凍結イチゴの納涼依頼 12

「おねえちゃんと大久保さんはその当時恋人同士でね。特に大久保さんがおねえちゃんにベタ惚れだったのを覚えているよ」

「そうだったんですか?! それは初耳です……」

「あ、じゃあ家族には言っていなかったのかな? まあ、いいや。それでね、ある時ダンジョンに調査に行ったのよ」

「はい」

「大久保さんは、不安がっている私を安心させるためなのか、おねえちゃんを守るからって大口をたたいたの」


 ひとつ。ペースダウンをしていた凍結イチゴ狩りを再開する。

結衣ちゃんはそれを聞いて、難しい顔をしている。


「それって……」

「おねえちゃんは、ちゃんと生きてるよ。ただ……」


 ほんの少し口ごもる。

そして放った言葉は、自分でも驚くほど平坦な声色だった。


「両脚を無くした状態で帰ってきたの」


 間。

無言の空間。

私がダガーで茎を切る、プチプチと間抜けで小気味いい音だけが響く。


「それでね、私言っちゃったの。『どうしておねえちゃんを守ってくれなかったの! 守ってくれるって言ったのに! 嘘つき!』……って」

「それは……」


 結衣ちゃんは躊躇った後、おかしくないですか? と言葉に出す。


「だって、結果的にお姉さんは生きて帰って来たじゃないですか。死ぬことの多いダンジョンで、両足を失って、その……。要するに、足手まといになったお姉さんを、ゆうにいはちゃんと連れて帰ってきてくれたってことですよね?」


 そう。

彼は、ちゃんと私との約束を守ってくれたのだ。


 ひとつ、いっぱいになったパックを閉じてポーチにしまう。

もうひとつ、パックを開いて、また凍結イチゴを切り取っていく。


「うん。今はちゃんと理解しているよ。だけど、あの時私、両親を失ったばかりでさ。心の支えはおねえちゃんだけだった。だから、そのおねえちゃんが大けがをして帰って来たことに、守ってくれるって言った約束を重ねて、勝手に腹を立てちゃったの」


 この辺に採ることのできる凍結イチゴは無くなったかな。

立ち上がり、一通りあたりを見渡す。

背骨がポキポキ鳴る中で、雪が無くなって青々と茂る葉の列を見た。


「それで、大嫌いって感情が先に出て。嫌い嫌いをずっと続けていたら、本当に嫌いになっちゃった」


 素直になるタイミングを逃したの。

私は今、どんな表情を浮かべているのだろう。

見下ろす結衣ちゃんは、ひどく悲しげな表情を浮かべていた。


「ごめんね、こんな話をしちゃって」

「いえ、いえ……っ! あたしも、あたしもごめんなさい……っ!」

「結衣ちゃんが謝ることじゃないよ。むしろ、大久保さんは、客観的に見たら被害者だよ」


 いつかはちゃんと、仲直りをしたい。

できることなら。

そう思いの丈を呟くと、結衣ちゃんは悲し気ながらも、どこか安心したような表情に変わっていった。


「おーい、結衣! おまえ見張りサボってんなよー!」


 少し離れた場所から、大きく手を振りながらこちらに叫んでいる大久保雄大。

私は結衣ちゃんの背中を軽く押す。


「呼んでるよ。行かなきゃ」

「はいっ。あの!」

「うん?」

「教えてくれてありがとう!」


 半ば叫ぶようにお礼をされる。

軽く手を振りながらその後姿を見送り、私は別の場所へ移動する。


「ありがとう、かぁ……」


 頭を掻く。

言われるようなことは何ひとつしていないはずなのに、それでも言われると少しむず痒い。


「話は終わったか?」

「うわぁっ!」


 背後から、ぬ、と。

まるで背後霊のように話しかけてきたネアにびっくりして、凍結イチゴの入ったパックを落としてしまう。

バラバラと散らばる凍結イチゴ。

それを、決まりが悪そうな顔で見つめるネア。


「……すまない」

「いや、こっちもごめん……」


 幸い、凍結イチゴは落としたところで潰れる品物ではないこと。

パック自体も無事だったことに、私は胸を撫で下ろす。


「内容、聞いてた?」

「いや、何か話しているのは分かったけど、何の話をしているのかはさっぱり」

「ならいいや」


 聞かれていなかったことに安堵する。

もし聞かれていたとしたら、思春期の私が露呈したようで、少し恥ずかしい。


「それより、ノルマ分は終わったぞ」

「あ、こっちまだ」

「いや、メグの分まで詰めておいた」

「……えぇ?! いつの間に?!」


 見せられるのは、きっちり半分プラス五パックの凍結イチゴ。

氷が白い光に反射して、煌めいている。


「パック、私が持っていたはずなのに」

「いや、実はこのパック、少し多めに用意されていたんだ」

「そうなの?」

「それで……。ダンジョンに入る前に、こっちの方でパックを余分に持たせてもらっていた」


 カナタへの土産分にするつもりだったんだ。

どこか照れながらそう言う彼に、また、胸のどこかがチクチク痛む。


「……ネアの初恋の人っておねえちゃん?」

「……は?! え、待て、だれがそんなこと」

「瀬名さん。そっかぁ、図星?」

「ちがっ、俺は」

「照れなくていいのにー。私、応援するよ?」


 そんなことを言って、誤魔化す。

言葉にはしたくない何かを誤魔化す。


「……そうだ。もう少し採ってってもいい?」

「……まあ、いいんじゃないか?」

「私も、おねえちゃんにおみやげ採ってこ」


 ネアに負けてられないしー。

彼は何かを訂正したそうにあわあわ言っていたけれど、一切を聞かないふりをして、少し離れた場所にしゃがみ込む。


「……ん? なにこれ」


 途端、違和感。

凍結イチゴはたしかに生っている場所。

しかし、そこに入り込んだ異物感が隠しきれていない。


 私は異物のある場所の雪を払う。

それはぼすり、と雪の上に落ちた。


「時計……?」


 シルバーの腕時計。

長針が、昼を告げる位置で止まっている。

何気なく、長針の差す方向に視線を遣る。

瞬間。


「……っ?!」


 私は甲高い悲鳴を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る