開始直前



「と、父さん……これ……」


「そんな……お父さん……嘘でしょ……!」


 正式サービス開始日前日、宅配便で届いたEHOセットを見た子供たちの反応は、こうであった。


 ここだけ切り取ったら、ただ喜んでいるように見えたんだが……現実は違った。



「──買わなくても良かったのに!」

「──お母さん、どうして言ってあげなかったのよ!?」



「お、おい……翔、舞。瑠璃、いったいどういうことなんだ?」


 二人の視線は、何故か俺ではなく瑠璃に向かっている。

 一瞬だけこちらを見たのだが、その視線はまるで、同情を感じさせるものだった。


 子供たちの斜め上な反応に疑問を持った俺がそう訊くと、子供たちはあっさりと教えてくれた……そう、残酷な現実を。



「お父さん、私たちはもう持ってるのよ」


「母さんが買って来てくれたから、てっきり父さんも知っていたのかと……」


「……な、なあ瑠璃。それはいったい、ど、どういうことなんだ?」


 最愛の妻の方を向くと、彼女は――『テヘペロ♪』と言わんばかりの表情をしていた。

 普段なら可愛い! と話はそれで終わりなのだが……うん、さすがに無理だな。


「ごめんなさい。昔当たった宝くじの残りがあったから、子供たちの分はとっくに用意してあったの。私たちの分は、二人いっしょで買おうと思っていたけども……もう要らないみたいですしおすし」


「……そうか」


 最後の部分にツッコミを入れる気力も失せていた……嗚呼、そういえばそうだった。


 説明していなかったが、瑠璃はリアルラックが半端無い。

 宝くじはしょっちゅう高額当選をするし、福引で旅行に行った回数も数え切れない程。


 唯一の問題は、それがゲームでは全く反映されないところというのが本人談・・・だ。

 ゲームのことばかり考えていたからか、そのことをすっかり忘れていた。


「なら、俺たちが使うか」


「はい♪」


 瑠璃の笑顔も見れたし……まあ、好い買い物だったと思うか。


「あっ、でも宝くじはもう一回買っておこうかしら?」


「そ、それは止めておいた方がいいんじゃないかな?」


 当選のし過ぎは、怪しまれるからな。




 拓真にも言われたので、EHOについて調べてみることにした。


 EHO──Every Holiday Online。

 イーデと呼ばれる会社が作り上げた、新世代のゲーム。


 創作上にしか存在しなかったVRの技術を独自に開発すると、それを用いた世界初のVR体験機器──アーションを販売。


 医療用に当初は使われたその機械もイーデ

の試行錯誤により、少々高値ではあるが家庭用へと転換された。


 ──そして、初めて一般家庭にも販売されるのが……このEHOだそうだ。

 EHOは、日々の生活を時間に追われている者たちのために作られたらしい。


 ゲーム内の時間速度を極限まで遅延させ、ゆとりのある時間を持てるようにしているとのことだ。


 その技術が脳に影響があるかどうかで少々揉めたらしいが、最終的に、まったく異常が無いという、神秘的な調査結果が出たとか出ないとか……。


 おっと、話が逸れたな。

 EHOでは、本当にほぼ全てのことが可能らしい──


 剣や魔法のファンタジー世界気分でスライムやドラゴンを屠ったり(デイン系の魔法やOmnislashを放ったりできる)。


 化学が発達した世界で、どこかの妖精王擬きのように脳の実験をしたり(まあ、なんだかマッドな雰囲気がいっぱいだが)。


 今の日本をギリギリまで再現した世界で、のんびり休日を過ごしたり(いろいろな国や団体、この技術に協力しているらしい) 


 と、まさに祝日の気分で自由な行動が取れる……そんなゲームだという。




「──おっ、そろそろキャラ設定が可能になる時間だな」


「父さん、俺と舞は先に行ってるよ。待ち合わせもしてるんだ。早めにやらないと、サーバーが落ちるかもしれないし」


「そういうわけだから、お父さんたちも早く登録した方が良いと思うわ」


 子供たちは、そう言ってどんどん自室へと駆けていく。


「まったく子供だなー。そう思うよな?」


「──アナタ、何をしているの! 早くスキルの設定とかいろいろとしないと!」


 瑠璃ブルータス、お前もか……。




 アーションは、頭をすっぽりと覆うフルヘルメットのような形をしている。

 俺たちはそれを被り、訪れるであろうそのときを待っている。


「アナタ、あと十秒よ」


「うん、分かっているさ」


 そう言って目的の時間まで、時間が過ぎていくのを、アーションを被った状態で待ち望む(正直、傍から見たら恐怖映像だよな。夫婦がフルヘルメットを被って寝転がる姿)。



「「三・二・一──リンク・スタート!!」」



 本当はボタンを押せば点くが、昔見たVR系作品のせいか……ついそう言ってしまう。

 俺たちは、意識をここではないどこかへと飛ばしていった。


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