メリッサの決断


 あかりは飛び去ったアポロンたちから、視線をヘラジカの霊獣に戻した。ヘラジカの霊獣はティグリスとグラキエースの攻撃魔法により、再び意識を取り戻したようだ。エラフィがお父さん、と叫ぶ。


 アスランの作ってくれた風防御ドームは、魔法発動者のアスランが百メートル以上離れると解除されてしまう。しばらくしてあかりたちを守ってくれていた防御ドームが消失した。ヘラジカの霊獣は、あかりたちに攻撃しないよう意識を無理矢理保っているようでとても苦しそうだ。あかりはヘラジカの霊獣に大声で叫んだ。


「エラフィの守護者さん、今私の仲間が、あなたの契約者に契約解除をお願いしに行っているわ。もう少し辛抱して!」


 ヘラジカの霊獣は苦しそうにあかりに言った。


『ありがたい言葉だが、それは無理だ。契約者のイーサンは真の名の契約の他に、私を射た槍で、私を意のままに操る呪いをほどこした。その呪いは私が死ぬまで続くそうだ。私は、私の力で自然や他の命を傷つけたくはない。そこのドラゴンと虎の霊獣よ、頼む私の意識が保つ間に私を殺してくれ』


 グラキエースとティグリスはヘラジカの霊獣の願いを到底聞き入れる事はできなかった。養い子のエラフィの前で守護者を殺す事などできるわけがない。子鹿の霊獣エラフィが泣き叫んで言った。


『お父さん、死んじゃいやだ!ぼくを一人にしないで!』


 ヘラジカの霊獣は、養い子を慈しみ深い目で見つめて言った。


『エラフィ、お前の成長した姿を見る事ができないのが唯一の心残りだ。幸せになるのだぞ、ずっと愛してる』


 あかりはとっさに叫んだ、このままヘラジカの霊獣を死なせてはならない。


「待って守護者さん、もう少しだけ我慢して!ティグリス、エラフィを守る防御ドーム作れる?』


 あかりの質問にティグリスは自慢げに、できると答える。あかりは笑ってうなずくとティグリスに言った。


「ならティグリス、あなたとエラフィを防御ドームで包んで?」


 ティグリスはあかりの真意は分からないが言う通りにしてくれた。小さな身体のティグリスとエラフィは小さな防御ドームにおおわれた。あかりは微笑んで言った。


「ティグリスありがとう。じゃあ私が防御魔法を解除してというまで絶対に解除しないでね?」


 ティグリスはコクンとうなずいた。あかりは次にグラキエースに向き直って言った。


「グラキエース、私はあのヘラジカの霊獣の背中に乗りたいの。手伝ってくれる?」


 あかりの提案を聞いたグラキエースがすっとんきょうな声をあげて言う。


『なんじゃとメリッサ。無茶だ、危険過ぎる!』


 あかりはグラキエースに微笑んで言った。


「無茶は承知だけど、このままだとあの守護者さんは自分で自分の命を絶ってしまうわ。エラフィを親なし子にさせないで?それに危なくなったらグラキエースを呼ぶわ、助けに来てくれる?」

『それは勿論じゃが。メリッサ、わしが危険と判断したら何が何でもお主を最優先にするからな?』

「グラキエース、ありがとう」

 

 あかりはそれだけ言うと、苦しみながらうめいているヘラジカの霊獣にゆっくりと近づいた。そして腰に下げていて鞭を持ち、鞭をヒュンヒュンと、上空で回しだした。そして狙いを定めると、あかりは鞭を振り下ろした。


 鞭は上手い具合にヘラジカの巨大なツノに巻きついた。あかりは注意深くヘラジカの霊獣との距離を縮めていく。だがヘラジカの霊獣は、鞭がツノに絡んだ事を嫌がって全速力で走りだした。あかりは鞭をつかんだまま、身体が宙に浮いてしまった。


 だが鞭を離すわけにはいかない。あかりは両腕に力を入れてたぐり寄せ、何とかヘラジカの霊獣の背に乗る事ができた。ホッとしたのもつかの間、あかりは自身の身体が浮き上がる感覚を感じた。何とあかりが背に乗った事を嫌がったヘラジカの霊獣が、空に飛び上がってしまったのだ。


