　アスランはつめていた息をゆっくりとはいた。グリフとメリッサが親分の男の魔法に攻撃されそうになった所を、突然現れた狼の霊獣によって救われたのだ。狼の霊獣はどうやら異空間を作り出して、親分の男の攻撃魔法を吸い込んでしまったようだ。狼の霊獣がいてくれればメリッサとグリフは安全だろう。

　アスランは覚悟を決めた。あの人間離れした親分の男を倒す。アスランは剣を構え直し、自身の足に風魔法をかけた。足に風魔法をかけると、高速で跳んだり走ったりする事ができる。この自身の身体に直接魔法をかける方法は、アスランの強靭な身体があってこそだ。普通の人間の足に風魔法をかけても、足だけが早く走っていってしまい、転倒してしまうのだ。

　アスランは高速な走りをしながら

、親分の男に距離を近づけた。親分の男の鞭の刃がアスランに集中して襲いかかる。アスランは鞭の刃を確実に斬り落として親分の男の間合いに入った。間合いに入ってしまえば、飛び道具である鞭の刃は使えない。アスランは親分の男の胴体に一太刀を入れた。深手を負った男の胴体から大量の血が吹き出す。だが親分の男の傷口は瞬時にふさがってしまった。これはアスランの予想通りだ。親分の男は自身の間合いに入ったアスランを嫌がり、口から魔法を吐き出そうとした。アスランはこの時を待っていた。アスランは自身の左手に強力な防御魔法を付与して、親分の男の口を塞いだ。

　親分の男は自身の腕である鞭の刃すべてをアスランめがけて攻撃した。アスランは自身の身体全身に防御魔法を施した。鞭の刃がアスランに突き刺さる。激しい痛みがアスランを襲うが、アスランは親分の男の口から手を外す事はしなかった。親分の男は、口の中から発生させた攻撃魔法で膨れ上がり、そして爆発した。アスランは爆発の衝撃で吹っ飛んだ。だがアスランはすぐに起き上がり親分の男に駆け寄った。親分の男は頭が無くなっていた。

　アスランはある事に気がついて戦慄した。化け物だと思っていた親分の男の死体は、どう見ても人間のものだった。腕から何本も伸びていた鞭の刃は人間の腕に戻っていた。アスランは全身がブルブル震えだすのがわかった、アスランは今にも叫び出しそうだった。アスランが視線を辺りにさまよわせると、親分の男の子分の盗賊たちが林の木々から顔をのぞかせて震えていた。アスランは自分でも初めて聞くような低い声で盗賊たちに質問した。

「おい、お前たちの親分は魔物だったんだよな？なぁ、そうだったんだろ？」

　アスランは、震えてしゃがみこんでいる小柄な男の側に行き、小柄な男の胸ぐらを掴んで高々と持ち上げた。アスランより小柄な男は足をバタバタさせてもがき、うわずりながら答えた。

「いいえ、ダンナ。俺たちの親分は人間です、魔物なんかじゃありません」

　小柄な男は顔を真っ青にして、涙を流しながら答えた。嘘を言っているようには見えなかった。アスランはそれが不満だった。この答えはアスランの聴きたい言葉ではなかったからだ。アスランは怒りのままに小柄な男の胸ぐらを締め上げた。小柄な男は苦しそうにうめく。

『もうやめろ、アスラン』

　突然アスランを呼ぶ声がした。おだやかで優しい友の声だった。アスランが後ろを振り向くと、白馬のアポロンがいた。その後ろにはメリッサとグリフ、ティグリスとグラキエース、窮地を救ってくれた狼の霊獣がいた。アスランの手から力が抜けて、小柄な男が落下した。小柄な男は四つんばいで林の中に逃げて行った。アスランの側にメリッサが近寄って来た。アスランはメリッサに謝らなければと思った。自分の選択ミスでメリッサを危険な目に合わせてしまったのだから。アスランはメリッサに言った、自分でも驚くくらいガラガラのしゃがれ声だった。

「メリッサ、すまない。君を守ると言ったのに、危険な目に合わせてしまった」

　メリッサは泣きそうな顔になりながら小さな手をアスランのほほに当てた。彼女の手はとても熱かった。自分の身体が驚くほど冷えているからだろう。メリッサか優しい声で言う。

「私は大丈夫よ。アスランと皆が守ってくれたから」

　メリッサを助けたのは、常にメリッサに注意を払っていたグリフであり、狼の霊獣だ。アスランは敵の状況を予測できずに、メリッサをかえって危険な目に合わせてしまった。アスランは、自分はメリッサを助けられなかったと言葉を返そうとした途端、急に激しい吐き気に襲われた。アスランはその場に四つん這いになり、胃の中のものを吐いた。胃の中のものも吐ききっても吐き気は治らなかった。メリッサの小さな手が、アスランの背中を優しくさすってくれている。

　メリッサは水を入れたコップをアスランに差し出した、口をすすげというのだ。おそらくグリフが水魔法で出したのだろう。アスランはメリッサにうながされるままに、口に水を含み吐き出した。激しい喉の渇きがあるのだが、水を飲み込む事が出来なかった。突然アスランの肩をグイッと掴んだ者がいた、グリフだった。グリフはいつものふざけた顔ではなく、真剣な顔で言った。

「あいつはもう戻れない状態だった。アスラン、お前の判断は正しい」

　アスランはぼんやりとグリフの言葉を聞いていた。グリフの言った言葉をよく理解できなかった。だが一つだけはっきりしている事があった。アスランは人を殺してしまった。アスランはしゃがみこんだまま動けなかった。グリフは舌打ちをしてアスランに言った。眠れ。眠りの魔法だ。アスランの意識は深い闇の中に吸い込まれていった。