後悔

M.S.

後悔

「なぁ、お前この後暇だよな?」

 僕の授業後の個人時間を空虚だと決めつけたAは、六時間目の社会の授業中、そう耳打ちするように僕に訊いてきた。

「うん」

 暇人認定される事にいささか悔しさというか、見栄を張りたくなる気持ちが無いでもなかったが、実際の所は何も無いし、こいつに見栄を張っても得が無い。

 家に帰ったら宿題をして、冷凍のグラタンを温めて食し、風呂に入って歯を磨いたらとくに何にもやることが無い。まだ僕達は小学三年生だから部活動も無いし。

「じゃあさ、この後Bも誘って〝ビル〟に行こうぜ」

「あぁ」


 基本的にいつも、僕、A、Bの三人で集まって遊ぶのだが、最近っている遊びがある。

 それは〝秘密基地探し〟

 秘密基地、というのは何も幼少期の子供達が、核社会の営まれる場所以外に私的空間を持ちたくて始める遊び。

 という側面もあるが。

 僕達三人にとっての〝秘密基地〟というのは決してその意味だけを持つ訳ではない。


 僕の家も、Aの家も、Bの家も、色々問題を抱えている。

 僕は帰っても両親が居ないし、いつ帰ってくるか分からない。仕事に行っているのは分かるが、基本、僕が起きている時間帯には居ない。最後に話したのはもう数年前で、「酒を買ってこい」と言われて諭吉を握らされて近所のスーパーに向かったは良いが、店員に年齢を理由に購入を妨げられて、家に帰って訳を話したら叩かれた事だけは覚えている。

 Aは僕と同じボロい賃貸マンションの数階下に住んでいて、片親。父と一緒に暮らしている。よく顔に痣を作っており、その度に僕の家に避難して来るのだが、この前、両目の周りに左右対称に痣をこしらえて姿を見せに来た時は不細工なパンダに見えて不謹慎ながら笑ってしまった。

 Bの両親は中々真っ当な仕事をしているらしいがそれゆえに教育熱心らしく、いつも勉強の事についてBに辛く当たるらしい。この前、勉強の息抜きにコンビニで買ったジャンプを読んでいたら部屋に入って来た母親に見つかり、ジャンプをびりびりに引き裂かれ、「次、同じ事をしたら、今度はお前がこうなる」と言われてしまったらしい。ジャンプの登場人物でもそんな酷い事言わないぞ。ちなみにそんなBの父親の口癖は「MARCH以下は人にあらず」らしい。

 そんな核社会ですら上手くやれない僕達が〝学校〟という、核社会より何倍も大きい社会で上手くやっていける訳も無くて、いつも三人、教室の隅でBが持ってきてくれるゲームボーイアドバンスに勤しんでいる。

 Bは、僕とAとは違って高級分譲マンションに住んでいて、家はお金持ちらしい。だから自然、娯楽というのはBが親の財布からってきたお金で賄う。

 Bは偶に思い付いたように「次のテストで百点取ったら、十万持ってくるわ」とか言い出して、本当にそれをするから笑える。彼には彼なりの思想があるらしくて、「親は、子供が良い点数を取ったら泣いて喜ぶか、首を吊るべき」とかいう意味不明な思想の下、そういう反社会的行動を起こすらしい。きっとこれは、反抗期とかそういう話ではなさそうだが、そういう歪んだ思想を持つ原因が親にあって、だからささやかな反抗として親の金を盗むのであれば、僕はそれを支持するのでとやかく言わない。買ってくれたゲームボーイアドバンスは楽しいしね。

 まぁ、勿論、教室でそんな事をしていればそれを先生に言い付けるやからが居るんだけど、そしたら今度はAの出番。始めに僕達の悪事を先生に言い付けた女の子はAにぼこぼこにされて何処か遠くの街に引っ越していった。流石に女の子に手を上げるのはどうかとも少し思ったけれど、僕達の学校にける安穏と、それを脅かす分子を天秤に掛けたら、黙ってその一部始終を見ている方が良いと結論付けた。

 Aは小学三年生にしては一七二センチという体格もあって、女の子であっても殴り倒すという道徳の欠片も垣間見せない残虐さを周りに見せ付ける出来事があってからは、僕達の事を先生に言い付ける輩は居なくなった。


