霊獣の守護者レオ
あかりたちは王都を出発して、東に向かった。先ず最初に向かうのはポンパという町だ。あかりたちは霊獣のティグリスとアポロンに乗ればすぐ次の町に着いてしまうが、今向かうとポンパの町に夜に着いてしまうので、今夜は森に流れる川の側で野宿する事になった。
アスランは川に入って、愛馬アポロンの身体を熱心に洗っていた。アポロンはとても気持ち良さそうだ。ティグリスはアポロンの背中に乗ってアスランの邪魔をしている。だがアスランもアポロンもティグリスのいたずらを苦笑しながらもそのままにしていた。あかりと小さなドラゴンのグラキエースは川の端に座って、アスランたちを見ていた。あかりはグラキエースにずっと聞きたかった事を聞いた。
「ねぇグラキエース、あなたも小さい頃守護者がいたの?」
グラキエースはあかりがこの質問をしたがっている事を知っていたかのように、ゆっくりとうなずいて答えた。
「勿論じゃ、わしの守護者はとても優しいドラゴンじゃ」
「そのドラゴンさんとは今も会えるの?」
「ああ、数年に一回くらいじゃがの。守護者と養い子は必ずリンクをしておるからの。たまにわしの守護者だったドラゴンから連絡があるのじゃ。たまには顔を見せろとな。わしは守護者じゃったドラゴンと会うのはどうにも気恥ずかしくての。会うたびにぶっきらぼうになってしまうのじゃ」
「あはは、グラキエースは守護者のドラゴンさんの前では子供に戻ったちゃうんだ」
「わしが子供になるのじゃないわい!守護者が昔の記憶を持ち出して、わしを子供扱いするのじゃ。もうジジイのわしをじゃぞ。そのくせ守護者を年寄り扱いすると怒るのじゃ」
あかりはグラキエースの話しに笑って相づちを打とうとしたが、うまくいかなかった。そんなあかりを、グラキエースは暖かい目で見つめて言った。
「メリッサ、ティグリスの事を考えておるのじやな?ティグリスの守護者の事が心配なのじゃろ?」
あかりが黙ってうなずくと、グラキエースは続けて話し出す。
「のぉメリッサ、霊獣の子供は生まれた時はとても弱い存在なのじゃ。そんな子供の守護者に選ばれた霊獣は、それはそれは子供を大事にするのじゃ。ちょっと過保護なくらいにな。ティグリスはまだ子供だが潜在魔力はかなりのものじゃ。ひょっとするとティグリスの言う事は本当かもしれんぞ」
あかりはグラキエースの言葉には答えず黙ったままだった。子虎のティグリスはヒョウの霊獣セレーナに、自分は守護者に認められて一人で行動しているのだと言っていた。だがあかりは断言できる、それは嘘だと。ティグリスに最初に会った時、ティグリスはとらばさみのワナにかかって大ケガをしていた。ティグリスはそんなケガをしても守護者を呼ぶ事をしなかったのだ。守護者を呼んだら、怒られて自分に自由がなくなると思ったのだろう。
あかりは小さい頃に霊獣を見たのはティグリスだけだったので、子供の霊獣には守護者がいる事など知らなかった。だが今は霊獣のしきたりを少しばかり知っている。ティグリスはまだ子供で、守護者の庇護を受けなければいけないのだと。あかりはうめくようにグラキエースに言った。
「グラキエース、私は悪い人間だわ。本当はエイミーにも、セレーナにもティグリスには探している守護者がいる事を言わなければいけなかったのに。だけど、私、黙ってた。ティグリスと離れたくなくて、自分のエゴで黙ってた」
あかりは胸が締めつけられるように苦しくなり、目から涙が溢れてきた。グラキエースは、そんなあかりを痛ましそうに見つめながら言った。
「メリッサ、お主もしやティグリスの守護者が現れたら、ティグリスとの契約を解除する気じゃないだろうな?」
あかりはズズッと鼻をすすってから答える。
「ええ、ティグリスのためなら」
「それは違うぞメリッサ、ティグリスはメリッサの事が大好きで契約したのじゃ。メリッサに契約を解除されれば、ティグリスはとても傷つくぞ?」
「ええ、私だってティグリスと離れるのは嫌よ。でもティグリスはまだ子供なんだもの、守護者の元に帰らなきゃいけないんだわ」
