第19話
「あ、あー……そう言えば、そうだったかも……」
「そして、お前も親父に負けないくらい気が強いから、売り言葉に買い言葉で、意地になって反抗してただろ? 俺は、頭に血が上った親父がお前に手をあげたりしないか、いつもヒヤヒヤしていたよ」
「…………」
「お前と親父は、そりは合わないが、それでも、時には仲良くしていることもあった。だがもし、親父が一度でも暴力を振るったら、父娘間の微弱な信頼関係なんて、完全に壊れてしまうだろう。だから俺は、親父がお前に怒りだしたら、親父以上に激しい剣幕で怒ったんだ」
「どういうこと?」
首を傾げた私に、兄さんは小さく微笑んだ。
「あることに対して自分が怒ってるときに、自分以上に、それはもう滅茶苦茶に怒ってる人を見ると、急に冷静になることって、ないか?」
「ん……どうだろう……あっ、でも確かに、そういうこと、あるかも」
半年ほど前、都のレストランで食事をしたとき、やけに粗相ばかりする店員がいて、オーダーを間違えるわお皿を落とすわ挙句の果てにはおろしたての白い服に赤ワインをこぼされるわで、つい文句を言いたくなったのだが、同席していた知人が『いい加減にしろよこの野郎!』ともの凄い剣幕で怒鳴りだしたのを見て、私の小さな怒りなど吹っ飛んでしまい、慌てて『まあまあ落ち着いて』と場をとりなしたことを、不意に思い出した。
「親父も、根は善人だからな。親父以上に俺が怒ってるのを見ると、急にお前がかわいそうに思えてくるらしくて、『まあまあもういいじゃないか』って、すぐに場が収まった。それで一応、家庭の平和は守られたわけだが、お前と親父の板挟みで、俺はお前に恨まれるし、なかなかつらいもんだったよ」
「べ、別に恨んではいないけど……えっと、話をまとめると、兄さんは、父さんが私に手をあげたりしないように、いつも気を使ってくれてたってこと?」
「今となっては、もっと上手に家族の平和を保つ方法があったんじゃないかとも思うけどね。何と言っても、俺も子供だったから、それくらいしか方法が思いつかなかったんだ」
「そうだったの……」
家族の平和、か……
確かに私と父さんはそりが合わなかったが、良い思い出がまったくなかったわけでもないし、一度だって暴力を振るわれたことはない。だからこそ、今、なんとか良好な関係を築けるようになったのだ。
兄さんが言うように、もしも、父さんが怒りに任せて一度でも手を上げてきたとしたら、私は父さんと今のような穏やかな関係になれただろうか。
……きっと、無理だったと思う。家族間の『暴力』というのは、信頼関係を壊す、決定的な一線だからだ。
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