 〝学校〟という、ある程度生徒の立場が庇護される社会であっても、そのようにする事でしか居場所を獲得出来ない僕達である。

 自然、授業後に真っ直ぐに家に帰らず、街をふらふらとするのは至極当然の流れで、その過程で〝秘密基地〟を作ろうと言い出すのも必然だった。

 〝秘密基地〟は、時に誰にも使われていない空きの教室だったり。時に廃工場の食堂だったり。時に大きい川を跨ぐ橋の下だったり。

 そして今回は学校近くの廃墟ビルに白羽の矢が立ったという訳だ。


 授業の終了のチャイムが鳴り始める前から机の中の教科書をランドセルに詰め込み、チャイムが鳴るのと同時に僕とAは教室を出た。

 Bは隣のクラスなので合流するため、隣の教室の廊下に向かう。

 そっちのクラスは少し授業の切りが悪いみたいで、まだ教壇に先生が立って何やら話していた。

 Bはすっかり机に突っ伏して爆睡し、床にまで流涎りゅうぜんしている。汚ねぇ。

 きっと家で深夜まで勉強を強制させられているから、学校で睡眠時間を取り返すという算段なのだろう。

「おい! B!」

 そんなBに向かってAは廊下から大声を上げて呼び掛けた。何回かそう呼んだ所で、Bが体を起こす。

 体に隠されていた机には教科書もノートも乗っていない。奴はそもそも学校には水筒、おにぎり、ゲームボーイアドバンスしか持って来ていない。でも成績は優秀だから、それに文句を言う先生は居ないと言う訳だが、あいつの家庭事情を鑑みると一概に羨ましい、とは言えないな。

 まだ授業が延長している中、Bはがさごそとランドセルに先程の三点セットを入れて、静かな教室を横切って廊下に出て来た。

 その間、生徒はおろか先生もこちらに向かない。容認されているのか諦観されているのかは判断が難しい所だが、そっちの方が都合は良い事は確かだ。

「おはよう」

 Bは廊下に出て、そう挨拶した。

「もう、四時だぜ」

「ばーか。俺は家に帰ってからが〝学校〟なんだよ。〝こっち〟には、寝に来てるだけ」

 そう言うと、Bは、にかっ、と笑った。

「もうそんな〝学校〟は退学しろよ」

「はは、違いねぇや」

 僕とAも連られて笑った。


「んで、今日はどうする?」

 Bは、僕とAに訊いた。

 それに、Aは事前に用意していた答えを言う。

「ほら、すぐそこにビルの廃墟があるだろ? 今度は、そこを俺達の〝秘密基地〟にしようと思ってさ」

「ほぉ、成る程ね」

 学校の正門を出て、大きい通りに出る。そこを左に曲がれば歩道橋が見えるのだが、その歩道橋の階段の上り口あたりに、その廃墟ビルの入り口はあった。

 その入り口の半開きになったシャッター部分には白いテープが幾重に張り巡らされて「侵入禁止」を表明しているが、物理的な侵入を阻む程でもない。

ただ、通りに面している所為せいで人通りが多いから、入るタイミングを見計らわないとな。裏口は無いのか?」

「それが、無いみたいでさ」

「......まぁ、気を付けて入れば、良いか」

 元々、この物件は僕達が目を付けて居たのだが、お楽しみは最後に取っておこうと、後回しにしていたのだ。学校にもアクセスが良かったので、なんだったら此処ここに私物を持ち込んで寝泊まりして、次の日そのまま学校に行っても良いとも考えていた。

 それだけ僕達的に良物件だった。


「失礼しまーす」

 そう断って僕達三人は廃墟に侵入する。

 中は暗かったので、僕は事前に用意しておいた手回し発電出来るタイプの懐中電灯を点けた。

 すると、まぁ大方予想通りの内装。

 罅割ひびわれた硝子がらすの破片。

 書類か何か、大量の紙切れ。

 口を馬鹿みたいに開けたロッカーの数々。

 横倒しになっているキャビネット。

 元々、何かの会社だったのだろうか?

