第30話

 ……町の人々が大変なことになっているというのに、自分の身の安全のために多くの戦力を割くエグバートの傲慢さに、軽い吐き気がした。だが、そんな私の心情など知ったことではない感じで、エグバートは息巻いた。


「ローレッタ、貴様、やっと戻って来たか! お前がいなくなって、平和だった聖王国が、あっという間にこのざまだ! どう責任を取るつもりだ!?」


 流石の放蕩貴族様も、魔物たちの大侵攻を目の当たりにして、すっかり狼狽しきっているようであり、いつぞやのような、余裕たっぷりの態度は、もう微塵もなかった。怯えをごまかすように語気を荒げ、必死に責任転嫁をはかっている。


 私は、このくだらない男を無視した。

 兄さんも、聖騎士団員であるライリーですらも、口をきかなかった。


 相手をする価値のない人間というものは、確かに存在する――


 皆、そんな気持ちだった。


 エグバートの護衛についている五人の騎士たちも、もうウンザリといった表情だ。


 私は、ぎゃあぎゃあと喚きたてるエグバートを完全にいないものとみなして、黙々と装備を整えてから、エグバートの背後に控えている五人の騎士に、語りかける。


「今から地上に出て、魔物たちを駆逐します。この危機的状況では、一人でも多くの戦力が必要だわ。どうか、あなたたちも手を貸してください」


 私と五人の騎士の間に立ち、エグバートは鼻で笑う。


「馬鹿な、こいつらは聖騎士団でも、最も腕の立つ五人だ。だからこそ、『指揮官を護衛する』という重要な任務を与えているのだ。勝手は許さんぞ!」


 兄さんが、心底呆れたように言う。


「指揮官っていうのは、指揮をする人物のことだろ? そんな立派な人が、どこにいるんだい? 見たところ、あんたはただ、馬鹿みたいに喚いてるだけとしか思えないんだが」

「なんだと!? 貴様、僕を誰だと……」


 エグバートの言葉を遮り、兄さんは大きな声で、五人の騎士に発破をかけた。


「なあ、あんたたち、目を覚ませよ! こんな馬鹿のおもりをするために、騎士を目指したわけじゃないんだろう!? あんたたちみたいな手練れが、一人でも多く必要なんだ。さあ、一緒に魔物たちを倒しに行こう!」


 その言葉で、五人の騎士は互いに頷き合った。

 どうやら、エグバートの命令を無視して、私たちと行動を共にしてくれるようだ。


 去り行く私たちの背に、エグバートの金切り声が響いてくる。


「き、貴様ら、この僕を無視して、こんな、こんなこと……許されると思ってるのか!? 事態が収拾した後、全員まとめて、責任を取らせてやるからな! 楽しみにしてろよ!」


 なんて馬鹿なことを。

 事態が収拾できるかどうかも、まだ分からないというのに。

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