中庸

@Lothar

第1話


 昔々のあるところ、具体的に言えば二千年以上前のギリシア。そこにいたとってもとっても賢いアリストテレスさんはこう言ったそう。


「人生は中庸が一番」


 まぁ実際にはこんな雑な一言じゃなくて、長々と高説を垂れたうえで、「中庸」こそが人生の一番いい感じのやつだよーみたいなことを言っていた。

 テストに出るわけじゃないから、そんなに細かいことは覚えてないけど、「中庸」とは「それなりとか、いい感じに」みたいな感じの意味だったと思う。つまり「可もなく不可もなく、極端に悪いこともいいこともない」ってことでいいと思う。


 つまりアリストテレスさんは「お金をほどほどに持っていて、仕事をほどほどに頑張って、ほどほどに愛される生き方が一番いいでしょ。ありすぎるのもなさすぎるのもだめだよ。人間の心にはこれが一番ちょうどいいんだ」と言いたいわけだ。


 社会の教科書に載っていた彼のそんな言葉を、多くの生徒たちは「へ―そうなんだー」と思いながら聞き流していただろう。横の男子は寝ているし、アリストテレスさんの名前すら憶えていないと思う。

 ただ、真面目に授業を受けていた私はその話を真剣に受け取り、そして疑問を抱えた。


 ――それマジ?そんなはずなくない?


 アリストテレスさんの来歴を淡々と、子守歌のように解説する教師の声を聞き流しながら、私は二千年前の大偉人に対して批判的思考を繰り広げていた。

 だってそうだろう。足りないことが善いことではないことはもちろんそうだろうけれど、ありすぎて困ることはない。

 一日二ドルで生活している貧困に喘ぐ子供たちがいい感じじゃないことはすぐにわかるけど、時給一千万円の大社長が「僕は不幸せです」なんていう姿は想像できない。

 あって困ることはないのだから、ほどほどが一番なわけがない。ありすぎてほかの人にいきわたらなくても、本人は困らないし、きっと幸せだろう。

 もし、足りない人間を見てかわいそうと思うのなら、分け与えればいいだろう。持つものは優越感を抱き、持たざる者は現物を得る。ウィンウィンだ。


 そう考えると、「中庸」が一番なわけがないのだ。自分にとって悪いものはない方がいいし、善いものはあればあるほどいい。これが明確な答えであるはずなのに、アリストテレスさんカッコつけて「それなりでいいんだよ」とのたまう。それがあまりにもかっこよすぎたから教科書に載って後世に伝えられているのだろう。

 きっとアリストテレスさんが今の教科書を読んだら、恥ずかしさで破り捨てるに違いない。


「オイ、溝口。お前さっきから寝てるだろ?『中庸』に対してどう思うか言ってみろ」


 私の横で夢うつつの男子に気づいた教師は、叱責の声を上げて彼を夢から連れ戻す。

 名指しで起こされた溝口君は「はいっ!起きてますが?!」と勢いよく立ち上がった。……が、何を答えればいいのかわからずにオロオロしている。

 そんな彼の姿に対して、クラスメイトから失笑が上がる。さっきまで寝てたやつまで起きて笑っている。

 お前らたまたま当てられなかっただけなんだけどな。笑える身分じゃないだろ。


「……はー。授業中に寝てるからこんなことになるんだぞ。山田、答えられるか?」


 ため息をつきながら隣にいる私を名指しするクソ教師。

 ――溝口君、さっきまでちょっとかわいそうと思ってたけど前言撤回。何寝てんだよお前。

 と、毒づいても仕方がないのでペンを置いて起立。その拍子にずれた眼鏡を中指で戻す。


「とても素晴らしい考えだと思います。極端に悪いことだけでなく、良いことよりもほどほどがいいという考えは現代人にも有効だと思いました」

「うむ、そうだな。彼の考えは現代でも通ずるものがある。山田、座っていいぞ。溝口はしばらくそのまま立っておけ」


 そう言われ私は席に着く。もちろん今のは私の本心ではないけど、たぶん先生の欲しがっていた答えである。

 それならばこの場での正解はそれであるから、そう答えるべきだろう。それにしても溝口君、あとで小言の一つでも言わせてね。

 ――いや、めんどくさいし別にいいや。君みたいなバカ丸出しの人間とはあまり関わりたくないし。

 真面目に勉強する私に対して時々見下したような態度とるから気に入らないのよね、あなたのこと。

 大体、中学三年の秋なのに勉強することをカッコ悪いとでも思っているような態度の彼の方が少数派なのである。クラスの半数以上が塾に行く中で、放課後に部活もせずに遊び惚けている彼には、ただただ嫌悪を感じる。