 一階は受付らしく、総合受付とちょっとしたエントランスという感じでちゃちな椅子とテーブルが置いてあるだけだった。

「こっちに階段があるぜ」

 Aがそう言い、僕の懐中電灯を寄越すように言った。

 それに従って僕を先頭にA、Bが付いてくる。

 二階はそのフロア全体が食堂らしく、奥の方に調理スペースが見えて対面式みたくなっており、その手前に馬鹿でかいテーブルが設置されていた。

「おお、こいつは良い」

 Bは声を上げて窓際に寄り、襤褸襤褸ぼろぼろに黒ずんだカーテンを開けると、明かりが入ってきた。

 テーブルに沿って椅子が幾つも設置されていたので僕達はその中から三つ椅子を引っ張ってきて、窓際に並べた。

 そして、向こうに見えるビル群から覗く夕陽をのぞむ。

 それに照らされた、通りを征く往来の人々のやつれた顔が矮小わいしょうな所為で、余計に夕陽はその輝きを相対的に美しくする。

「いいねぇ〜」

「此処、最高じゃん」

 僕達はしばらく水筒を片手に中小企業の疲れ切った歯車を見下して悦に浸り、神様気分を味わった。この窓からだと、丁度歩道橋を渡る人の顔が眼前に見えるので、そいつらの顔の一つ一つを観察していくと、これが中々面白い。

「今の奴、めっちゃ疲れてるやん」

「人生、嫌になったんじゃね?」

「おお? 大丈夫か? 階段でコケて死ぬなよ〜」

 暫くそうして、歯車の品評会を終えて帰宅ラッシュの時間が過ぎ、往来の人が減ってくると、僕達は再始動し三階より上の探索に入る。


 三、四階は仕事場がメインだそうで、何処の部屋も似たようなものだった。よくある事務所の様相を呈した部屋が沢山並んでいた。

 どうやら事務系の仕事の会社みたいだ。

 Bはデスクの一つに置いてあった固定電話の受話器を手に取り反応を試すが、電気が通っているはずも無い。

「んー。もし電話が使えたら、親に身代金でも要求したのにな」

「自分の家に身代金要求してどーすんだよ」

「いやー、貧乏になったら俺ん家の親も、家に帰って来なくなるんじゃねーかなって、お前の家の親みたいにさ。貧乏暇無しって言うだろ?」

 僕はそれに、大声を上げて笑う。

「じゃあ、お前、今度、親の通帳ごと持ってこいよ。んで、このビル立て直して俺達の家にしよーぜ」

 今度はBが大笑い。

「ありだな」


「おっ」

 今度はAが何かを見つけたらしい。

「何かあったか?」

「......此処ここ、トレーニング室みてーだ」

 その部屋を覗くと、どうやらそこは男性社員用の休憩室らしく、ロッカーや大きいテーブルと柔らかいソファー。その傍らにダンベルやトレーニング用のベンチ、サンドバッグなどがあった。

「こいつは良いや!」

 そう意気込むとAは腕をまくってサンドバッグに寄り、サンドバッグとスパーリングを始めた。

「おらおらぁ!」

「おーっとサンドバッグ選手!口から臓物を飛び散らし命乞いをしております! ......御屋御屋おやおや! 遂にサンドバッグ選手、胸骨と第一肋骨から第十二肋骨がバキバキになってしまったぁ〜!」

 無駄にむごたらしくつまびらかなBの解説実況に合わせてAはさらに興奮したか、目にも止まらぬ拳撃の後フィニッシュブローを決めると、サンドバッグを台座ごと倒して現代社会に巣食う物質主義に対して拳を高らかに掲げ、勝利宣言を行った。

「俺以外、全員死ねぇ〜!」

「俺等二人は、残してくれよな」

「俺達三人以外、全員死ねぇ〜!」


「待てよ、〝男性用休憩室〟があるって事はよぉ......」

 Aは鼻息荒くしたまま、気付きを口にした。Aの中で分泌された男性的物質の亢進が、Aをその気付きに導いたのだろうか?

「ふん、A、珍しく頭を使ったな。......どうやら考える事は皆んな一緒らしい」

 それを受け、Bが応える。

 僕は正直そこまで頭は回していなかったが、それを言うと次の日から僕の渾名あだなが〝隠匿的助平むっつりすけべ〟になってしまう気もして、僕達三人は足並み揃えて隣にあった休憩室に向かった。

 すぐ隣の部屋の扉を開けると、同じようなレイアウトの内装が覗いた。男性用の休憩室にあったトレーニング器具を除けば、どうやら後は変わりが無さそうだった。

 僕を押し退けて、Aが敷居を跨いだ。

「うん......、かぐわしい匂いが俺達を包むな」

「ああ......、〝唯の湿っぽい埃〟の馨しい匂いだけどな」

 何を想像していたのかBは肩を落としたが、Aは部屋を物色し始めた。そのAも暫くは意気揚々としていたが、遂には何も見つからず、「俺達の夜明けは此処じゃない」とか言い出して、先程の高揚を嘘のように意気消沈し、部屋を後にした。


