魔法使いのダークチェリー 5

「……ごめんなさい。落ち着いたわ」


 恥ずかし気に目を伏せる姉は、淹れたての紅茶で唇を湿らせる。

私とネアは、姉特製のジェラートを食べていた。


「美味しい。イチゴ?」

「凍結イチゴが余ったから作ってみたの」

「うそ、あれ余ったんだ」

「ええ。さすがダンジョン産と言うべきなのか、普通の果物よりも濃度が高くて」

「そのまま使うと甘すぎたんだな」

「ネアの言う通りよ。しかも効果もミントと比較にならないくらいにあって……」


 姉は禁忌事項をそのまま口に出すかの如く、慎重に言葉を紡ぐ。


「……まるで、シロップがポーションになったかのようだったわ」

「冷感ポーションなるものがまだ見つかっていないから、比較対象はないだろう」

「そうね。うんと薄めて作ったけど、お客さんも満足してくれたことだし」

「あ、おねえちゃん。これ本当だったら原価も高いんだから、ちゃんと価格高めにした?」

「ええ、したわよ。でもお得意様だからおまけしちゃった」

「おねえちゃぁん……」


 思わずジト目になって姉の顔を睨みつけてしまう。

商売っ気がないと言えばいいのか、姉は相変わらずのようだ。


「……それで、おねえちゃんは今度は何に悩んでいたの?」


 前は熱中症防止用シロップのことだったけど。

そう付け足し、姉の返答を待つ。

姉は、淹れた紅茶が渋い、みたいな顔をして、苦々しく口を開く。


「今のところ、あれはわたしにしか作れないみたいなの」

「モモ?」

「ええ」

「えー、そうなんだ、どうしてだろ……」

「待て、主語を抜きに二人だけで話すな。何のことだかさっぱり分からない」


 シャーベットを食べ終えたネアが待ったをかける。

私たちは顔を見合わせた。


「えっとね、おねえちゃんがモモのポーションを作って、私たちがそれをSNSに流しちゃったってことは言ったよね?」

「ああ、言っていた」

「それで、おねえちゃんが今日、調合師協会にそのレシピを持って行ったの」

「そう話していたな」

「それでね、おねえちゃんとしては別の作れる人に量産とかを丸投げしたかったんだけど、なんだか作れるのがおねえちゃんしかいなかった……ってことだよね? おねえちゃん」

「全くその通りよ。流石恵美だわ」

「えへへ」


 姉に頭を撫でられ満足な私。

一方ネアは、ようやく納得がいったという表情を浮かべる。

しかし同時に、納得がいっていないという顔もした。


「どうしてあんな主語抜きの会話で通じるのかが分からない」

「あら、ネアも長ーく、それこそ毎日一緒にいればわかるかもよ?」


 にやにやと笑う姉はネアを揶揄っているようで。

ネアは姉の視線から逃れるようにそっぽを向いた。


「羨ましいわぁ、若いっていいわね」

「同い年だろうがよ」


 どこか疲れたように溜息を吐いて深く座り直すネアは、そのまま天井を見つめる。

天井の染みでも数えているかのように微動だにしない。金縛りにでも遭っているのではなかろうか。


「でも、おねえちゃん以外の人が作れないってなると結構……」

「困ったことになったわね」


 姉の溜息、苦笑い。

そんな時、ネアが天井を見たまま言葉を発する。


「ジョブのレベルみたいなものがあるんじゃないか?」

「レベル?」


 息が詰まっているような声。苦しそう。

そう思っていると、ネアは天井から姉の方へ視線を戻す。


「公には測定されていないのかできないのかは分からないが、そういうものがあるんじゃないかって俺は思っている」

「そういえば、ネアってばダンジョンができる前からそういうゲームとか好きだったわね」

「それは関係ない……いや、ちょっとはあるかもな」


 否定しようとして少し思い直したネアが、なんだかかわいく見えた。


「まあ、実際の体感として、俺は盗賊シーフの技を使い続けていたら、ある時から使える技が増えたり、動きが格段に違うと思うことが結構あった」

「それはあるかもしれないわね。わたしも最初は低級回復ポーションすら時々失敗するレベルだったけど、作り続けていたら材料があれば上級のポーションも作れるようになっていたわ」


 姉はうぅん、と唸り、つまり、とまとめる。


「調合師協会にいた人たちは、わたしよりも調合師としてのレベルが低かったって言うこと?」

「そうなのかもしれないし、もしかすると技ごとにレベルがあるのかもしれないな」

「わたしはシロップをほぼ毎日のように作っているけど、彼らはそれが普通じゃないから、って言いたいの?」

「可能性としては高いだろ」

「そうね。その可能性に懸けて、もう一度協会の方に行ってみるわ」


 私は時計を見る。

時間はおやつを少し過ぎたくらい。


「今から? 着いて行こうか?」

「お願いしてもいいかしら?」

「分かった。ネアはどうする?」

「俺も着いて行ってもいいか」

「いいわよ。電車移動だから、バイクは裏にでも止めておいて」


 ちゃんとカギはかけるのよ。

まるで母親のようなことを言う姉に見送られ、ネアは外へと向かっていった。

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