テイマーの武器

 グリフは横になりながらメリッサが一心不乱に素振りをする姿を見つめていた。グリフが客観的に見て、メリッサは剣はどうやらむいていないようだ。だがメリッサは、何か一つの事に集中する力はものすごかった。そんなメリッサをアスランは暖かい眼差しで見守っていた。アスランは誰に言うでもなく疑問の言葉を言った。


「それにしても、何でメリッサは急に剣を習いたいなんていったんだろう?」


 それを聞いたグリフはカチンときて、立ち上がり厳しい声でアスランに言った。


「何寝ぼけた事言ってんだよ。全部テメェのためだろうが!」


 アスランが訳がわからないという顔をしたのでグリフは怒りのままに叫んだ。


「メリッサはなぁ、テメェが盗賊の親分を殺した事に責任を感じてんだよ!メリッサは剣を習って、もし魔物と契約した人間がいたら自分でとどめさそうって覚悟してんだよ。なぁアスラン、メリッサにそれやらせんのかよ?あの優しい女の子に」


 アスランは渋面を作ると低い声で言った。


「盗賊との戦いは全て僕の責任だ。メリッサのせいじゃない」

「ああ、俺だってそう思ってるさ。メリッサが責任を感じる事なんて一つもない!だがなメリッサはそう思ったんだよ。だから剣なんか習おうとしたんだ」

「もしまた魔物と契約した人間が現れたら、今度こそちゅうちょなく倒す」

「・・・、お前、もし盗賊が小さな子供を殺そうとしていたらどうする?」

「何だよ急に」

「いいから答えろ」


 グリフの真剣な目に気圧されてアスランは渋々答えた。


「勿論子供を助けるよ」

「盗賊はどうする?」

「死なない程度に懲らしめる」


 グリフはアスランをにらんだ。これはグリフが求めている答えじゃない。グリフが口を開く。


「俺は子供を助けるために、盗賊はちゅうちょなく殺す」


 アスランは小さく息を飲む。グリフは話し続ける。


「俺はお前ほど剣術は得意じゃない。もし盗賊に手ごころを加えたなら、俺が返り討ちにされかねない。それに、子供を何のためらいもなく殺す人間は、また同じ事をする。だからその場にいた子供は助かっても、また別な子供が殺されるかもしれない。不満な表情だな、アスラン」


 グリフは不満げなアスランを、できの悪い生徒を見る教師のような目で見ながら言った。


「人が人を殺す行為は悪い事だ。それは、人が人たるゆえんの根幹をなすものだからだ。人を殺す人間には二種類いると俺は思っている。一つは、自分本位な人間だ。自分以外の人間は取るに足らない存在だから無慈悲に人の命を奪う事ができる。もう一つは、大切なものを守るために、大切なものを仇なす者を殺める事だ。アスラン、お前は勇者になるんだろ?ならば覚悟を持て」


 アスランは苦しそうに顔をゆがめ、黙った。グリフはアスランの返事を待ったが、アスランは黙ったままだった。ふとグリフがメリッサを見ると、メリッサが心配そうにグリフとアスランを見ていた。どうやらまたケンカしていると思われたようだ。グリフはメリッサに笑って手を振った。メリッサは安心したようにまた剣の素振りを再開した。


 グリフは再びメリッサの練習を見つめた。グリフはメリッサに視線を向けたままアスランに言った。


「おいアスラン、メリッサがこのまま剣の訓練をしたって、俺はメリッサに戦闘に参加させるのは反対だからな。考えてもみろ、模擬刀の試合じゃないんだぞ?真剣を持った大人と戦うなんて、メリッサがケガしちまう。もっとひどい事になれば死んでしまうかもしれないんだぞ?」


 アスランはしばらく考えてから口を開いた。


「僕はそうは思わない。メリッサは剣術の訓練の成果はゆっくりかもしれないが、剣士にとって一番必要な集中力を持っているし、メリッサは畑仕事や水くみで基礎体力もできている。それにメリッサの身体の小ささは、大人との戦いの時に間合いに入れば有利に戦える」

「メリッサが敵の間合いに入れたとして、あの子が相手に剣を突き刺す事ができるか?一瞬のためらいが死を招くぞ!メリッサは接近戦より遠隔戦の方がいいと俺は思う。武器は、槍、棒、弓、うん、メリッサの職業はテイマーだったな。よし、鞭がいい」


 グリフは自身で納得すると、素振りのノルマが終わったメリッサに声をかけた。


「メリッサ、戻っておいで」


 メリッサはほほを上気させながらグリフの元に走ってきた。グリフはメリッサに両手を出すようにうながした。メリッサはグリフに素直に両手を差し出す。メリッサの小さな手のひらはマメが潰れて赤くなっていた。グリフはメリッサの手の甲に優しく触れると、治癒魔法でメリッサの手のひらの傷を治した。メリッサは笑顔でグリフに礼を言った。


 以前アスランがメリッサの手のひらのマメを見て、手のひらのマメは治癒魔法で治すよりも、手のひらの皮を硬くしたほうが痛くならないと言いはって、自分が小さい頃塗ってもらったドロドロの薬草をメリッサの手に塗ろうとしてグリフは激怒した。メリッサの手は、つなぐと小さくて柔らかくてとても綺麗なのだ。その手がゴツゴツになったらどうしてくれるのだ。グリフは確信した、アスランは絶対女にモテないと。グリフは気を取り直してメリッサに話しかけた。