 四階までの探索を終えて、残すは五階のみとなった。階段の踊り場にあったフロアマップを見てみると、五階はどうやら社長室らしい。三、四階の部屋は区切られて何個も分かれていたが、五階はそのだだっ広い社長室一つだけで、確かに社長室には相応しいレイアウトかもしれない。

「なんか居たりして」

「挨拶を考えておかないとな」

 〝社長室〟と書かれた白いプレートが貼り付けられた扉を開けると、広い空間を挟んで向こうに、それっぽいテーブル、豪奢な背凭れせもたれ椅子、腰までの程度の高さの、書類とかファイルを立て掛けてある棚。

 それだけだと良かったのだが、その豪奢な社長椅子の上になんか居た。

 そいつは脚を組んで前の卓に投げ出し、片手は頭の後ろにやって、もう片手で煙草を吹かしていた。

 死んだこの建物が墓標だとして、此処の墓守でもやってるみたいな貫禄がある。

 要は唯のホームレスだけど。

「げっ」

 僕はAとそう声を出してしまい、墓守に感付かれてしまった。

「ああ?」

 墓守はこっちに目を向ける。

 するとすかさずBが前に躍り出て。

「すみませ〜ん。家賃の集金に参りました〜」

 そうほざいた。

 おいおい。〝考えた挨拶〟ってそれかよ。全教科百点の割にしょっぱい手だな。

「......此処は元々、この会社をやってた奴が持ってた土地でな......、この土地の主がどっか行ってほったらかされてるだけだ。登記簿もある。所有者はこの土地と建物を捨てた奴であって不動産屋じゃない。家賃が発生するいわれは無いな」

 墓守がそう言い放つと、Bは僕の方に向いた。

「すまん、負けた。後頼む」

 弱ぇ。

 埒が明きそうもないので今度は僕が応対する事にした。

「あの、すみません。僕達此処に住みたいんですけど」

「はぁ? 駄目だ。〝早い者勝ち〟って知ってるか? 小一から学校で習ってるだろ。ボールにしてもそう。遊び場にしてもそう。公園の遊具にしてもそう。〝早い者勝ち〟なんだよ」

「でも、貴方あなた、見た所唯のホームレスですよね? どうせもう後が無いんだから、前途ある若者に此処を譲って下さいよ」

巫山戯ふざけてんのか?」

「巫山戯てんのは今までの貴方の人生なんじゃないですか? さっさとあの高速の下に移住でもして下さいよ」

 僕はそう言って、墓守の座る椅子の後ろから見える都心環状の高速を指差す。

「......お前等、死にたいか?」

 そういうと。

 墓守が懐からサバイバルナイフを取り出して、僕達に向けた。

「こちとらもう失うもんなんか無いからな。お前等の命と引き換えに刑務所で、三食寝床付きの第二の人生歩んだって良いんだ」

 それを聞いた僕達は。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」

「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」

「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 たがが外れたように、けたけた笑わされてしまった。

「何が可笑しい」

 墓守が大声を出すが、それはもう蛇に睨まれた蛙の最後の悪足掻きにしか、僕達の目には映らない。

「じゃーん」

 Aがおもむろに、自分のシャツを捲り上げた。

 そこにあるのは、Aの体をキャンバスに見立てた前衛的な画家が描いた意味不明な絵画の如く、古傷の瘢痕が巡らされている。父親にやられた痕だ。

「そんなポークビッツみてぇなナイフじゃもう、感じねぇのよ」

 ナイフを前にしても、Aには死んだ疼痛閾値の侵害受容器と、僕とBには鬱屈した精神があるお陰でそんなものは脅威にはなり得なかった。

 ゲームボーイアドバンスを取り上げる、と言われた方がまだ絶望を感じる。

「おいおい......、ったく......、とんでもねぇな、最近の若者は」

 墓守は観念したように床にナイフを放り、どかっ、と椅子に座り込んだ。


────────────────


 その後、傍から見れば聞くに堪えなかったであろう口喧嘩を僕達三人と墓守の間で繰り広げ、遂に居住スペースを分ける事でお互い納得し、和解した。

 僕達三人は二階と五階を使い、墓守は三階と四階を使う事になって、奇妙な同居生活をその廃墟で行う事にした。


────────────────


「おい」

 そんなある日の夕方、僕達三人が二階の食堂でポケモンに興じていると、食堂の入り口から墓守が声を掛けてきた。

「ん? どうした? 墓守」

「墓守は止めろ。......ちょっと一緒に出掛けねぇか?」

「行く場所なんて何処どこにもねーだろ」

「そういう観念的な話じゃねーよ。近くの公園で炊き出しがある。一緒にもらってこようや」

 確かに、此処で本格的に日常生活を行うに連れて、〝食糧〟という懸念に当たった。

 当面はBがパクってきた親のクレジットカードでなんとかなりそうだったが、一応良心の呵責が全く無いと言えば嘘になるので、クレジットカードで使う金を二十万から十九万にこの前減らした所だった。