あかりは自分に言い聞かせるように言うと、口を押さえて小さく泣き出した。大きな声で泣けば、ティグリスに気づかれてしまうからだ。あかりが必死に声を殺していると、とうのティグリスがパタパタと翼を羽ばたかせてやってきた。どうやらティグリスは自分も川に入ったらしく、ずぶ濡れだった。あかりはカバンからタオルを出してティグリスをふこうとした。だがティグリスは、あかりに身体をふかせようとはせず、怒って言った。グラキエースに。
「おい!ジジィ!よくもメリッサを泣かせたな。せいばいしてやる」
「違うのティグリス、グラキエースは私を慰めてくれてただけなの」
あかりの言葉に、怒っていたティグリスはあかりに向き直ると、綺麗なまあるい瞳にあかりをうつして言った。
「何だメリッサ、何か困った事があるのか?何でも言え、俺が助けてやるぞ?」
子虎の霊獣ティグリスは、いつだってあかりのために一生懸命になってくれる。だけど今回だけはティグリスはあかりを助けてくれない。もしかしたら、もうすぐティグリスと永遠に会えなくてなってしまうかもしれない。あかりは濡れねずみのティグリスにタオルをかけると、自分が濡れるのを構わないでティグリスを抱きしめた。いつもと違うあかりを、ティグリスは不思議そうに見つめた。
その霊獣は突然現れた。霊獣は大きな雄ライオンだった。背中には大きな翼があった。ライオンの霊獣は厳しい声で言った。
『ティグリス!やっと見つけたぞ!このイタズラ小僧め』
ライオンの霊獣の言葉にティグリスは飛び上がって叫んだ。
『オヤジ!なんでこんなとこにいるんだ』
『どうもこうもないわ!散々心配させおって。帰るぞ!』
あかりは深くため息をついた。ついにこの瞬間が来たのだ。あのライオンの霊獣は、ティグリスの守護者なのだ。ライオンの霊獣は、自身の養い子ティグリスを見て言った。
『お前、人間と真の名の契約をしたな。どこの人間と契約したのだ!』
ライオンの守護者の剣幕に、ティグリスはふてくされたように答える。
『メリッサだよ。オヤジには関係ないだろ』
『関係あるわい!ティグリス、お前はまだ子供なんだぞ。人間との契約はまだ無理だ』
にらみあうティグリスとライオンの霊獣との間にあかりが割り込む。
「ティグリスの守護者の霊獣さん、私がティグリスと契約したメリッサです」
ライオンの守護者はギロリとあかりをにらんだ。ティグリスは自身の守護者に食ってかかる。
『オヤジ!メリッサは何にも悪い事してないぞ!メリッサを泣かせたら、いくらオヤジでも、その先っちょだけフサフサのスカしたしっぽを噛み切るからな?!』
ライオンの霊獣はティグリスの汚い言葉にほほをヒクヒクさせた。あかりは優しくティグリスに言った。
「ティグリス、少しだけ守護者さんとお話させて?」
ティグリスはシュンとしてあかりの側で静かになった。あかりは歯を食いしばって言った。
「ティグリスをこれまであなたの元に帰さなかった事申し訳ありませんでした」
あかりはライオンの霊獣に深く頭を下げた。ライオンの霊獣は語気を強めて言う。
「人間の娘、貴様はティグリスの強大な魔力を我が物とするために、ティグリスをたばかって契約したのではないのか?」
ライオンの霊獣のいぶかる言葉に、あかりはゴクリとツバをのみこんでから、頭を下げた姿勢のまま話し出した。
「そう思われても仕方ないと思います。事実私は危ない所をティグリスに何度も助けてもらいました。だけどこれだけは信じてください。ティグリスは私の大切なお友達なんです。ですから、ティグリスのためになるのでしたら、ティグリスとの契約を解除します」
あかりのとなりで心配そうに事の成り行きを見ていたティグリスが叫び声をあげた。
『メリッサ!俺は嫌だぞ契約解除なんて』
あかりは無理矢理笑顔を作りながらティグリスに振り向いて言った。
「ティグリス、子供が親の側にいられるのはほんの少しの時間なんだよ?だからその時間は大切にしなきゃいけないわ」
ティグリスがあかりに怒りの表情を向ける
