試験とモモ級回復ポーション 11

「Go!」


 本日何度目かのサイモンさんが放つGoの合図。

その怒号にも近い声が響いた時、陽夏は勢いをつけて後方へ飛んだ。


 距離を取った陽夏を、カカーシは追いかけない。

どころか、カカーシはその場で水のボールを練り上げている。


 遠距離特化タイプのカカーシだ。

つまり、陽夏とは魔法使い同士の対決。


「……上等」


 好戦的に呟く陽夏の声は、やけにホール内に響く。

陽夏はす、と目を閉じて、杖をカカーシの方へ向ける。


「あー、なんて言えばいいんだ? んじゃ、適当に。『ウォーターボール』」


 向けた杖の先。白い煙が集まりだし、それは細かい水滴に変わる。

水滴はぶつかり合い、水の泡を弾き、そしてひとつに集まっていく。

幾度か水滴がぶつかり合うと、やがてそれは、いくつかの大きな水のボールへと変化していく。


 陽夏はそこで止めない。

大きくなったボールは、同じく大きくなったボールとぶつかり、さらにその大きさを増していく。


 きらきら、蛍光灯を透かして浮かぶ水のボールは、陽夏の杖を、そして陽夏を取り囲んで踊っている。

綺麗。


 本来なら無色透明なはずの水。

陽夏の出す水は、透き通った空の色。

不思議な光景。


 初めは煙だった水滴は、今やメインホールの天井へと迫る勢いで質量を増している。

サイモンさんは顔色を変えた。


「Stop!! 十一番、やめろ!」


 サイモンさんの制止の声がかかる。

しかし、一瞬早く、その水のボールはカカーシの方へ放たれた。


 カカーシが、圧倒的な質量のもとに薙ぎ倒される。

ボールが弾けた。

透き通って綺麗な、静かな水滴ではなく、それは豪雨のようにメインホール内に降り注ぐ。


 分散し、糸のようにざあっと降り注ぐ雨。

その雨は、メインホールの中にいる者を分け隔てなく濡らす。

 例外なくびしょぬれになっている私の目の前で。


「……陽夏っ!!」


 陽夏が倒れた。


「Damn it! 魔力切れだ!」


 遠くの方でサイモンさんが何かを喚いている声が聞こえてくる。

それを言葉として、私の頭は処理できなかった。




 そこからのことはよく覚えていない。

気付けば私は、血の気の引いた陽夏が横たわる、医務室のベッドの傍に立っていた。


「魔力切れね」

「魔力、切れ?」


 長い髪をひとつ結びにした女性。

彼女がこの医務室の主らしい。

サイモンさんは、陽夏を彼女に預けた後、残った他の受験者のためにメインホールへ戻っていった。


「そう。魔法使いが魔法を使うとか、ジョブ特有の動きのような、人体の限界を超えた技を発動するとき、体力とはまた別のエネルギーを消費することが分かっているの。それは魔力と名称付けられているわ」

「魔力……」


 私が試験の際に見た、攻撃がよく見えるとか。身体がすごく軽くて、普通じゃ考えられないスピードで動けたこととかも。

すべて魔力を消費して行っていたことなのだろうか。


「それでね、本人にその自覚は無くても、体内にある魔力を使い切ってしまうことがあるの。例えばアドレナリンが出ていて、もっとできるって錯覚している時とかね。ふつうは、身体がこれ以上はまずいって危険信号を発してくれるものなのよ」


 陽夏の顔を見る。

小麦色に焼けている肌は、血の気が引いて土色に見えた。


「今回は倒れるだけで済んだけど、たまにね、絶対に負けられない戦いーとかって言って、魔力切れになっても尚魔力を使おうとした事例があるの。その人たちは、身体に後遺症を負ったり、死んだ人もいるわ」

「死……っ?!」

「この子は大丈夫よ。ギリギリ生きていけるだけの魔力を残して、身体が防衛本能で倒れたから」


 思わず陽夏の手を強く握ってしまった私を宥めるように、彼女は穏やかな声で現状を告げる。

血の気は引いているけれど、手首には確かな脈があって、ほっとして、恐々手を離した。


「目が覚めたら、ちゃぁんとこのことを話しておくわ。あなたも気を付けてね」

「ありがとうございます。あの、魔力ってどうしたら戻るんですか?」

「そうねぇ……人によって様々だけれど、基本的には体力を回復する行動を取れば、自然と魔力も回復してくるの。あとは、魔力ポーションね」

「魔力ポーション」

「これよ。低級の魔力ポーションだけど、勉強のためにあなたも一応飲んでおきなさい」


 差し出された瓶は、姉がいつも作っている回復ポーションとは違い、オレンジ色のガラスでできている。

中の液体は、透明な黄色に染まっている。


「……うぉぇ」


 それはバターの海で泳ぐ、青汁の味がした。

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