第14話
そこで、静かに話を聞いていた兄さんが何かを言いかけて、黙った。たぶん、『女房に逃げられた』という部分について、『レダ母さんは長い旅に出ただけで、別に逃げたわけじゃない』と反論したかったのだろうけど、残された父さんにとっては、逃げるのも、いきなり長い旅に出るのも、結局は同じことだと判断したからだろう。
しかし、兄さんの気持ちは父さんに伝わったらしく、父さんは「すまん、余計なことを言った」と兄さんに呟いてから、私に向き直り、いつになく真剣な表情で言う。
「ローレッタ、お前があのルドウィンを好いているのは知っている。だが、奴とこのまま、本当に婚姻関係を結ぶかについては、一度よく考えてみてほしい」
「…………」
「本来なら、勝手に婚約を決めてしまったワシに、こんなことを言う筋合いがないのは分かっている。だが、あれは女を不幸にする男だ。本当に、よくよく考えて、これからのことを決めてほしい。それで、お前が心から納得して選んだことなら、ワシはもう、何も言わん。もう、娘の人生の行く先を自分勝手に決めるのは、嫌だからな」
一昨日までの私なら、この父さんの発言について、『今さら何を勝手なことを!』と憤慨したことだろう。しかし、昨日のルドウィンの、愛情の欠片もない物言いを知った今となっては、『あれは女を不幸にする男だ』という父さんの知見を信じざるを得ない。
でも、本音を言えば、私はまだ、昨日のルドウィンの振る舞いを、現実のことだと信じたくなかった。どんなに優しい人でも、虫の居所の悪い時というのはあるものだし、ルドウィンも、昨日は何か嫌なことがあって、それで……
そこまで考えて、いまだに未練たらしいことを思っている自分の惨めさに、ため息が出た。だけど、仕方ないじゃない。私は私なりに、ルドウィンのことを本気で好きだったし、少なくない時間を、一緒に過ごしてきたんだもの。
私は結局、父さんに曖昧な返事をし、それから数日間、家事をしながら牧場の仕事を手伝い(手伝わなくていいと言われたが、流石に何もしないのは気が咎めたのだ)、私はのんびりと過ごした。
その間、何度かルドウィンに会いに行こうかと迷ったが、彼の、この前の冷たい態度を思い出すと、自分でも驚くほど足が重たくなり、どうしても、会いに行くことができなかった。
ルドウィンに会うのが、怖かった。
……正確には、彼ともう一度会うことで、私とルドウィンの間にあった『絆』がもう壊れてしまったことを完全に受け入れざるを得ないのが、怖い。
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