アスランの戦い

 アスランたちはヘラジカの霊獣の攻撃から逃れ、一路エルナンデス子爵の館を目指した。アスランは不安な気持ちで言った。


「メリッサは無茶をしないだろうか」

「このままじゃ無茶しかねない。だから俺たちが早くエルナンデス子爵をふんじばってヘラジカの霊獣を解放させねぇとメリッサが危ないんだ」


 アポロンの背に乗って、アスランの後ろにいるグリフが答えた。アスランはグリフの答えに力強くうなずいた。



 アスランたちはエルナンデス子爵の館に到着すると、館の重厚なドアを叩いた。するとしばらくして、ギギギとドアが開き、中から無表情な執事が顔を出した。アスランがエルナンデス子爵に会いたいと告げるが、紹介状の無い者は取り次げないと、取りつく島がなかった。アスランがやきもきしながら押し問答していると、室内の階段の上から声がした。



「何事だトーマス」


 その声に執事はギクリと、身体をこわばらせた。執事は主人に事の次第を告げた。


「申し訳ございません、旦那さま。この者たちが騒ぎ立てまして」

「久しぶりの客人だ。丁重にもてなしなさい」


 アスランは、階段から降りてくるエルナンデス子爵を見た。がっしりとした身体つき、貴族というより戦士のようだ。年の頃は四十代後半といった所か。眼光が鋭く口元は笑みを浮かべていたが、とても冷たい表情に見えた。アスランは執事のトーマスの肩を掴んで、無理矢理室内に入っていった。


「エルナンデス子爵、ご無礼を承知で申し上げます。貴方はヘラジカの霊獣と契約されているはずです。その契約を解除していただきたい」


 エルナンデス子爵は、語気を荒げるアスランを見て大笑いして言った。


「霊獣エルクの真の名の契約を解除しても無駄だ。エルクには俺の呪い魔法をかけているからな。その呪い魔法は奴が死ぬまで続く、エルクは死ぬまで俺の道具なのだ」


 アスランは下唇を強く噛んだ。ヘラジカの霊獣を助けられなければメリッサは悲しむだろう、何とかできないものか。アスランの後ろにいるグリフが声をかける。


「アスラン、いいから奴を死なない程度にぶっ倒せ。後で呪いの解除方を聞き出せばいい」


 アスランは納得して、もう一度エルナンデス子爵に向き直った。するとエルナンデス子爵は、自身の手の中で強力な攻撃魔法を作り出していた。アスランは初動が遅れた、アスランには理解できなかったからだ。エルナンデス子爵がこの場でアスランたちに攻撃魔法を発動させれば、アスランの側にいる執事のトーマスまで傷つく可能性があったからだ。


 動揺するアスランの前にグリフがおどり出る。グリフは自身の手から真っ黒な穴を作り出した。グリフの狼の契約霊獣が使う空間魔法だ。アスランは驚いた、霊獣が使う高度な空間魔法を、グリフは使いこなす事ができるのだ。エルナンデス子爵の放った攻撃魔法は、グリフの作った異空間の入り口に吸い込まれていく。グリフがアスランに怒って言った。


「何ぼんやりしてんだよ、アスラン!もう戦いが始まってるんだぞ!」

「すごいなグリフは、契約霊獣の空間魔法が使えるなんて。所であの攻撃魔法はどこに行ってしまったんだい?」

「・・・、アスランお前どこまでもマイペースなんだな。あの攻撃魔法がどこに言ったかなんて知らねぇよ。あっ」


 グリフは何が思いついたらしく、小さく呪文を唱えた。すると、エルナンデス子爵の背後に真っ暗な穴の空間魔法が出現した。そして、先ほどエルナンデス子爵の放った攻撃魔法が飛び出して、エルナンデス子爵の背中に直撃した。エルナンデス子爵は前につんのめった。グリフは大喜びでアスランの背中をバンバン叩きながら言った。


「あはは、見たか?けっさくだな、おい」


 アスランは内心ぼやいた。エルナンデス子爵が発動した魔法だ、本人には対してダメージはないだろう。ただイタズラにエルナンデス子爵の神経を逆なでしただけだ。エルナンデス子爵がゆっくりと身体を起こす、彼の高価な服はボロボロになりたくましい肉体があらわになっていた。執事のトーマスが主人の元に駆け寄る。エルナンデス子爵はアスランたちを見てニヤリと笑った。


