クリフとゼノ
トランド国王クリフォードはこの日ソワソワして大臣の発言にも、宰相の小言にも常に上の空だった。宰相のガロアは、この日ばかりは仕方がないとため息をついて、クリフォードの仕事を終いにしてくれた。クリフォードはウキウキと自室のドアを開けた。そこには懐かしい友であり、かつての仲間が立っていた。クリフォードは友に軽口をたたいた。
「ゼノ、待ちかねたぞ。またジジィのくせに城まで歩いて来たのか?」
ゼノはニヤリと笑って答えた。
「バカ言え、わしはこれで忙しいのじゃ。うちの若いのとその霊獣に送ってもらったわ」
クリフォードはそこで初めてゼノの後ろに若い男が立っている事に気づいた。若い男は黙礼してあいさつをする。
「クリフォード国王陛下。テイマーのバートと申します」
バートの肩にはオウムがとまっていた。霊獣だ。クリフォードは疑問に思いバートに聞いた。
「バートとやら、お主はゼノと同じ召喚士ではないのか?」
「恐れながら、私は霊獣のポーとは友人なのです」
「王さまよろしくね」
クリフォードは霊獣のポーが、人間の言葉を話した事に驚いた。クリフォードは霊獣語がわからなかったからだ。クリフォードはポーにもあいさつをした。
「バートとポー、友を連れてきてくれた事感謝する。さぁ食事にしよう」
クリフォードは自室のテーブルを示した。テーブルに乗った食事は温かだった。バートは国王であるクリフォードと共に食事をする事を辞退しようとしたが、クリフォードとゼノはガンとして聞かなかった。クリフォードはゼノのグラスに自ら酒を注ぐと、バートにも酒をすすめた。バートはかたくなに拒否する。するとバートの肩にとまったポーが言った。
「バート、年長者の好意は素直に受けるものよ」
「はい、ママ」
バートはため息をついてポーの言葉にしたがい、グラスを持ってクリフォードの酒をもらい受けた。クリフォードは笑って言った。
「バートはポーに頭が上がらないのだな」
「はい、私には母が二人います。もう一人は常に肩にとまって小言を言うのです」
「ははは、それは耳の痛い話だのぉ」
クリフォードは上機嫌で笑った。そしてソワソワとゼノを急かした。
「ゼノ、もう一人の友に会わしてくれ」
ゼノは心得て、呪文を小さく詠唱する。ゼノの手のひらには、彼の召喚精霊ノーマが座っていた。クリフォードは身をかがめて小さき友に笑いかけた。
「久しいなノーマ。あいかわらずしわくちゃじゃのお」
『しわくちゃのお主に言われるとは思ってもみんかったぞ。会えて嬉しいぞクリフ』
クリフォードは精霊語がわからないが、ノーマの言葉は半分悪口で半分喜びの言葉なのだろうと見当をつけてうなずく。そしてクリフォードは一言つぶやいた。
「パンテーラ」
するとクリフォードの呼びかけに応えて大きなジャガーが現れた。額には第三の目が輝いていた。クリフォードの友である契約霊獣だ。ゼノとノーマはもう一人の友と出会って喜んだ。ノーマはジャガーの霊獣パンテーラの頭に乗った。パンテーラは嬉しそうにのどをゴロゴロ鳴らした。ゼノが言う。
「これで仲間が全員そろったのぉ」
ゼノの言葉にクリフォードは寂しそうに笑って言った。
「数年前までは、ユリアがこの席にいたのになぁ」
「そうじゃなぁ。クリフ、お主こそジョアンナ王妃が亡くなられて五年経つのぉ」
「ああ」
クリフォードはゼノの最愛の妻であり、クリフォードの友のユリアを思い浮かべた。そして我が愛する妻ジョアンナを思い出していた。クリフォードは勇者としてこのトランド国の支配しようとした魔王を倒し、その当時の国王の娘だったジョアンナ姫と結婚し、この国の王になった。もう五十年も昔の事だ。
クリフォードが王位についてもトランド国は安定しなかった。東の土地は魔物のはびこる地だった。クリフォードは自ら東の土地の制圧に乗り出した。仲間のゼノ、ユリア、戦士のドグマ、そして精霊のノーマ、霊獣のパンテーラ、信頼できる友と共にやりとげたのだ。これまでの年月は長くもあり、短くもあった。クリフォードとゼノが感傷にひたっていると、ポーが、言葉を発した。
