魔法使いのダークチェリー 4

「……ってことがあったの」

「そうか。まあ、うっかりしていたメグと結衣も悪いが、何とかなるだろう。カナタだから」

「おねえちゃんだからっていう謎の信頼」


 今日も今日とてダンジョンに潜る日々。


 私が初めて入ったダンジョンは、今、探索者協会によって立ち入り禁止令が出されている。

一度様子を見に行ってみるか? とネアに誘われた時、二つ返事で見に行ったが、そこは国家機密施設もかくや、厳重に封鎖されていた。

バリケードは工事現場で使われている、侵入者封鎖の目的では妙に頼りない単管バリケードとは違い、大きな鉄板で中が見えないように囲いが作られていた。

入口には、屈強な警備員が二人体制で見張っているという徹底ぶり。


 今、高ランク探索者向けの依頼で、中の調査をする、というものがあるらしい。

高給、高難易度、危険度大。

探索者たちが集まったのか集まっていないのか、その動きは私には分からなかった。


 そんな私たちが現在の狩場にしているのは、家からほど近い浅層ダンジョン。

別名初心者向け薬草ダンジョンとも呼ばれるこのダンジョンは、その名の通り最初から最後まで薬草が生い茂っている。

おまけにたったの六階層しかないダンジョンで、ボス魔物もたった一匹。

ヒュドラほど難易度が高いわけでもないボス魔物擁するこのダンジョンは、初心者探索者の育成場所としてもよく利用されている。


 私はネアの好意で、このダンジョンに通わせてもらえることになった。

今日はその一回目。成果としては、普段作って納品している低級回復ポーション二百本分の、大体半量分。

とはいえ、厳密に測っているわけでもない目分量のため、本当にその量に届いているかは甚だ疑問ではある。


 私の未熟ゆえに時間制限までに目標でもあった二百本分の採取が叶わなかったのは悔しいところだが、ネアがまた、明日も明後日も付き合ってくれると言ってくれているから、今日の所はここで引き上げることとなったのだ。

命拾いしたな、薬草め。


「ネアがバイクを運転できるなんて知らなかった」

「言ってなかったか?」

「うん。すごい大きい、かっこいい」

「そうか」

「ハーレー?」

「いや、ボルト」


 真っ黒な車体が胸を張って煌めく大型バイク。

行きと同じくネアの手を借りて、後部座席に跨る。


「私ハーレーしか知らない」

「ハーレーは知っているのか」

「うん。名前だけ」

「……大型バイク全部がハーレーなわけじゃないぞ」


 どこか呆れたような声色のネアに、ヘルメットを被せられる。

彼は自身もフルフェイスのヘルメットを被り、前方の座席へ跨った。


「ポーチはいいか」

「うん、待って……。大丈夫」

「なら行くぞ」


 バイクに乗っている最中に落とさないように、ポーチの蓋をしっかりと閉め、腰ベルトをきつく縛り上げる。

動き出した車体、私はネアの肩にそっと手を置いた。


 バイクの後部座席に座っている人は、密着するレベルで腰なんかに手を巻くのが正しいと思っていた当初。

照れを隠しきれずに恐る恐る抱き着こうとしたら、こうするのが運転をしやすいとネアに正されたのはいい思い出だ。

今朝のことなんだけど。


 それでも落ちてしまうのではないかと戦々恐々としていた今朝も、案外バランスを取れるものだと、ダンジョンに着く頃には思えるようになった。

恐るべし、盗賊シーフの体幹。


 風を切り走るバイクは、大型バイクならではの重厚な音を響かせる。

目を閉じながら全身にその音を浴び、風を感じていると、あっという間に着くのは家の前。


 色気などこれっぽっちもなかった帰路。

扉を開けると、机に肘をつき、頭を抱える姉の姿。


「おねえちゃん?!」

「どうしたんだ? ……カナタ?!」

「ネア! なんかこんなこと前にもあった!」


 妙な既視感を覚えながら姉のもとへ駆け寄れば、聞こえてくるのは唸り声にも似た苦悶の声。


「……のよ……!」

「おねえちゃん、どうしたの?」

「どうしてだれも作れないのよ……!」


 絞り出した姉の声。

私たちの目は点になった。

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