 そしてエルナンデス子爵の身体に急激な変化が起きた。エルナンデス子爵の肌がみるみる緑色になり、ゴツゴツし出した。まるでトカゲのような皮膚になり、目は釣り上がった。エルナンデス子爵は瞬く間に人間の様相を捨て、魔物の姿になった。


 執事のトーマスが主人の変貌ぶりに恐怖して、尻もちをつく。腰が抜けて動けないのだろう。エルナンデス子爵はニヤリとトーマスを見ると、何と自分の使用人に攻撃魔法を放ったのだ。アスランはぼう然としてそれを見ていた。だが執事のトーマスは、風魔法の防御ドームに守られて攻撃される事はなかった。勿論風魔法を発動したのはアスランではない。風魔法でトーマスを守ったグリフが叫ぶ。


「やい!テメェ!お前を心配してる執事を殺すつもりかよ!!」


 アスランは、エルナンデス子爵だった人間が、もう人間ではなくなった事を理解した。エルナンデス子爵が魔物と契約した事は間違いない。アスランは彼を倒さなければならない。ふと、アスランは肩を掴まれた。振り向くと、グリフがこわばった顔をして言った。


「アスラン、お前今自分がどんな顔しているかわかってんのか?すげぇ怖い笑顔だ。子供が見たらチビるぞ?」

「そんなに怖い顔をしているかい?」


 アスランはごまかしながら、笑ってしまう口元を手で隠した。グリフの指摘通りだ、アスランは今とても愉快なのだ。エルナンデス子爵は魔力も膨大で、剣の達人でもある。アスランは彼と早く戦いたかった。


 アスランは盗賊の親分を殺めた時、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。何故なら親分はアスランよりもはるかに弱かったからだ。自分より弱い者を暴力でねじ伏せるなど士道にあるまじき行為だ。


 だがエルナンデス子爵は違う。彼はアスランと同等か、もしくはアスランよりも強いかもしれない。そうと決まればここにいる人間を非難させなければいけない。アスランのとなりでわめいている、憎たらしくて悪ぶっているのに善良な魔法使いも巻き添えをくってしまう。アスランはグリフの肩を掴むと語気を強めて言った。


「グリフ、君の契約霊獣を呼ぶんだ」

「何でご主人さまを呼ばなきゃいけないんだよ!自分の身くらい自分で守れるわ!」


 グリフは強がっているが、顔は青ざめていた。無理もないだろう、鑑定魔法が使えるグリフはエルナンデス子爵の魔力がけた外れな事に気づいているのだ。逃げ出したくて当然だ。だがメリッサのために恐怖を押し殺しているのだろう。グリフは何故か、契約霊獣に意地をはっているふしがある、アスランはため息をついて言った。


「グリフが呼ばないなら僕が呼ぶ。黒き狼の霊獣よ、あなたのペットを保護してもらいたい」


 アスランの言葉に、こつ然と黒い狼の霊獣が現れた。


『やれやれ契約者以外に呼び出されるなど屈辱だぞ』

「なら来なきゃいいじゃねぇかご主人さま」

『グリフ、お前が素直に俺を呼べばいい話だぞ』


 黒い狼の霊獣とグリフは何やらもめている。だが今はそんな場合ではない。アスランが二人をたしなめる。


「痴話ゲンカは後にしてくれ。グリフ、早くこの館の使用人たちを避難させてくれ」

「痴話ゲンカじゃねえよ!言われなくてもわかってらぁ。死ぬなよアスラン、アポロン」


 グリフはそれだけ言うと、自身の契約霊獣と共に執事のトーマスの元に走った。エルナンデス子爵はグリフと狼の霊獣に沢山の攻撃魔法を放った。すかさず狼の霊獣が、空間魔法の穴を沢山出現させて攻撃魔法を吸い取ってしまった。グリフはトーマスの風防御ドームを解除すると、トーマスを小脇に抱えて部屋の奥まで逃げ込んだ。

 

 

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