ゲスプレイヤーから卒業したゲーム忍者の異世界無双譚
ぎあまん
01 一番目はゲーム忍者
えーと?
俺の名前はコタロウ・ホオヅキ。
漢字で書くと鬼灯小太郎。
忍者だ。
西暦2570年ニューアジアの覇権を巡る戦争を生き抜く忍者。
ついでに言えば……いや、これはとても重要なことであるのだが……。
俺はゲームのキャラクターだ。
『バニシングギア』というゲームのキャラクター。
この名前はとあるプレイヤーが付けた名前だ。
マルチモードにあるランキング上位常連者の名前。
あるいは俺は、そのプレイヤーの転生した姿なのではないだろうかと疑ってみたのだが、どうだろうか?
異世界転生という奴だ。
どうだ?
…………。
いや、プレイヤーの記憶がなにも思い浮かばない。
そもそも俺はプレイヤーによって名前も姿も全てを創造された存在なので、誕生前の人生というものがない。
忍者候補生として誕生し、複数のミッションをこなして己の人生を生成していく。
つまりは『バニシングギア』のストーリーモードが俺の人生だ。
それ以外ではプレイヤーの音声チャットによる会話ぐらいしか記憶のない俺は、プレイヤー本人ではなくゲームのキャラクターそのものと思うべきだろう。
さて、現実逃避はこれぐらいにしておこうか。
で、これはなんなのだろうか?
俺はいま、暗い空間の中にいる。
石積みの空間。
複数の蝋燭がひ弱な光源となって揺れている。
凹凸の多い床に描くには苦労したであろう、円の中に収められた複数の記号群……魔法陣というものだろうか?
それが足下にある。
猫のような虎のような人間のような小さな老人と、金髪の女性。少女だな。
その二人が円の外から俺を見ている。
「おお、遂に成功したぞ!」
荒い息で猫老人が言う。暫定的に猫老人と呼ぶことにする。
毛皮でよくわからなかったが、どうやら疲労困憊のようだ。
「召喚幻遁異界招きの術じゃ!」
異界招き?
異世界転移か?
「さあ、異界の鬼よ! いますぐこの姫を連れて城を脱出するのじゃ!」
「断る」
状況はわからない。
しかし、こういうときにやるべきことはプレイヤーから教わっている。
状況確認方法その一。
『選択肢はとりあえずNOを選べ!』
それによってストーリーが一本調子なのか、マルチエンドなのかがわかる。
選択肢があったとしても、ただテキスト差分が用意されているだけの可能性もあるが……そういう場合は言語化しきれないが拘束力のようなものが発生するのでそれで察することができる。
「なっ!」
「そんな……どういうことですか⁉」
俺の拒否に猫老人と少女が狼狽し、話し合いを始めている。
「ん?」
暗い中で自分の手を確認して気付いた。
艶消し黒を主とした赤いラインの入った装甲……シグロmk3だ。
最終決戦用の装備だ。
いつこの状態になった?
たしか、最後のログインは三時間前でそのときはマルチモードのスプリングファイナルで優勝したのではなかったか?
シグロmk3はストーリーモード専用でマルチモードでは使えない。
だから、装備しているはずがない。
DLCを導入したか? だとすればかなり大規模だな。
こんなクラシックな空間は通常の『バニシングギア』の世界観には合わない。
それに、異世界転生? 転移?
その可能性を、俺は消しきれないでいる。プレイヤーが音声チャットで話していた内容は覚えている。
しかしだとすると……ここはゲームの世界ではないのか?
目の前にいる二人は、ゲームのキャラクターではないのか?
いや、俺はそれを期待しているのか?
だとすれば……。
「状況は?」
「なに?」
「状況はどうなっている? まずはその説明が先だろう」
「にゃにを……」
「生き残りたければ冷静な判断を下せ」
「ぐぅ……」
猫老人が唸る。
が、逡巡はそう長くかからなかった。
「サンゾ爺。話しましょう」
「姫様!」
「このままここで時間を浪費している場合ではありません。それに、我々はもはや、この鋼の鬼殿に頼るしかないのですから」
「むう……」
鋼の鬼……か。
たしかに、忍者らしからぬこの重武装ではそう思われても仕方ないだろう。
だが、いまはこのままでいい。
忍者はそう簡単に素顔を晒さぬものだ。
特にこの二人には知られるべきではないと感じた。
正規の手段ではない方法で依頼を遂行させようとしているのだ。迂闊に顔を知られては今後も泥縄を掴まされることになるかもしれない。
「仕方ない」
猫老人……サンゾ爺の話はこうだ。
ここはデルマリア王国のとある屋敷。
ここにいる少女の名前は明かされなかった。
だが、王国だというなら貴族や王族の姫君ということだろう。
言われてみればそのような服を着ている。
そしてこの少女の身柄の確保を巡り、この屋敷はいま悪漢の襲撃を受けている。
我々はこの秘密の地下室に逃げこんでいて、なんとか秘密の通路を抜けて脱出しなければならないが、脱出口の近辺にはすでに悪漢たちが密集していて、そこを貫くための戦力を必要としている。
「なるほど」
【生体探知】
「むっ……」
サンゾ爺が表情を揺らめかせ、耳を動かした。
俺の【生体探知】に感付いたか?
いや、違和感を覚えたという程度かもしれない。
まぁ、【生体探知】は『バニシングギア』でも使用すると他のプレイヤーに感知されるスキルだからそれほど驚くことでもない。
ゲーム上では使われたことに気付いても逆探知するには専用の装備が必要となったのだが、こちらではどうか?
いや、それを使うぐらいならこちらからも【生体探知】を使って位置を探る方が早いからと廃れたのだったか。
「確かに囲まれているな」
「いま、なにかしたか?」
「状況の確認だ。この周辺に味方はいないんだな?」
「……うむ、家の者は皆殺しにあった」
それを聞いた少女が悲しそうに俯く。
「なら、残りは敵ということでいいな? いまの俺に敵味方の判断は付かない。後で文句を言われても死者を蘇らせることはできないぞ」
「……わかっておるわい」
「俺の任務は? 護衛か? 陽動か?」
「そのような目立つ姿で護衛ができるものか! 陽動じゃ」
……たしかに。
なにも知らなければそう思うだろうな。
だが、いまは手札を明かす必要もない。
「なら、派手に暴れてやるからその間に逃げろ」
「うむ」
「あの、ご武運を」
「ああ」
少女に声をかけられ、俺は空間にある二つの通路の内、一つを進む。
向こうもそれを望んだのだろうが、うまく別れることができたと思っている。
せっかく異世界に来たのだ、自由を楽しみたい。
『バニシングギア』にはなかった自由を。
そう。
いまの俺には制限がない。
プレイヤーの操り人形ではない。
ストーリーの奴隷ではない。
自分の意思で動くことのできる……人間と変わりのない存在になったはずだ。
この自由を取り逃すわけにはいかない。
そのために……。
「さあ、やろうか」
通路を抜けた先は木々の密集した森だった。
あの二人がどう脱出するのかわからないが、この通路は再び隠しておき、【生体探知】で反応の多かった場所へと向かう。
そこにいたのは、日本の武者鎧を西洋風に鉄板で再現したようなものを着た連中だった。
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