 食費の幾らかを減らして、その分を炊き出しで賄うのは悪くない考えに思えた。

 僕達は不承不承、墓守に付いて行く事にした。


 その公園は廃墟から一キロ程の距離にあって毎週末、生活困窮者に対して救済を行っているらしい。

 結構並んでおり、炊き出しの前に汚い長蛇の列が並んでいた。

「お、やってるねぇ」

 墓守は、知り合いが居たのか列の中の何人かに手を上げて挨拶しながら、最後尾に回る。

 僕達はその後ろを付いて行く。

「この公園を拠点にしても良かったんだけどよぉ。やっぱ炊き出しを此処でやる所為で、隣人が多すぎてなぁ。......住処をあそこに移したのよ」

 墓守は感慨深そうにそう言い始めた。

「誰もそんな事聞いてねーよ」

 Aが手厳しく返す。Aは中々墓守に対する当たりが強い。

「てか、毎週毎週こんな事してて、恥ずかしくねーの?」

 Bも強かった。

「いーだろうが、別に。お前等だって頭の方が困窮してんだから、おんなじようなもんだろうが」

「なんだと!」

「墓守、空き缶百キロ回収の刑!」

 そうして喧嘩が起こって、Aにボコられた墓守が「参った、参った」と言う頃には陽が沈みかけていた。


 次に墓守は、ドンキに行くと言い出した。

「あのなぁ、そんな金、何処にあるんだよ」

「おい、俺のクレカをてにする気か?」

 AとBはもう、さっさと帰りたいと文句を言ったが。

「まぁまぁ、金が無かろうと、両手がある。......後は、解るな?」

 それを聞いてAとBは、ポン、と手を打ち得心が行ったと言う風で納得した。

「いいね」

「偶には良いこと言うなぁ」

 そうと決まればと僕達四人は小走りでドンキに向かった。


 ドンキに着いたら四人それぞれに黄色い籠を持ち、皆、各々好きな物をそこにぶち込んでいった。

 僕達は主にお菓子、ジュース、菓子パン。

 墓守はお酒と、そのつまみばかりを籠に入れていった。

「よし、粗方あらかた良いか? そしたら二階の駐車場に出て、表の階段から一階に出てそのまま帰るぞ」

「墓守、やるじゃん」

「その高等テクニックを知っているとはね」

 その後、僕達は堂々とドンキをエスケープした後、万引きを成し遂げて廃墟までの帰り路、遠足の帰りとでも言うようにスキップして帰路に就いた。

 週末はそれがルーティンになった。


────────────────


「......でよ、俺、末期の癌みてぇなんだわ」

 共同生活が始まって数ヶ月、いつも通り、廃墟二階の食堂で戦利品を貪っていると、墓守が脈絡無く、唐突に言い出した。本当に唐突だったから、Aは菓子パンを喉に詰まらせて、Bはメロンソーダを噴き出した。