「なぁメリッサ、お前はテイマーだろ?テイマーの武器といえば鞭だ。剣と同時に鞭も練習してみたらどうかな?」


 グリフの言葉にメリッサの顔がくもる。メリッサがおずおずと言った。


「ねぇグリフ、私剣向いてないの?」


 グリフは内心の動揺をメリッサにさとられないように、つとめて明るく言った。


「いいや、メリッサは頑張り屋だからきっと剣も上達する。だけどメリッサは女の子だ。大人と剣で戦う場合、どうしても力負けしてしまう。だけど鞭なら遠くからでも敵に攻撃ができる」


 グリフは自身の腰に下げた袋から鞭を取り出した。その鞭は、持ち手の所にグリーンの宝石がはめ込まれていた。メリッサはその鞭を見て眉を寄せながら言った。


「グリフ、私鞭は好きじゃないわ。動物と霊獣に鞭なんかふるいたくないわ」

「勿論だよメリッサ。君は動物と霊獣と話ができるから鞭なんて必要ない。この鞭は動物と霊獣を守るための武器だ」


 グリフはそう言ってパタパタと飛んでいるティグリスを呼んだ。ティグリスがパタパタと翼をはためかせてグリフの側に来た。グリフはティグリスに頼み事をした。


「なぁティグリス、この鞭の宝石にお前の炎魔法を入れてくれないか?」

『俺に命令するな、俺はメリッサの言う事しかきかないからな!』

「そんな事言うなよぉ。これはメリッサのためなんだぜ?」


 メリッサの名前を出せばティグリスは素直になった。グリフの言葉に従い鞭の宝石に、小さな肉球を押し付けて魔力を注入した。グリフはよし、と言ってうなずくと、アスランを自分から十歩離れた場所に立たせる。アスランはグリフを不審げににらむ。グリフはフフンと鼻で笑いながら鞭を振った。鞭はヒュッと鋭い音と共に、アスランの右腕に巻きついた。メリッサが歓声をあげる。


「グリフすごい!」

「だろ?なんたって俺は天才だからな!」


 グリフは自慢げに言う。グリフは剣でも弓でも槍でも、大体の武器は使いこなす事ができる。だがこれ、といった武器はないのだ。アスランのように剣を極める事もできない。全て中途半端なのだ。しかしメリッサに鞭を教えるくらいならできる。グリフは鞭の持ち手についている宝石を押した。すると、アスランの腕に巻きついている鞭の先端が燃え出したのだ。メリッサがキャアッと悲鳴をあげた。


 この鞭は魔法具なのだ、おもにテイマーを想定した武器になる。鞭の持ち手に魔力を吹き込むと、魔法が使えるのだ。メリッサは慌ててアスランの側に駆け寄る。アスランはメリッサに笑顔で心配ないと言ったが、目線だけはグリフをにらんでいた。グリフはこともなげに言った。


「大丈夫だよメリッサ、アスランは治癒魔法が使えるからね。火傷だってすぐ治るさ」

「そうだよメリッサ」


 アスランは笑って治癒魔法を発動し、魔法具の鞭でおった火傷を瞬時に治した。そして土魔法で焼けた服の袖も治してしまった。グリフはメリッサを呼んで、この魔法具の説明をした。鞭の宝石はダイヤル式になっていて、十個の魔法を吹き込む事ができる。そのためグリフは、グラキエースにも頼んで氷魔法を吹き込んでもらった。グリフはメリッサに鞭を渡し、使い方を教えた。メリッサは真剣な顔でうなずいた。


 グリフは木の台を置いて、その上に空き瓶を三本並べた。メリッサの鞭の正確性をあげるためだ。メリッサは元気よく手に持った鞭を振り上げた。その鞭の先は、勢いよく弧を描き、後ろで見ていたグリフの顔に直撃した。グリフはあまりの痛みにギャアッと声をあげた。アスランがニヤニヤと笑っている。メリッサが半泣きの表情で謝ってくれる。グリフは笑って言った。


「大丈夫だよメリッサ。治癒魔法でこんなケガすぐ治しちゃうからね」


 グリフは治癒魔法で自身の顔にできた傷を治した。メリッサは気を取り直して再び鞭を振り上げた。今度はいまだにニヤニヤしていたアスランの首に鞭が巻きついた。アスランはグエッと声をあげた。メリッサがまたもや泣きながらアスランにわびている。アスランは笑って問題ないと言っていたが、首にはくっきりと絞められた跡が残っていた。メリッサはもう一度、鞭の練習に戻った。アスランはメリッサに聞かれないようにこっそりグリフに言う。


「おいグリフ、メリッサに鞭は向いていないんじゃないのか?」

「いや、背後の敵を攻撃したんだ。才能あるだろ」

「僕は敵じゃないぞ?!」

「俺だって敵じゃねぇよ」


 グリフたちはメリッサの鞭が届かない範囲でメリッサの練習を見守る事にした。










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