『そんな事言って、メリッサはもう俺の事いらなくなっちゃったんだろ?!グラキエースのジジィやセレーナのおばちゃんや、ツンケンしたルプスと契約したから!!』
ティグリスの言葉にあかりは頭にカァッと血がのぼった。そして大声でティグリスに言った。
「そんな事あるわけないでしょ!」
怒った顔のあかりの顔がクシャリと歪み、そしてボタボタと涙が溢れてきた。
「そんな事あるわけない。ティグリス、私の大切なお友達、あなたとお別れしなきゃいけないなんて胸が張り裂けそうだわ。ねぇ、ティグリスが大人になったらもう一度私と契約して?」
あかりの泣き笑いの顔をみたティグリスの目からも涙が流れた。ティグリスはためらいがちに言う。
『なぁメリッサ、俺が大人と認められるまであと五十年くらいかかるぞ?メリッサ平気?』
あかりは少しちゅうちょした。あかりの現在の年齢が十六歳、五十年後は六十六歳になっている。生きているとは思うが、ティグリスと一緒に冒険できる年齢ではないだろう。だがティグリスが約束してくれる事が嬉しかった。もしかすると実現しないかもしれない約束でも。あかりは小さな虎のティグリスを抱きしめ、ほおずりしながら答えた。
「ええ待っているわ、元気なおばあちゃんになって。だから、だからティグリスきっと迎えにきて?」
『ああ、契約解除しても、オヤジに監禁されても、メリッサに会いに来るから。絶対だからな』
「ええ、ええ、きっとよ。きっと」
あかりとティグリスは泣きながら抱き合っていた。ただならない事態に気づいたアスランとアポロンが川から上がってきて、アポロンはグラキエースの手短な説明を受けた。アスランとアポロンとグラキエースは、あかりとティグリスのいじましい姿に心を痛め、そしてその原因であるライオンの霊獣を非難の目で見た。ライオンの霊獣は非難の雰囲気に耐えられなくなったのか、大声で言った。
『ああ、わかったわかった。私をそんな目で見るな。娘、すまなかった。お主がどんな契約者なのか試してみたのだ。もしお主が利益だけでティグリスと契約したのなら、無理矢理にでもティグリスを連れ帰ろうと思っていた。だがセレーナの言う通りだった。娘、お主は真にティグリスのためを思ってくれていた』
「守護者さんはセレーナを知っているの?」
『ああ、古き友だ。皆の者、セレーナを助けてくれた事感謝する。セレーナから養い子を保護したはいいが、どうやってセレーナを助ければよいか考えあぐねていたのだ。最終手段だけは取りたくなかったからな』
やはりセレーナの友達とは、このティグリスの守護者だったのだ。最終手段とは、セレーナと無理矢理契約を結んだ人間を殺すという事だったのだろう。このライオンの霊獣も慈悲深い心の持ち主なのだ。あかりの腕の中にいたティグリスが自身の守護者に聞いた。
『じゃあオヤジ、俺これからもメリッサと契約していていい?』
『ああ、この娘に迷惑かけるんじゃないぞ?もしお前がてひどいイタズラをしたらしかりにくるからな』
あかりとティグリスは笑い合って、もう一度きつく抱き合った。ライオンの守護者があかりに言った。
『娘、お主の名は?』
「メリッサです」
『メリッサ、私の名はレオ。メリッサ、私と契約してくれないか?ティグリスに何かあればすぐに駆けつけたい』
あかりはクスリと笑ってからうなずいた。あかりとレオを光が包み、真の名の契約が成立した。霊獣レオはおごそかに言った。
『私は光魔法を使う。メリッサ、もし何かあれば私を呼びなさい』
調子のいいティグリスはもう元気になって言った。
『メリッサ、オヤジの光魔法はすげぇんだぞ?時間を止めたり、戻したりしちゃうんだ』
はしゃいでいるティグリスを見てレオはため息をついて言った。
『ティグリス、私の呼びかけには必ず応じる事、いいな。そしてメリッサに迷惑かけない事。ではな』
それだけ言うとライオンの霊獣レオは消えてしまった。あかりとティグリスは何度も抱き合って喜んだ。アスランとアポロンとグラキエースは、二人が離れ離れにならない事を心から喜んだ。
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