「ねぇ、王さま。バートが寝てしまったわ。何かかけるものをちょうだい」
ポーの呼びかけにクリフォードが顔をあげると、バートがテーブルにつっぷして寝ていた。どうやらバートは緊張のため酒を大量に飲んでしまったようだ。クリフォードは自身がいつも身につけている王のマントをためらいなくバートにかけた。ポーはクリフォードに礼を言った。霊獣は人間の地位に興味が無い。ポーはクリフォードの事をゼノの友達としか見ていない、それはクリフォードとっていごごちのいいものだ。クリフォードはゼノに言った。
「バートは良い若者だのぉ。ゼノを尊敬しておるのだな」
クリフォードの言葉に霊獣のポーが言う。
「ええそうよ王さま。バートはとって良い人間なの。動物の事も、霊獣の事もとても大好きで、守りたいの思っているのよ。私はそんなバートが大好きだから契約したのよ」
クリフォードとゼノは深くうなずく。ゼノは目を細めて寝こけているバートを見つめて言った。
「ああ、バートは優秀なテイマーじゃ」
「そういえばゼノ。お主の所から来た若い衆、メリッサと言ったか。あの娘もテイマーじゃったな。あの娘のテイムは不思議じゃった。霊獣とドラゴンを使役するというより、なだめすかしてお願いしているようだった」
クリフォードの疑問にゼノはうなずいて答える。
「うむ、本来テイムという技術は、獣に自身の覇気をぶつけて、相手を服従させるものじゃ。バートは、どんな猛獣でも強大な力を持つ霊獣でもテイムする事ができる。そのおかげで、わしらは安全に猛獣や霊獣を保護する事ができる。だがバートの精神の緊張は計り知れんだろう。だがメリッサを見ていると、そんな緊張感はまるでないのだ。まるで親しい友人と会話しているようなのだ」
クリフォードはうなずく。そして答えた。
「それに、メリッサという娘はとても優しい。自身と契約霊獣を殺そうとする相手すら、心配していた。まるで若い頃のユリアを見ているようだった」
クリフォードの言葉にゼノは苦笑しながら言った。
「そうじゃのう、誰かを助けようとして、自分の事をおろそかにする所はユリアに似ているかしれんのぉ。メリッサのテイムはバートとは違う。メリッサは相手の心に語りかけて心を開かせるのだ」
クリフォードはうなずいてから言った。
「それにあのアスランという若者。剣技と魔法、実に見事じゃ。もっとアスランの戦いが見たかったのぉ、相手が弱すぎてあっと言う間に終わってしまっのじゃ」
ゼノは、心底残念だという顔をしているクリフォードを苦笑しながら見て言った。
「わしはアスランに初めて会った時、若い頃のクリフのようじゃと思った。目をキラキラさせて希望に燃えている、だがアスランは人を傷つける事を極端に恐れているようじゃった。今回の旅でそれを克服してもらいたいのぉ」
「何にせよ、若い優秀な者たちがいてくれて心強いわ」
「そうじゃな。おっと、歳をとると話が長くなって困る。本題じゃクリフ」
ゼノはそういうと、ノーマにある事を頼んだ。ノーマが物隠しの魔法を解く。ゼノは床に手をついてあるものを取り出した。床から長い槍が出てきた。ゼノは長い槍をクリフォードに手渡した。クリフォードは槍をしげしげと眺めた。槍には細かに文字が書かれていた。それは人間の使う文字では無かった。ゼノが苦虫を噛み潰したように言う。
「これが強力な魔力を持つ牡牛の脚に刺さっていたのじゃ。この魔法具はどこまでも狙った霊獣を追いかけて行く。到底人間が作れる魔法具ではない」
クリフォードはゼノの言わんとする事がわかり、唸るように呟いた。
「魔物の魔法具」
「おそらくはな。それをアスランとメリッサに調べてもらうのじゃ」
「ああ、もし魔物が絡んでいるとすれば、我ら人間が団結して事に当たらねばならん。ゼノ、力を貸してくれるか?」
「愚問じゃな、もとよりそのつもりじゃ、友よ」
クリフォードとゼノはうなずきあう。精霊のノーマ、霊獣のパンテーラも黙ってうなずいた。霊獣のポーは、歴戦の勇者たちを心配そうに見ていた。
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