 けど、それと同時に羨ましいと思っている自分もいる。勉強しなくても何とかなると、そう思えているのだ。そうやって楽観視出来ることが、素直に羨ましい。

 だからこそ、彼のことはどうしても好きになれない。

 淡々と授業は進んでいく。私は真面目に筆を走らせた。




「――それじゃ、帰りのホームルームを終わります。日直、号令」


 十六時半のチャイムが鳴ったのと同時に、担任の先生はそう告げる。

 まだ夏の気配の残る十月。太陽が茜色の夕日に変わるにはまだ早く、帰り道で汗をかくことを予想させる熱量を放っている。


「起立、礼」


 号令とともに教室の総員が礼。と同時に多くの生徒が机横のカバンを手に取り、帰り支度を始める。

 三十分はかかるまだ暑い帰り道に面倒くささを覚え、冷房の効いた教室から出ることを億劫に思いながらも、私も帰り支度を始める。

 といっても筆箱と教科書、ノートをカバンに詰めるだけなのだから、数十秒もかからない。

 ――まぁ溝口君はカバンに何も入れずに友達と速攻で教室を出たけれど。


「ねぇ、ほのか。帰りにアイスクリーム買って帰らない?」


 支度を終えたところで、私の数少ない友人である綾香が声をかけてきた。

 綾香のことだから、肩にかけたその薄っぺらいカバンには筆箱すら入れていないのだろう。まぁ彼女も溝口君と一緒で楽観的だからね。


「この前それバレて怒られたじゃん。懲りてないの?」

「そうだけどさ、外見てよ。こんなに暑いのにアイス食べないとかありえんくない?」

「そういいたい気持ちはわかるけどね」


 バカだなこいつ、と内心彼女をなじる。

 綾香とはいわゆる幼馴染であり、もう十年近い付き合いである。私がこちらに転校してきた小学一年生の頃からの友人だ。夏までは帰宅部の私とバレー部の彼女が一緒に帰るのはテスト期間中だけだったけど、彼女が最後の大会を終え、退部してからは毎日一緒に帰っている。

 家も近いし、一緒に帰ることに特に違和感はない。けれども、それまで綾香が一緒に帰っていた部活の友人たちを差し置いて、彼女は私に「帰ろう」と声をかけてくれる。

 それは素直に嬉しいし、優越感もあるけど、綾香の友人からヘイトを買っていないか心配である。バレー部ってなんか陰湿なイメージあるのよね。


「ねー、行こうよー。頼む!この通り!じゃないとあやは溶けて死んじまう!」


 手を合わせて懇願する綾香を無視して教室を出る。それでも「お願いだよー!」と言いながらついてくる彼女に少し呆れを感じながらも、


「もう、わかったよ。ただ私もバレたくないから家の近くのコンビニでね」

「おっ!ありが……って、そこまで行くのに二十分はかかるよね?それじゃあダメなんだってー」


 ――ほんっと学習しないな、この女。


 快晴の熱波と綾香の反芻される懇願に耐えながら二十分。一人で帰るよりも間違いなく多くの汗をかきながらも、何とか家付近のコンビニまで綾香を我慢させることに成功した。

 コンビニで適当な氷菓を購入し、近くの公園のベンチに二人で座る。


「あぁ、生き返るわ。これのために生きてるってカンジ」


 艶めかしい声を挙げながらアイスをほおばる綾香。勢いよく食らいつく彼女を見ていると、数秒後に頭痛に苦しむ姿が容易に想像できる。

 あえて忠告はせずに、私もアイスをほおばる。


「なーほのか。結局高校どうすんのー?」


 アイスをむさぼりながら、綾香が興味なさそうに問いかける。


「中央に行くつもりだよ。綾香は第一?」


 ちなみに、中央はこの辺で一番いい私立高校、第一はこの辺で一番偏差値の低い高校の通称である。


「まー第一くらいしか行けると来ないし。でもやっぱ高校は離れ離れかー、ちょっと寂しいな」

「……別にそんなことないでしょ。バレー部の友達も何人か第一行くんでしょ?」

「そういってるけどさー……って、そうじゃないのよ。ほら、ほのかとか小さいころから親友だし、なんかいるのが当たり前って感じでさー。それがいなくなるって想像するとなんかね……んおっ、頭痛い……」

