異世界転移者の帰り道
後藤 悠慈
プロローグ
尋
夜の11時。高校から家に帰ってきてから何もやる気になれず、いつものごはんを食べてお風呂に入って、自分の部屋にこもっていた。明日から3連休。その後は文化祭の出し物の最終決定を出す時間。僕のクラスは、そのすべての決定を僕の言葉に委ねていた。候補になる案は出してくれたが、最終的な決定は委員長に任せるという結論を、クラスの皆に押し切られてしまった。
「尋くんさ。なんであの時反論しなかったの」
「え、……それは、あれ以上なにか話し合いをしちゃうと、みんなの部活の時間とか、帰る時間とか無くなって、困らせちゃうなって思って……」
「あっそ」
僕がクラスの委員長をしていて、その副委員長をしている聡明な彼女は、ため息をして、僕のこう言った。
「責任感があって、頼れるから委ねられるのと、面倒事を押し付けられるのは違うよ。尋くんは、ただ、面倒事を、責任を押し付けられてるだけ。そして、それを反論しない君は、本当に哀れだよ」
あの時の彼女の言葉が、とにかく僕に響いたんだ。今までの僕では思いつかなかった視点で、今の僕を的確に表現していたからだ。改めて人から指摘されると、随分心に刺さるのだと実感した。
(なんだか、もう疲れちゃったな)
両親には何も言っていない。暗い顔で帰ってくると心配してくれる、良い両親なのだと思うけど、なんか話す気になれない。特に今日はなにも話したくない。
(ああ。自殺を考える人って、多分こんな感じなんだ)
死にたいと強く願うわけではない。ただ、生きていて希望を見出せない時、次の想うことは死についてなんだと思う。恐怖はあるけど、興味はある。そんな感じで、勢いに任せられる人が自殺をするんだろう。窓の外は満点の星空。夏が過ぎ、少し涼しい風が吹く夜。死ぬには心地よすぎるなと思い、僕はベッドの中にもぐりこんだ。
(とにかく、この連休でどうするかを考えよう。)
そう考えながら、ヒーリング音楽を少し聞こえるぐらいの音量でかけて目を閉じる。大きく息を吸い、体の力が抜けていくことに意識を集中する。ふと、一つの考えが浮かんでくる。
(もし変われるのなら、変わりたい。きっかけがあるのなら、変わりたい)
深い眠りに入る前の強い願いか、その想いを強く願い、そして深い眠りに移行した。
ふと気づくと、そこは暗闇。意識だけ、起きている。ここは夢の中だろうか。声も何も出せない。多分、今の僕の心を表現しているんだろうと思った。その時、声が見えた。
「強く願うか」
一体誰の言葉だろう。自分自身がこんなことを言うだろうか。何も答えないでいると、再び言葉が見える。
「変わりたい、変わるきっかけがあるのならと願うのか」
「……うん。変わりたい。きっかけがあるのなら、変わりたい」
今度は無意識に言葉を発していた。自分でも驚いたが、まあ、夢の中ぐらい、ないものねだりしてもいいだろう。そう思っていた時、言葉が出てくる。
「ではきっかけを与えてやろう」
その言葉が見えてから、僕は再び暗闇の眠りに誘われた。
目が覚める。ゆっくりと目を開ける。なんだか寝心地がベッドとは違う。なんだか風も感じる。窓を開け放した記憶はなかったため、それが最初の違和感だった。目を開けて映った光景は、まずは外にいることだった。青い空に白い雲。それらを覆う大木の根っこに、僕は寝ていた。体をゆっくりと起こす。服は何故か高校の制服に変わっており、足もちゃんと靴を履いていた。心地よすぎる風に体を伸ばしたが、徐々に頭も起きて来たのか、そこにある違和感に驚きの感情がついてきた。
「……あれ?」
(なんで、外にいるんだ?)
気温は多分20度前後で、とても過ごしやすい気温だ。小鳥たちのさえずりがこだまし、穏やかな世界を表現している。
(そっか、これがいわゆる……)
(明晰夢ってやつか!)
すべての感覚があり、寝る前から考えると不自然すぎる世界は、恐らく夢の続きなのだろう。であれば、ここでは僕はなんでもできるはずだ。空を自由に飛んだり、動物たちと話したり、そして……
「おう、兄ちゃんよ。こんなところで日向ぼっこかよ」
「いいね~。俺たちも一緒に混ぜろよ。ほら、もっといい場所知ってるからさ」
手に剣を持って、近づいてくる年上の男性たちに、変に絡まれたり。
「え、えっと……」
「そう怖がんなって、同じ人間だろ?」
「おら、来いよ!」
いきなり腕を掴まれ、反射的に振り払い後ずさる。今までの自分ではこんな俊敏な動きは出来ないはずだが、剣を見て、命に係わるかもしれないと、体が無視域に動いたのかもしれない。
「へ、そうこなくちゃな。面白れえ。ほら、どうした。次はどうする?」
見ると、3人の男たちが僕の周りを囲っている。これは完全に命が危ないと自覚した僕は、
「ご、ごめんなさい!」
翻ってとにかく走り出した。
半泣きで走る僕を、邪悪な笑顔で追う男たち。これは、気弱な僕が、ある女性からもらった、ほんの少しだけ前の一歩を進むための、勇気の夢物語の最初となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます