性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました 番外編 『ドレスと褒め言葉』

無月兄

第1話 ドレスを選べ

 クリスがヒューゴから求婚され、返事を保留にしてから少しの時が流れたある日、二人はとある高級衣料店に来ていた。かつてクリスがヒューゴと共にドレスを購入した場所だ。


 店に入ると、それに気づいた男性が、仰々しく頭を下げてくる。この店の店主だ。


「いらっしゃいませ。本日は、どのようなものをご希望でしょうか」

「えぇっと……」


 店主がクリスに尋ねるが、彼女はどうしたらいいかわからないように、少し困った顔をする。

 それから、ヒューゴに向かって小声で囁いた。


「私、やっぱりドレスなんていらないですよ。前に隊長からもらったやつがあるじゃないですか」

「今はプライベートだから隊長はよせ」

「えっと……それじゃ、ヒューゴさん」


 最近、ヒューゴから度々隊長呼びを改められることがあるが、どうにも慣れない。

 恋人のふりをしている時はヒューゴ様などと呼んではいたが、演技でない素の状態で名前呼びするには、それはそれで気持ちの切り替えが必要だ。


 何しろヒューゴには、つい先日求婚されたばかり。おまけに彼は息を飲むほどの美形だ。そんな相手とそれなりに親しい距離感で接しようとすると、どうしても変に意識してしまう。


(いけない。今は、そんなこと考えるような時じゃないのに)


 沸き上がる気持ちを振り切るように一度頭をふり、それからヒューゴに向かって言う。


「そんなことより、わざわざお金出して買うなんてもったいないじゃないですか。しかも、どれもこれもすっごく高そうです」


 店内にはきらびやかなドレスがいくつも並べられているが、クリスの目は服そのものでなく値札の方に向けられていた。


 いったいどうしてこんなことになったのか。

 そもそもは、ヒューゴの元にこの店主から手紙が届いたのが始まりだった。この店では年に数回、お得意様相手に新作や季節に合わせた商品の知らせを届けるようになっている。


 とはいえヒューゴにしたって、クリス用のドレスは既に買ってあるし、わざわざ足を運ぶ必要はない、なんて思考になるのが基本スタイルだ。いや、だったと言うべきか。

 ほんの少し前の彼なら、こうして再びクリスを連れてやって来ることなどなかっただろう。だが、今は違う。


「今までのドレスは、全て俺が勝手に選んだもの──いや、どれがいいか店主に丸投げしたして選ばせたものだ。だが今回は、ちゃんとお前の希望も聞きたい」


 改めて振り返ったことで、前回のドレス選びに、色々思うところが出てきたようだ。

 確かにあれは、クリスどころかヒューゴの意思すらもほぼないと言ってよかった。





         ◇◆◇◆◇◆◇◆





『店主。彼女に似合うと思うものを、早急に見立ててくれないか?』

『かしこまりました。それでは、まずこちらなどいかがでしょう。フィット&フレアと言って、引き締まったウエストとふわっとしたスカートでメリハリをつけ……』

『よし。ならばこれにしよう』






         ◇◆◇◆◇◆◇◆






 この間、わずか数秒。あの時は非常に急いでいたため仕方のないところもあったのだが、クリスなど話に参加するどころか、まともに見ることすらできずに決まってしまった。


「こういうのは、やはり自分で選びたいものじゃないのか?」

「まあ、どちらかといえばそうですね」


 クリスとて、きらびやかなドレスや装飾に惹かれるものがないわけじゃない。ましてや自分が身につけるのだから、意見を聞いてもらえるならそっちの方がいい。

 何より、これが不器用ながらもヒューゴが自分のためを思ってやってくれているというのはよくわかった。


「なら、お言葉に甘えますね」


 しかし、問題はこれからだ。こういうのに全く興味がないわけではないが、少なくとも知識はない。

 店にはずらりとドレスが並んでいるが、どれがどれだか種類すらわからず、ましてや自分に似合うのがか何なのかなんて、てんでわからない。


 やはりここは、プロの意見を聞くべきか。


「あの、店長さん。どれがいいか、見立ててもらえますか?」

「はい、かしこまりました」


 にこやかに応える店主。だがその表情には、若干の緊張が見られた。

 何しろ前回のドレス選びでは、録に見もせず即決されたのだ。

 そのいい加減とも言える決め方は、専門家としてはなかなかに複雑だったのだろう。

 今回、ヒューゴにお知らせの手紙を送った時も、色々葛藤があったに違いない。


 これでもし、今回もいい加減な選び方なんてしたら、店主はますますショックを受けることになるだろう。この人のためにも、どれがいいかしっかり考えなければ。


 こうして、クリスのドレス選びが始まった。

 しかし……


「お客様は細身でいらっしゃるので、逆にラインは広がりやメリハリのある方がよさそうですね。そうなると、プリンセスかマーメイドになるでしょうか」

「えっと……お任せします」

「スリーブは厚手のものは避けた方がいいかと思いますが、どうでしょう」

「それも、お任せします」

「何か、具体的なご希望はありますか?」

「ぜ、全部、お任せします」


 知識が無さすぎて、何を言っているかさっぱりわからない。とにかくお任せと答えているうちに、店主の顔がだんだんと引きつってくる。前回の悪夢再びだ。これではいけない。


「し、試着ってできますか。聞いただけじゃよくわからないので、一回着てみてから決めたいんですけど」

「そうですね。では、早速色々試してみましょう」


 久しぶりに聞く『お任せ』以外の言葉に、店主も少しホッとする。

 クリスにとっても、あれこれ理屈を並べ説明を聞くよりも、実際に着た自分の姿だけを見て判断した方がよさそうだ。


 だが、それはそれで新たな問題を生むこととなった。

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