凍結イチゴの納涼依頼 11

 目を閉じたままのネアは、しばらくそうしていたかと思うと、す、と腕を伸ばす。

それは雪原の一点を指さし、また、そのうんと向こうにその存在を知らせている。


「前よりも遠いな。ここをまっすぐ行った先だ」

「了解。それじゃあ、移動するよ。雪が深いところがあるから気を付けて」


 由人さんの号令。

先頭を大久保雄大、その次をネア。

間に私と結衣ちゃんを挟んで由人さん、殿は瀬名さんの順で移動する。


 これだけ積もった雪を歩くのは初めてかもしれない。

スキー場のCМは冬になればよく見るけど、私たちにはとんと縁のないものだったから。


 だからか、歩き慣れない雪道で何度か躓いて転びそうになる。

その度に、前方のネアに背中で支えてもらったり、後方の由人さんに肩を掴まれて支えてもらったりと、ずいぶん世話をかけた。

盗賊は身軽さが取り柄のジョブじゃなかったのか。

そう零せば、ただし歩き慣れた素材の道に限る。とはネアの言。


「ネアも泥道の時はよく転ぶよな」

「うるさい」


 ぬかるんだ道、特に泥が足首より上まで浸かるほどに堆積している道を歩いた経験のある人は、そういないだろう。

そういう、歩き慣れた道でないところは、盗賊でも転ぶことはままあると教えてもらった。

ただし、転んだあとの身の起こし方や立て直しの速さは、ジョブの中でも随一である、ということも。


 何度か転んで雪まみれになりながら、ようやくたどり着いた群生地。


「わ、緑だ」

「雪原のオアシスですねっ!」


 言い得て妙。

真っ白な飽き飽きする道を歩いていたら、降って湧いたように突然現れた緑色は、正しく雪原のオアシスと呼ぶにふさわしい色どり。

ところどころに雪が積もっている緑色の葉。

雪を手で払うと、その下から凍り付いた真っ赤なイチゴが姿を現した。


「それが凍結イチゴだ。積もった雪の下に隠れている。採取はヘタを傷付けないように、ヘタから一センチくらい離れた茎を切るといい」


 軽いレクチャーを受けたあと、ネアがプラスチックのパックを求めてきた。

ポーチの中からパックを出して半分にする。

手渡すと、ネアはすぐに採取を始める。

淡々とナイフで切ってはパックに詰める手際は、まるで熟練の農家のよう。


「さー、俺らも仕事するぞー」

「結衣ちゃぁん、後ろでちゃんとぉ、警戒の仕方とか見ておくといいわよぉ」

「はい! がんばります!」


 警戒と戦闘担当の三人は、群生地から少し離れた場所で散開する。

散開と言っても、別れたのは瀬名さんと大久保雄大だけで、結衣ちゃんは大久保雄大のところでその動きを学んでいる。


「よそ見しているとその分時間を食うぞ」

「あ、うん!」


 ネアから注意を受け、凍結イチゴ採取の仕事を始める。

ダガーで茎を切る時、もたついていた最初の頃。

しかし、十二個目の凍結イチゴを採取したとき、手元に変化が現れた。


(採取がしやすくなった?)


 初めは見付けて、切って、パックに詰める、の感覚で、そのひとつひとつにもたついていたために、時間を食っている印象があった。

しかし今は、見つける、の工程が省略できているような感覚。

見付ける、というよりも、そこにあると分かる。

そこにあるものを切って詰める。次にある場所が分かる。切って、詰める。


「盗賊の索敵能力の応用だ」


 そのことを話せば、ネアは採取しながら教えてくれる。

常に目的物があることが分かるから、見ないでも取り上げられるようになるのだとか。


「こちらのノルマは終わった。メグの方は?」

「え、はや! まだ、もうちょっと」


 依頼の達成までは、あとパック五個分と少し。

そう思って手を早めようとしたら、パックが二個に減っていた。


「こっちはやる。あまり急ぐと傷が付く。慎重にやるといい」


 そう言ってネアは、少し離れたところで採取を再開する。

気遣いに感謝しつつも、世話をかけてばかりの自分が、少し情けなくなった。


「……恵美さん、今どんな感じですかー?」

「えっ?! あ、結衣ちゃん!」


 多少落ち込んでいると、いきなりかけられた声。

横を見ると、私と同じようにしゃがみこんでいる結衣ちゃんがいた。


「向こう行ってなくて大丈夫なの?」

「すぐ戻りますよー。ちょっと恵美さんに聞きたいことがあって」


 聞きたいこと……?

訝しむと、彼女はちらり、と視線を遣る。

その視線は大久保雄大の方に。


「恵美さん、ゆうにいと何かあったのかなって」

「……あー、と、いうと?」

「なんか、ちょっとぎくしゃくしてる感じで。同じグループだから、まあ我慢しとくかーって雰囲気なんですー」


 あたしがそうだったから分かりますよー。なんて。

彼女の経験による観察眼に舌を巻く。


「うーん。どこから話せばいいのか……」

「どこからでもー」

「そうだね……。私におねえちゃんがいるんだけどね?」

「はいー」

「おねえちゃん、昔、有志のダンジョン調査隊に入っていたの」

「ダンジョン出来立ての頃に結成されたやつですよねー? ゆうにいも入ってました」

「うん。そこで、おねえちゃんと大久保さんは一緒の班だったの」


 私は語る。

今でも思い出せる、あの悪夢を。

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