第36話

 ルドウィンはずかずかと私に近づいて来ると、テーブルを挟んで向かいの席に、無遠慮に腰を下ろす。


「ローレッタ、凄いじゃないか! まさかきみが、史上初の女性聖騎士団長になるなんて! これで僕は、名誉ある聖騎士団長の夫だ! これで、くだらない地方貴族の長男にすぎない兄上よりも、ずっと上の立場になれる! これで、これで! いやあ、めでたいな! 今日はいい日だ! これで、これで僕は……!」


 興奮で顔を赤くしながら、やたら『これで』と連呼する姿は、まるで喜劇に登場する道化である。……半年前に会ったときも思ったが、実に饒舌な男だ。私の遠い記憶の中で微笑むルドウィンは、物静かで穏やかな人だったのだが……


 そんな思いを胸に抱き、私は紅茶を一口飲んでから、言う。


「あなた、本当によく喋るわね。昔とは大違い」


 ルドウィンは高揚感からか、ますます顔を赤くし、唾を飛ばしながら喚いた。


「ああ、あれはね、きみがそういう男を求めていたから、穏やかで物静か……それでいて儚げな、線の細い男を演じていただけさ。僕、そういうの得意なんだ、恋愛は、互いに理想の相手を演じ合うようなものだからね。微笑を浮かべ、静かに相槌を打つ僕の姿に、きみも随分ときめいただろう?」


 そんなことだろうと思った。


 昔の私だったら少なからずショックを受けただろうが、もうルドウィンを信頼していない今の私は、むしろ納得し、スッキリとした気分だった。


 ルドウィンの言う通り、恋愛とは、大なり小なり、素の自分とは違う姿を相手に見せるものだ。とはいえ、普通はこれほどあからさまに『お前の求めていた理想の男を演じていた』と打ち明けたりはしないだろう。どうやらルドウィンは、嬉しさのあまり、少々ハイになっているようだ。


 今にも踊りだしそうなルドウィンとは対照的に、私は落ち着き払い、もう一度紅茶を飲む。それから、ポツリと言った。


「ねえ、ルドウィン。私が出した手紙、読んでくれた?」


「ん? 手紙? ああ、すまない、冒頭だけは読んだけど、後は読んでないよ。だって、仕方ないだろう? 『私は今、壊れた都を復興するお手伝いをしています』って、知らないよそんなこと! そんな、慈善事業の宣伝みたいなつまらない手紙を読んでるほど、僕は暇じゃないんだ。一番最初に『聖騎士団長官に選ばれた』って書いておいてくれれば、全部読んだのに」


 つまらない手紙、か。


 私は、聖騎士団長官に選ばれたことを、手紙に書かなかった。

 余計な情報なしで、ルドウィンと、誠実な心のやり取りがしたかったからだ。


 それが、つまらない手紙、か。


 すでに冷え切っていた感情が、さらに冷たくなったのが、自分でもよく分かった。

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