「もうちょっと面白い冗談は無かったのかよ」

「いや、冗談じゃねぇ。こう見えて、もう全身の臓器に癌が浸潤して激痛なんだ」

「なんで、自分でそんな事分かるんだよ」

「家系自体が癌の家系でな。何十年も前に手術もやってる。体調の具合で分かるのよ」

 そういうと墓守は着ていた汚いジャージを捲って腹の手術痕を見せた。

「んで、もう生きててもしょうがないから、寿命に従おうって訳?」

「そう言う事だ」

 Bが簡潔に纏めると、墓守は汚い顔を更にくしゃくしゃにして笑った。

「んな事、いきなり言われたってよぉ」

 僕達は何を言おうか迷って黙った。別に今更慰めようとも思わないし、ともすれば社会不適合者の良くある末路とも思えた。

 唯まぁ、少ない時間だったが寝食を共にした運命共同体的な感情は少なからず抱えていて、一応、墓守の話を聞いてはやるかという、神妙な気持ちにはなった。

「んで、最後にちょっと、お願いがあるのよ」

 僕達が黙っていると、墓守はそう言った。

 そのお願いというのは、ある酒を持ってきて欲しいとの事だった。

「命をだしに使ってるみたいで、自分で卑怯な気もするが、頼めるか?」

 僕達三人は顔を見合わせて笑う。

自惚うぬぼれてんじゃねーよ。お前の命に、だしにする程の価値はねー。でも、暇だから酒は持って来てやる」


 学校のコンピューター室でその酒の名前を検索すると、超高級の純米大吟醸酒だと言うことが分かった。

「こんな事だろうと思ったぜ」

「全く、墓守のやろう、死ぬ間際まで酒かよ」

「これ、その辺のスーパーに売ってる感じじゃないよなぁ」

「でも、個人でやってるような酒屋なら、置いてるかもな」

「それだ」

 僕達は近くの酒屋の個人店を調べ、住所を纏めた。


 計画の実行は昼の内にした。

 深夜に酒屋入り口を金属バットで叩き割って侵入という選択肢もあったが、大きな音が立つし、損壊の跡が残る為、スマートじゃないと考えた。

 結局、昨今の個人酒屋なんてボケかけた老人しかやっていないだろうという希望的観測の下、店員の目を掻い潜って静かにスニーキング万引きを行うのが最良という結論に至った。

 役割としては、まず僕が親のお使いを頼まれた哀れなガキを演じて店主に話し掛ける。すると、店主は大体「子供だけじゃ買えない」という旨の事をのたまうので、僕がごねる。そうしている隙にBが店内を物色してブツを探す。何かイレギュラーな問題が発生したらAに現場の人間をぼこぼこにしてもらい気絶させ、その隙にエスケープするという段取りだった。


 して、十件程そのように回ってブツは見つかった。


「お〜い。墓守〜。まだ生きてるか〜?」

 墓守は今、社長室の椅子に、初め会った時と同じようにして煙草を吹かしている。

「おう、あったか?」

「ほらよ」

 僕達は例の酒を墓守が脚を乗せている卓に、どん、と置いた。

「おぉ、これ、これ」

 すると墓守は、その場で栓を開けて酒を一気にあおり出した。

「おいおい、死因が癌から急性アルコール中毒に変わっちまうよ」

「はん、どっちにしろ死ぬには変わりねぇ」


 どうやらガチで死ぬらしいので、僕達三人は二階の食堂からそれぞれ椅子を持って来て、墓守が佇む社長椅子とその卓の周りを囲んで、辞世の句を聞く事にした。

「お前等、学校に戻りな」

「何で?」

「まだ、やり直せるだろ」

「めんどくさいよ」

「後から後悔しても遅いぞ」

「それ、先生皆んな言うよね。カリキュラムに含まれてるのかってくらい」

「カリキュラムには含まれていないが、それが真理だからだよ」

「......ふーん。どう言う事?」

「人間には〝していい後悔〟と〝してはいけない後悔〟がある。大概人生に於ける後悔のほとんどは前者で、後者は一つだけだ。一つだけだが、その後悔をした人間は、絶対ゴミのような末路を辿る」

「その、〝してはいけない後悔〟ってのは何だよ」

「〝生まれなければ良かった〟という後悔だ」

「それなら、俺達三人もう、とっくにしてるよ」

「......はは、遅かったか」

 そこで墓守は煙草に口を付け、酒の最後の一口を呷った。

「じゃあ、その後悔を覆す何かを見つけるべきだが、小三でそうなってりゃ、もう無理だろうな。......お前等、自分の人生の落とし前を、誰に付けさすか考えとけよ」


────────────────


 あの日に墓守が死んでから二十年経った。

 あれからAは父親を殺して刑務所に入り、暫くして出てきた。その後、昔殴ってしまった女の子を探し出し謝罪に行ったが、過去に殴られた事でPTSDになって苦しみ続けている女の子を目の当たりにし、自責の念に耐えかねてその場で自殺した。ちなみに女の子のPTSDはそれで更に悪化したらしい。

 Bは東京の大企業に就職したけど、部下をパワハラしまくり、その延長で部下を殺してしまったとか。テレビの向こうで「部下の頭が悪いから」と供述しているのを、この前見た。


 そして僕は廃墟に戻り、五階の社長室に座っていた。

 ふと下を向くと、シケモクが幾つか落ちていた。そいつを口にして、僕はその先に火を点ける。

「さて、これは誰の所為にすれば良いんだ?」


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後悔 M.S. @MS018492

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