辰砂ジンジャー辛苦味 7
「今日はこれで終了だ、解散」
ネアの号令で各々が帰る準備に入る。
私は男性更衣室から少し離れた箇所に新しく設置された、パーテーションの小部屋に入る。
以前女性会員が使っていた女性更衣室は、手のつけようがないほど物を詰め込まれた物置と化していた。
部屋を増設するわけにもいかず、かといって物置を一掃するにも、他の置き場も見つからず。
結局、背の高いパーテーションで個室を作り、そこを女性用更衣室と決めたのが、夏休みも真っただ中の頃だった。
(着替えも慣れたものだけど、タイツが汗で張り付いて毎回脱ぎ辛いのは困る……)
ネアの助言通り、クラブ活動中は河野さんイチオシのニーハイから、黒色のタイツに変えて活動している。
しかし、大量に汗を掻いた後のタイツは蒸れる。
何度太ももにあせもを作り、痒さに苦しんだことか。
(ニーハイ……は、ネアがダメって言うし。せめてくるぶしソックスとか……)
それもダメだと言われそう。
多分、生足を露出しているとネアは照れるのだろう。
(うーん、なんて言ったかな、そういう人……)
うーん、うーんと言語を思い出せずに悩む現象を起こしたまま、着替え終わる。
着替え終わり、更衣室から出ても尚、それは続いていた。
(あ、そうだ。おねえちゃんからネアに伝言頼まれてたんだった)
荷物を片手に、既に着替え終わって他のメンバーが着替え終わるのを待っているネアのもとへ向かう。
「ネアー……」
呼びかけに振り返るネア。
どうした? と問いかけに、姉の伝言を口にする。
「あ、脚フェチだ」
「……は?」
口にした、つもりだった。
口を中途半端に開き、間の抜けた表情を浮かべるネアに、私は自分の失態を悟る。
「え? なんだ、ネア、脚フェチだったのかー?」
「いや、違う! 断じて!」
「勢いよく否定するじゃん、あーやしーなー?」
これが好機とばかりにネアを揶揄い倒すのはシシさん。
ネアは、にやにや笑いながら肩を組むシシさんに、否定しながら身体を離そうと奮起している。
「あ、いや、あの、ネア……」
「ど、どうした……?」
「おねえちゃんが、例のものができたから取りに来てって、言ってた、よ……?」
「そ、そうか。また後日向かうと伝えておいてくれ」
「わかった……」
少しぎこちなく、顔を見合わせる。
先に逸らしたのは私だった。
(本当に申し訳ない……!)
あらぬ疑いを、私のぽっと零した言葉でかけてしまって……!
そんな後悔を胸に渦巻かせていると、救世主となったのは携帯の呼び出し音。
「あ、陽夏だ」
電話に出ることを一言断り、携帯を耳に当てる。
「もしもしー」
『お、メグ、今大丈夫かー?』
「うん、平気。どうしたの?」
『いや、それがさー。明日の宿題で使うノートが見っかんなくて。メグ持ってねー?』
「ノート? ……学校のカバン、家に置いてきちゃった。家に着いたらまた確認して電話するよ」
『助かるー。今外なん?』
「うん。クラブ活動中」
『あー、パルクール?』
「そうだよ」
他愛ない雑談に花を咲かせる電話口。
ふと、陽夏にさっきのことを話してみようという心持ちになる。
「陽夏、そういえばこんなことがあったんだけど」
ミコトさんが魔石を持っていたから、魔石の入手場所について訊ねたことと、ミコトさんからの依頼を達成すれば、魔石を融通すると約束したこと。
離し終わった電話口の向こうでは、気の抜けた陽夏の吐息が聞こえてくる。
『なに、そんな約束を取り付けてくれたん?』
「うん、陽夏、魔石のこと悔しそうにしてたから。ダメだった?」
『いんや、めっちゃ嬉しい。ありがとね』
「えへへ、どういたしまして」
『だけど個人情報だかんな。次からはウチの魔法の属性のこととか、うっかり外でしゃべらんでよ』
「う、ごめんなさい」
陽夏の軽い説教に項垂れる。
そんな私の気配を察したのか、かか、と快活な笑い声が向こうから聞こえてきた。
『ウチのために聞いてくれたのは素直に嬉しいよ』
「陽夏、ごめんね」
『もういーって。ところでさ、引率者は決まってるん?』
「え、うん。同じ盗賊のネアに頼んでる」
『ふーん……』
何かを考えこんでいる声。
やがて陽夏は、ぱ、と明るい声で提案する。
『それ、ウチも着いて行っていい?』
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