07


 サベインの街から戻ってきたのは、向こうも街の中には入れず、そして難民区の賑わいがこちらの方があるように思えたからだ。

 人があるところには仕事がある。


 イベントの多い街というのは自然とNPCの数も増えるものだからな。


 再び市場の方に向かっていく。

 同じ肉串の屋台があったので、そこに向かった。


「おお、兄ちゃん。仕事はあったのか?」

「おかげさまでな」

「そりゃよかった」


 再び肉串を買う。


「ここって、寝る場所はどうすればいいんだ?」

「テント持ってないのか?」

「ない」

「なら、どっかの焚火に混ぜてもらうしかないな」

「そうか」


 それをするぐらいなら、寝ないという選択肢を採るしかないな。


「あるいは女のテントに行くか」

「なに?」

「テントの入り口に布を撒いた棒を刺してるところがそうだ。棒が抜いてあったら客がいるってことだからな。覗くんじゃねぇぞ」

「なるほど……そうか、なるほど」

「おい?」

「良い情報だ。ありがとう。もう二本くれ」

「お、おう」


 女のテントと聞いて何もわからないほど純情ではない。

 いや、俺は知っている。

『バニシングギア』には歓楽街もあった。

 そこで情報を集めたり、カジノでコインを集めて特殊装備を集めたり、酒を飲んだり、そして女を買うこともできた。

 そうすることで特殊なバフを手に入れたり、イベントのフラグを建てたりすることができる。


 だが、そこで何が起きているのか、まるで覚えていない!


 一体何が起きるのか。

 なにをするのか。

 それを、確認しなくては。

 厳格だった上忍すらも通い詰めた女の秘密がついに暴かれるのだ!


 肉串屋の親父の言葉ではそういうテントは市場から近い場所にほど、よくあるという。

 その方が客がすぐに取れるからだそうだ。

 テントはそこら中にあるが法則性が存在する。

 焚火を熾す燃料もただではない。

 焚火を囲むようにテントの輪が様々に出来上がっている。

 それらを巡る。

 だが、収穫はない。

 布を撒いた棒を見つけることができるのだが、そのほとんどがすでに抜かれてテントの側に倒れている。

 ままならない感覚に苛立ちながら、俺の足はどんどんと市場から離れた場所へと向かっていく。


「ん?」


 やがて、それを見つけた。

 テントの横にひっそりと細くて短い棒が刺さり、泥に汚れた布切れが巻かれていた。

 その密やかさに引っかかりを覚えたが、他には見つからない。

 テント側にある焚火の火も弱く、辺りは静まり返っている。

 だが【生体探知】をすればそれぞれのテントに人がいることがわかる。

 寝ているのか、寝ようとしているのか。動く気配はなさそうだ。


「あっ……」


 そっとテントの入り口をめくって中を覗くと細い声が聞こえた。

 暗くてどんな女がいるのかはわからない。

 バイザーパーツを展開すれば暗視機能があるから見ることもできるが、顔が隠れてしまうし、いきなりそんなことをすれば驚くだろう。


「入ってもいいか?」

「あ、はい」


 細くて弱い声だ。かなり若いのかもしれない。

 その時点で内心「むう」と唸った。

 テントの中は狭く、四つん這いにならなければ入れない上に、これでは体を伸ばして寝ることは無理だろう。

 女の体温、吐息がすぐそこにあった。


「いくらだ?」

「え? あ……銀貨で」


 肉串が銅貨で変える。

 銀貨一枚で銅貨十枚。材質の相場によってちょくちょく変わるらしいが、とりあえず十進法的に考えておけば問題はない。ただし金貨から上はまた違って来るそうだが、そこから先は庶民には関係のない貨幣だそうだ。

 で、一晩銀貨一枚。

 安い……ような気もする。

 ただ、俺の価値基準もまだあいまいだ。

 そしてなにより、銀貨一枚別に問題はない。


「ほら」

「あ、ありがとう」


 腰に下げた革袋から適当に握り、渡す。

 銅貨は別で入れておいたので、間違えてはいないだろう。


「それでは……あの……どうぞ」


 女は、そう言うと隣で横になった。


「なに?」

「え?」

「「…………」」


 こちらが驚くと、向こうも驚いた声を出す。

 そしてそのまま気まずい沈黙が流れた。


「あの……すいません。初めてなので……お願い、したいのですけど」

「…………」


 恐々とした声で言われ、俺は長くため息を吐いた。

 そして女の隣で横になる。

 かなり狭い。

 そして足がテントの外に出た。


「あの……?」

「寝る」

「え?」

「寝る。テントの借り代だ」

「あの……でも……」

「…………」

「それじゃあ、わたしは出ていますね」

「だめだ」


 それだと、この女が寒い思いをすることになる。


「引っ付いて眠れば、寒さもしのげるだろう」

「は、はい」


 一度は起き上がった女が再び横になり、そして俺の腕にこわごわと体を寄せる。

 ……まぁ、もともと寝る場所をどうするかと考えて肉串屋の親父に尋ねたんだ。

 当初の目的は果たしているんだ。

 これでいいと、俺は目を閉じた。



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