第29話
兄さんはため息を漏らし、少女の死体に向かって、丁寧に両手を合わせた。
「音だけ聞けば、この真上――聖騎士団本部が襲われてるみたいに聞こえるもんな。そして、逃げようにも扉は開かない。轟音の中、すぐにでも魔物の大軍がここにやって来るかもしれないと思っているうちに、参ってしまったんだな……」
少女の死に顔は恐怖と後悔に歪んでいたが、目鼻立ち自体は整っており、きっと、生前は美しい娘だったのだろう。私は深い憐れみを込め、見開かれたままだった彼女のまぶたを手でそっと閉じた。
ん? 少女のひざ元に、何かあるわ。
……それは、手紙だった。
ぽつぽつと、涙と思われるシミで滲んだ文面には、走り書きでこう記されていた。
『私は、罪人です。従兄であるエグバートの口車に乗り、身の程もわきまえず聖女の座についたことで、大変なことになってしまいました。恐らくですが、魔物たちは、神の啓示を受けていない者が聖女の座についていることを、見抜いたのです。それで、今が好機と、大攻勢をかけてきたのでしょう』
そこで余白が足りなくなったのか、続きは裏面に書かれている。
『私は、俗物です。先程はエグバートのせいにしましたが、私にも承認欲求と功名心がありましたし、皆から聖女様と祭り上げられて、私自身、とても良い気分でした。そんな愚かな私のせいで、多くの人が死にました。ああ、今、また、頭上で大きな音が、怖い、怖い、もう、正気じゃいられない、ごめんなさい、ごめんなさい、どうか許してください、ごめ』
懺悔の手紙は、そこで終わっていた。
この、名も知らぬ少女が、あまりにも哀れだった。
たぶん、『空席ができたから、お前、聖女をやってみないか』という感じでエグバートに話を持ち掛けられて、軽い気持ちで了承したに違いない。まさか、こんなことになるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
背後から手紙を見ていたライリーが、鼻をすすりながら、静かに呟く。
「確かに、俗っぽいところもある方でしたが、僕たち新米にも気さくに声をかけてくれましたし、思いやりのある、優しい人でした。エグバート長官の巧みな話術に乗せられて、偽物の聖女になんかならなければ、一般的な貴族としてのんびりとした人生を送り、少なくとも、こんな死に方をしなくてすんだことでしょう……」
その時だった。
背後からガチャガチャと、多数の甲冑が揺れる音がした。
振り返ると、聖騎士団長官エグバートが、お供の騎士を五人も引き連れて、こちらにやってくるところだった。この五人は、エグバートの護衛をさせられているのだろう。
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