思い出の向こう、その未来
思い出の向こう、その未来 上
吹きすさぶ風は乱雑に結んだ髪を弄び、まとめたゴムを攫おうとする。
それは私たちの身体をも持って行かんばかりに、勢いを増している。
ポンパドールにまとめた前髪はすでに崩れ、目の前を流れていく。
非常に邪魔とも思える前髪の影から逃れるように、一瞬だけ、足元へ視線を向ける。
どこまでも深い青の色。落ちてしまえばひとたまりもないことが窺える、透明に澄んだ空の色。
足元にはまるでクッションのような白い綿。
綿と言うには成分が違いすぎるけれど、現実では起こり得ない現象を起こしているのだから、これはわたしたちの体重を支えられる程度の綿の塊としておこう。
だだっ広い青色、空の中。
暢気に浮く雲を足場にして、私たちはそこにいた。
「ハーピー三姉妹、オキュペテー討伐完了や!」
「了解! 次、ケライノーの嵐に合わせて接近、討伐します!」
「メェちゃん無理するなよ!」
「シシさんも! アエロー抑えといてくださいよ! 一緒になると厄介ですから!」
現在も通っているパルクールクラブの仲間、ミコトさんとシシさんと共に空の上に立つ私。
相対するのは、人型と言えば人型ではあるが、鳥の脚、腕の代わりに鳥の翼、常に鳥の鳴き声のような奇声を発している人の顔を持つ魔物。
ハーピー三姉妹と呼ばれるその魔物は、このダンジョンの中層階に位置するボス部屋の主。
一体一体に突出した能力が備わり、三姉妹で協力技を打たせると厄介極まりない魔物だったが、何とか一体、その布陣を崩すことに成功した。
「嵐来ます!」
「おっけぇ、メェちゃん! 黒い雲は右隣三つ向こう!」
「了解!」
シシさんの声に従い、右隣にある雲に飛び移る。
その勢いをばねにして、トランポリンのようにもう二つ、雲を飛び越え移っていく。
足元には黒い雲。
それはケライノーと呼ばれる烏のようなハーピーの頭上に向けて移動していく。
気分はまるで筋斗雲。なんてふざけたこと言っている間もないほど速く、それは他の黒い雲と合体するために集まっていく。
「ミコトさん合図を!」
「まだ、まだやよ……。今!」
「はいっ!」
ミコトさんの合図に合わせ、黒い雲から飛び降りる。
そこには烏ハーピー、ケライノーの頭が。
「も、らったああぁぁぁっ!」
抜いたダガーをその頭に向けて突き立てる。
落下の勢いもあって、私の気配に上を向いたケライノーの顔面。
眉間の間に突き刺さり、顔面から喉元、胸のあたりまで、まるで裂けるように切れていく。
憎々し気に睨みつけてくるケライノーは、その表情のまま空から下へ落ちていく。
断面から血や臓物を撒き散らして。
「うわグロ」
「メグ! 雲、下にないで!」
「問題なし!」
どこか焦ったような声色のミコトさんにサムズアップを出すと、足元に魔力を集中させる。
ふわり、足元に緩い弾力が生まれ、それに私の足が包み込まれる。
「『
それは自重を上方へと持ち上げ、空中へ押し出す。
着地点にもうひとつそれを作り、もう一回浮かび上がる。
二、三度繰り返し、ようやく白い雲の上に到達できた。
「お見事」
「ありがとうございます! シシさんは……」
「問題ないで。今ちょうど終わったトコや」
シシさんが抑えていたアエローが下へ向かって落ちていくのが見える。
シシさんはガッツポーズをこちらに向けた。
「ボス部屋攻略完了! 次の階でマークしてから帰るぞー」
青空の中に扉が現れる。
どうやって浮いているのか分からないそこに、私たちは歩を進めた。
「空のダンジョンって、ボス部屋の次エリア限定ですけどマークして、次入った時にそこからスタートできるの、いいですね」
「空のダンジョンだけじゃなくて、中級者向け以上のダンジョンは大抵そうだよ」
「初心者向けの時は、メンバーがみんなボス部屋を攻略していれば再出現はしませんでしたけど、それでもまた一階からのスタートだったんで」
「あー、初心者のダンジョンはないよね」
そんなことを言いながら、ボス部屋を出てすぐ現れる宝箱型のボックス。
それと、これ見よがしに置かれている魔法陣と水晶のセット。
