるわね。それじゃあ」
ずっと友達として接してきて。
ずっと二人で本の感想を語り合って。
ずっと二人で何もかも変わらないままだと、そう思い込んでいたけど。
「反則だろ、その照れ方は……」
初めて見せてくれた彼女の一面はきっと、ずっと忘れられそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。