第7話

「おっと、こんな外で、随分と話し込んでしまったな。都からここまで歩いて来たのなら、相当に疲れてるだろう。今熱い風呂を沸かすから、汗を流すといい」


 兄さんの言う通り、私は相当に疲れていた。

 久方ぶりに温かなお風呂に入れると思うと、気分がグッと高揚したが、その前に済ませておかなければならないことがある。


「えっと、兄さん。お風呂に入る前に、戻って来たことを父さんに言っておかないと、面倒なことにならないかしら……?」


 先ほども述べた通り、私の父は、一家(というより一族と言うべきか)の長としての意識が非常に強いので、連絡もなしに実家へ戻ってきた私が何の挨拶もしなかったら、きっと機嫌を壊すに違いない。


 正直言って、私もかなり疲弊しているので、関係の良くない父親にそこまで気を遣うのを馬鹿馬鹿しいと思う気持ちがないわけでもないが、こうして故郷に帰ってきた以上、無駄に意地を通し、波風を立てるような真似はしたくなかった。


 何より、私と父が対立すれば、その間に立つハーキース兄さんを、結局は困らせることになるのだ。ここは素直に、父に帰郷の挨拶をしておくのが『大人の対応』というものだろう。


 私の発言に対し、兄さんはやや寂しげな笑みを浮かべ、首を左右に振る。


「心配いらないよ。話せば長くなるから、詳しくは後で説明するが、今の親父は、もう昔の親父とは違うんだ。きっとお前が帰って来たことを素直に喜んでくれるよ。さあ、風呂に行こう」

「そ、そう? 兄さんがそう言うなら……」


 一年間会わないうちに、父さんの頑固も少しは良くなったのかしら。


 もしそうなら、ありがたいことだ。

 私だって、実の父親と、顔を合わせるたびに大喧嘩をしたいだなんて思っていないのだから。


 そんなことを考えながら、私は兄さんに手を引かれ、家から少し離れた場所にある小屋に向かった。そこには、お風呂と小型のサウナが併設されている。少なくとも、この辺りでは最もしっかりとした入浴設備だと言っていいだろう。


 私は昔を懐かしむように目を閉じ、しみじみと言う。


「うちのお風呂、久しぶりね。それにしても、個人の家で、サウナまでついてるお風呂なんて、都でもほとんど見たことないわ。維持費とか、けっこうかかるんじゃない?」


 兄さんはちらりとこちらを振り返り、笑った。


「維持費とはまた、意外な言葉が出てきたな。そんなの、子供が心配することじゃないよ」


 兄さんの言葉に、一切の悪意はないのだろうが、子供扱いされて私は少々ムッとする。17歳という年齢は、世間的に見ればまだまだ子供かもしれないが、それでもこの三年間は、自分の力で必死にお金を稼ぎ、都会で暮らしてきたのだ。

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