第19話 白虎隊の決断
「ひー君おつかれさま~! でもあんなに攻撃受けたの、初めてなんじゃない?」
にやにやとしながら、エマが柊に駆け寄っていった。
隊長なのに、私はまた取り残された気がした。服の裾を握る。
「うるさい」
場外に運ばれていく小桜君を見ながら、柊はそれだけ言った。
柊が小桜君に勝った。それは下馬評通りと言えばそうだったが、そうなるだろうと試合中に確信していた人はいないだろう。はたから見ても、小桜君は異様な速さで柊に追いついていっていた。
これが「最弱から始まる成長率の高い主人公」。
その圧倒的な能力に、誰もが目を見張った。
しかし、成長したその小桜君でさえ打ち据えたのだ。あの柊が。たった一人で。
自分の隊員が誇るべき一勝を取ったことを、心の底から喜べない自分に嫌気がさす。
柊は一人でも充分強い。エマといればもっと強い。
そこに私がいなくても、それは変わらない。
気付けば2人のことが見れなくて、私は足元に視線をやっていた。目の前が滲み、雫がこぼれそうになる。そんな雫にも反吐が出る。
やめろ出てくるな。
脳裏に先ほどの柊のとどめの一発が浮かぶ。見事だった。それなのに、その光景を思い起こしたくなかった。しかし、強烈なその一瞬は頭を離れない。
やめてくれ、もうお願いだから―――
「隊長」
肩がはねた。目の前に、柊が立っていた。何か言わねばと口を開こうとするが、それより先に雫が頬を伝って落ちてしまった。彼が少し驚いた顔を見せる。
「何で泣いてるんだ」
「ごめ、これは、ちがくて……」
ごしごしと両目をこするが、それは溢れて止まらなかった。柊はそんな私を前にしばし黙っていたが、
「隊長」
と再び私を呼んだ。
必死に目元を拭い、彼を見る。
彼は、勝利の喜びを表すというより何かふっ切れたような顔をしていた。
「俺は、隊長に謝らないといけない。今まで、隊長に支えられていたことに気が付かなかった。それどころか、俺は隊長に難しいことは押し付けて、利用してたんだ」
そう言って彼は頭を下げた。
「本当にごめん」
見たことのない彼の心からの謝罪に慌てる。
「な、そんなことないよ。謝らないで」
「そんなことある。さっき勝ったのも隊長のおかげだ」
「え?」
「最後の一発も、その前の攻撃も、隊長が前に教えてくれた作戦案だ。無意識のうちに、俺にしみこんでたんだ。だから勝てた」
「私の作戦案? 柊が自分で考えて動いてたんじゃなくて?」
「違う。あれは隊長のだ。俺の強さは、エマといるおかげな部分もあるけど、それと同じくらい、隊長のおかげもあるんだ。だから、ありがとう。いつも支えてくれて、俺を強くしてくれて」
また彼は頭を下げた。彼にこんなにも丁寧に感謝されたことも初めてだ。私は唖然としてしまった。
「だから隊長、俺も隊長の力になりたい。隊長は俺に、どうしてほしい?」
真剣な目つきで、そう問われる。
私はぐしゃぐしゃになった脳内をいったん空にし、そこに浮かんだものを口にした。
「もっと自分を大事にしてほしい」
「うん」
柊は素直に頷く。
「無理しないでほしい」
「うん」
「白虎隊のこと、エマのこと、私のこと、そして自分のこと、大事なことを自分でも考えて一緒に決めてほしい」
「うん」
そこで一度言葉を区切り、決心して言う。
「それに、私のこと、もっと頼ってほしい!」
柊は黙ったまま、また一つ頷く。
「わかった、そうする。隊長」
また目頭が熱くなってくる。
そこに、傍で黙って聞いていたエマが割り込んできた。
「僕も、今まで勝手なことしてごめんね、隊長。今隊長が言ったこと、僕もするからね」
それでもう涙腺が決壊した。わんわん泣く私の背中をエマが優しく撫でる。
柊がそれを見ながら言う。
「帰ろう、隊長。俺たちのキャンプ地に」
「うん……!」
その日から数日後、私たちは互いの意見を聞き合い、話し合った上で、青龍隊のキャンプ地に向かった。お申し出の返事を伝えるために。
あとがき
次回でいよいよ終わりです。人の心の動きを書くのは難しいなあ、と痛感しております。締め切りまでにどんどん加筆修正していきます。
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