 ヘラジカの霊獣はどんどん高度を上げ、上空を駆けて行く。早く行動を開始しなければ。あかりは心の中でヘラジカの霊獣に謝ると、持っていた鞭をヘラジカの霊獣の太い首に巻きつけ、思いっきり締め上げた。ヘラジカの霊獣は急に呼吸ができなくなった事で暴れだした。


 可哀想と思って手を緩めるわけにはいかない。あかりの考えは、ヘラジカの霊獣の呼吸を一時的に止めて、仮死状態にする事だ。ヘラジカの霊獣が仮死状態になれば、契約者のかけた呪いが解けるのではないかと考えたのだ。


 ヘラジカの霊獣は苦しさのあまり、風魔法をメチャクチャに放ち始めた。森に風魔法が落ちて木々がなぎ倒された。だがヘラジカの霊獣の背中に乗っているあかりには影響はなかった。あかりが歯を食いしばりながら鞭を持つ力を強めていると、ヘラジカの霊獣がガクリと首を倒した、そして浮力がなくなり、一気に落下を始めた。


 あかりが落下するヘラジカの霊獣の首の横から顔をのぞかせると、地面が迫っていた。あかりは手に持った鞭を地面に向けて一振りした。すると鞭の先から、ティグリスの炎魔法があふれ出した。炎魔法は地面に接触すると大爆発を起こした。あかりとヘラジカの霊獣は、大爆発の爆風により、落下が少し弱まった。


 だがこのままではやはりあかりたちは地面に叩きつけられてしまう。あかりは鞭についている宝石のダイヤルをセレーナの水魔法に変えて鞭を振った。すると巨大な水の塊が現れた。あかりたちはその巨大な水の塊の中に落ちた。あかりたちが水の塊の中に入った途端、水の塊は弾けた。


 あかりとヘラジカの霊獣は地面に叩きつけられたが、何とか無事だった。あかりは背中を強打して激しく咳をした。だが今は自分の事よりヘラジカの霊獣だ。あかりははいずるようにヘラジカの霊獣の元ににじりより、ヘラジカの霊獣の胸に耳を当てた。だが心音は聞こえなかった。


 あかりは鞭の先端をヘラジカの霊獣の胸に当て、そして鞭の宝石のダイヤルをルプスの雷魔法に合わせ、宝石を押した。すると、ヘラジカの霊獣がドンッと身体を跳ねさせた。あかりはすかさずヘラジカの霊獣の胸に耳を押し付ける。だが心音は聞こえたない。


 あかりは心の中で祈りながらもう一度、雷魔法を押す。お願い、エラフィをひとりぼっちにしないで。ヘラジカの霊獣は再びドンッと跳ねた、あかりはもう一度心音を確認する。トクンットクンッと心臓の音が聞こえだした。あかりはハァッと大きく息を吐いた。だがまだ安心はできない、ヘラジカの霊獣の呪いが解けていなければ。


 あかりはヘラジカの霊獣をジッと観察した。するとヘラジカの霊獣が突然咳き込み始めた。ゴホッゴホッと、咳をすると口から何かトゲのようなものを吐いた。あかりはそのトゲをよく見ようと、目をこらした。すると、そのトゲはどんどん大きくなり、大きな槍に変わった。グラキエースの脚に刺さっていたものと同じだ。あかりは安堵した、どうやら呪いは解けたようだ。あかりはグラキエース、と呼んだ。可愛い銀色の竜が、あかりの前に現れた。グラキエースはとても怒って言った。


『メリッサ!無茶な事しおって、空中でヘラジカの背から落ちたらひとたまりもないのだぞ?!わしは心臓が止まるかと思ったわ』

「グラキエース、心配かけてごめんなさい」


 グラキエースはため息をつきながら、ヘラジカの霊獣に治癒魔法をほどこしてくれた。あかりは目を覚ましたヘラジカの霊獣に声をかけた。


「守護者さん、気分はどう?」

『ああ、頭の中のモヤが晴れたようだ。とてもいい気分だ』


 ヘラジカの霊獣は辺りを見回して、自身が破壊した森を見て嘆いた。あかりはヘラジカの霊獣の首を優しく撫でて言った。


「大丈夫よ守護者さん。私のお友達が魔法で直してくれるわ」


 驚いているヘラジカの霊獣に、あかりは微笑んでセレーナ、と友を呼んだ。




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