宝箱型のボックスには、ハーピーのドロップ品がまとめて入れられている。
どうやら空中にいるボスの解体は、落下した時点で行われ、私たちは労することなく採取品を手に入れられる親切設計となっているのだろう。地上のダンジョンでは絶対にありえないことだった。
私たちは水晶に手を翳し、その色が青色になるのを確認する。
「よし、マーク完了! 俺らは一旦地上戻って別のダンジョン潜るけど、メェちゃんはどうする?」
「あ、私今から用事があって」
「用事? なんかあったかいな?」
「あー! 前から言ってたやつか!」
「です!」
「ああ、あれやな。間に合うん?」
「夕方からなんで、まだ時間ありますよ。時間までにやらなきゃいけないこともひとつ残ってますし」
そう喋り合いながら、私たちは魔法陣に乗る。
目の前が暗くなる。しかしそれも一瞬のこと。
次の瞬間には、見慣れた地上の風景が目の前に広がっていた。
頭上に浮かぶ、円錐型の塔のような建造物。
あれが先ほどまで私たちのいた、上空迷宮。通称空のダンジョン。
「盗賊パーティーじゃないと攻略難度が跳ね上がるって言っていたの、よくわかるな……」
思わず独り言ちると、同意するようにふたりは頷いた。
空のフィールドが多いあのダンジョンでは、雲から雲へ飛び移ることができなければ致命傷になりうる。
そのため、あまり身軽に動けないジョブの人たちは、道具を持ち込むなどの対策を取って臨むのだという。
「それじゃあ、先に採取品配分な。って言っても、協力はハーピーくらいしかないけど……」
「メグ、ほんまそれだけでええの?」
「むしろこれが欲しかったんです」
いそいそとハンカチで包み、カバンの中にしまうのは、満天の星空を閉じ込めた、夜空の鉱石。
魔石とは違うそれは、『ケライノーの心臓』と名前の付いた石。
魔石のように魔法が使えるわけでもなく、特別な効果があるわけでもないそれは、しかし根強い人気を誇っている。
(これを贈られた者は、永久の幸せを手に入れる)
要するに、何の確証もないおまじないだ。
元が暗黒を意味するケライノーの、何がどうなって、こんなおまじないができたのかは分からない。
しかし私はどうしても、今日までにこれを手にしたかった。
「無理を聞いてくれてありがとうございました」
「ええよ。空のダンジョンはいずれ攻略するつもりやったし」
「そーそー。ハーピーの先にマークできたし、またチーム組んでいこうぜ」
「はい!」
私は二人に頭を下げ、その場を辞す。
背後から、まだ二人が会話しているのが聞こえてきた。
「俺ら、もう三十路か……」
「そやね」
「あー、そろそろ可愛い彼女作らないとなー」
「無理やな」
「なんだと」
(えっと、会場に行く前に……)
楽しそうな会話を背中に受けながら、この後の予定を頭の中で反芻する。
整理し終えるとすぐに前を見据えた。
「よしっ」
私は足早で歩みを進める。
その足が向かう先は空港。
そろそろ到着かと思っていたけれど、ほんの少し早めに到着していたらしい。
搭乗ゲートから姿を現したその人に、私は思い切り手を振る。
「陽夏ー!」
携帯に顔を落としていた彼女は、きょろきょろと数度辺りを見渡した後、私の姿を視界に留める。
目が零れんばかりに思い切り見開き、声にならない声で口をはくはくと数度開閉する。
「おっま……! こんなところで、今日の主役が何しているの!」
びっくりしたままの表情を貼り付け、彼女はそれなりの声量で私に問いかけてくる。
だから、平気。と彼女に返した。
「時間はまだあるし、陽夏を迎えに来るくらいの余裕はあったよ」
「んなわけあるか! 会場で待機してろし!」
「本当なのにぃ」
それに。
私は慌てたようにキャリーケースを転がして歩く陽夏に一つ言わせてもらった。
「今日の主役は私じゃないよ!」
「似たようなもんでしょうが!」
タクシーを呼び止める。
乗り込んだそのタクシーが向かうその先に、白い壁のチャペルが見えてきた。
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