Happy♡Table-いっぱい食べるキミが好き-

月見秋水/電撃G'sマガジン

Recipe01「たまなとナイショをおすそわけ」 

1「世界一可愛い女子高生に大変なことが起こってしまったので!」

「よし、今日の講義のレポートはこれで終わりだな」


 三月の末。肌寒さが和らぎ、間もなく桜が咲き誇る季節になろうとしているころ。

 アパートの一室で、俺はノートパソコンの打鍵を止めて座椅子に背もたれる。

 浅生理人あそうりひと、大学二年生。一人暮らしを始めて三年目、県内の私大に通うのにも、こうしてレポート作業するのにも慣れた俺だが、一つだけ『慣れないこと』ができた。


「お隣さん、今日も楽しそうに何かをしているなぁ」


 アパートの壁越しに、左隣の部屋から何やら楽しげな声が聞こえてくる。

 先週引っ越してきた、高校生の女の子だ。名前は桜木結菜さくらぎゆいな。引っ越しの挨拶で一度だけ顔を合わせたが、可愛らしい、いかにも今時の女子高生という感じだった。

 高校生の身分で一人暮らしをすること自体は別にいい。彼女にも事情があるのだろう。


「だけどこれは流石に驚いたな……」


 挨拶の際に、「ちょっと大きな声を出しちゃうかもしれないけど」なんて言ってい

たが、平日の夕方とはいえ結構なはしゃぎ方だ。殆ど内容は聞き取れないからいいけど。

 夜になると声が控えめになる辺り、配慮はしてくれているようだしな。


「お隣JKはさておき、そろそろ夕食の準備でもするか」


 タブレットを持って立ち上がり、俺はキッチンに向かう。

 動画サイトでお気に入りのゲーム実況を垂れ流しながら、冷蔵庫を漁って今日使う食材を選定する。

 料理が趣味というほどではないが、俺は一人暮らしを始めてから極力、簡単な物でも自炊をするように心がけていた。

 コンビニ飯やファストフードも好きだが、大学生の懐事情を考えると毎日食べられる物じゃない。貧乏学生だからこそ、日々の工夫と節約が大事なのだ。


「冷蔵庫には卵、ソーセージ、ニンニクと調味料、コーラだけか……食えなくはないが、栄養不足な食事になりそうだ」


 俺は食材を台所に並べ、メニューを思考しながらタブレットに目をやる。

 抜群のゲームセンスを持つ、有名配信者の生放送。ゴールデンタイムということもあって、同時接続数は一万近い数字を叩き出していた。

 配信者の名前は、艶姫つやひめさん。顔出しはしていないので素性は謎に包まれているけれど、ゲームに関する知識や技術から、推定年齢は二十代半ばとされている。

 今プレイしているゲームも新作ではなく少し古いもので、俺が小学生の頃に発売された、高難易度のアクションゲームだ。それを明るく楽しみながら、簡単にクリアしてしまう。


「案外同い年かもしれないなあ。こんな女性が恋人だったら楽しそうだ」


 恋愛経験は殆ど無い俺が、強いて好みのタイプを上げるなら、同じ趣味を共有できて、年齢が近い方がいい。

 そんな大雑把な好みしか浮かばない、自分の恋愛経験値の低さに悲しくなっていると。



『い……んっ、ぎにゅぁあああ! いやぁあああ!』



「うわぁっ!? な、何だ?」


 甲高く響くシャウトと一瞬のノイズに、思わず耳を抑える。

 どこから出た音なのか困惑していると、次に部屋のドアがぶち抜かれそうな勢いでノックされる。ノックというかパンチとキックだろ、この音。

 忍び足で玄関に近付くと、ドアスコープを覗くよりも先に大きな声が響いた。


「お、お、お隣さぁん! 居ますかぁ!? 居ますよね! 今日も一日暇人ニートのように部屋に籠りっぱなしで、外出した気配無かったですもん! だから居ますよねぇ!?」

「うわ、扉越しにお隣JKが死ぬほど失礼なこと言ってやがるぞ」

「あ! やっぱり居るじゃないですか! い、今すぐ開けてもらえますか! 世界一可愛い女子高生に大変なことが起こってしまったので! 早くぅ!」

「チェーンかけておいて良かった。さて、料理の続きをするか」


「ぎゃあっ! さ、さっきの失言は謝りますからぁ! は、早く開け、て……ぇ」


 急に語気が弱くなったのを確認して、俺は(関わりたくない気持ちを抑えて)ゆっくりとドアを開けた。



 そこには、プラグの繋がっていないヘッドフォンを首から下げ、ゲームのコントローラーを手に持ち、額に汗を滲ませて息を切らしているお隣さん――、


桜木結菜が居た。



「これは……事案、かな?」

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