「一気にがっつくからだよ。まぁ学校別になっても会えないわけじゃないし……別によくない?」

「なんだよほのか、冷たいなー」

「冷たくないよ。だって綾香とはいつでも遊べるでしょ」

「いや、そうだけどそうじゃないんだよ!高校生になっても遊ぶけどさ。学校にいないってのはまた違うじゃん!」

「んー、言いたいことはわかるけど……仕方ないよ、それは」

「仕方ないか……そんなことなくない?ほのかが第一行けばいいじゃん!」

「えー、それ言うなら綾香が中央来てよ」

「無理無理!あやのこの間のテストの点数知ってるでしょ!」

「英語三点ね。知ってるわよ」

「そーそー!だからほのかがこっち来てよ」

「嫌です。第一第一に行くようなお金ないし」

「何今の?洒落?」

「違うけど?」


 綾香は朗らかに笑うと頭痛が収まったのか、またアイスをむさぼりだす。溶けそうになったところからかぶりついているせいで、アイスの棒に接地した部分しかもう残っていない。

食うの早すぎるだろ。私半分も食べ終わってないんだけど。


「んでも中央も私立じゃん。お金ないなら公立行くべきじゃないの?」

「……綾香、公立と私立の違いわかるんだ……」

「別に驚くことじゃなくない?あやだっていちお受験生だよ?」

「そうね。中央は私立だけど、奨学金制度があるの」

「奨学金?お金もらえる奴だな!お小遣い狙いか!」

「いや、お小遣いじゃないけど……でも一番いい奨学金を取れれば下手に公立行くより安く済むみたいなの」

「へー。それってどうやってとるの?」

「入試の成績上位者が対象らしいわ」

「おー!ならほのかは余裕だな!ほのかんち金ないし、お母さんも喜ぶだろ、それ」

「……そうね。あと『お金ない』っての、事実でもデリカシーないわよ」

「へへっ、ごめん」


 そっと綾香から見えない方にうつむき、ため息をこらえる。

 ――母と私がほとんどしゃべらないことを知っていて、その言葉を口にするのか。

 綾香はそんな私に気づく様子もなく残ったアイスを食べつくす。アイスの当たりはずれを確認した綾香はベンチから立ち上がる。


「まーとりあえず受験がんばれ!ほのか!」

「綾香、あなたも受験生でしょ。頑張るのはあなたも一緒」

「いや、第一は名前書ければ受かるって言うし、大丈夫でしょ。食べ終わったし帰ろ?」

「……私はまだ食べ終わってないからもうちょっと待ってほしい」


 残暑の熱に溶かされたアイスが私の指を伝う。

 それを感じた私は「もう食べなくていいや、綾香にあげようかな」と思いながらも、綾香を内心でバカと罵った。




 ――家に着いた頃には、すでに太陽が山並に沈み始めていた。

 結局あの後も綾香と話し込んでしまって、こんな時間になってしまった。


「ただいまー」


 どうせ誰もいないのをわかりきったうえで帰宅したことを報告する。

 靴を脱ぎ、リビングに行くと、いつも通り。テーブルの上に無造作に千円二枚が置かれていた。

 二千円がそこにあることを確認すると、安心して肩から力が抜ける。どうやら今日のパチンコは大負けしなかったらしい。

 カーテンは開けっ放しで、斜陽が私の足元を照らす。部屋の電気をつけて冷蔵庫から麦茶を取り出し、椅子に力が抜けるように座り込んだ。


「……晩御飯、何食べようかな」


 最近はコンビニ飯が多い。まぁでも今日は二千円もあるんだし、外食してもいいかもしれない。

 でも安全策をとるなら今日の食費は千円に抑えて、残り千円は取っておくべきだろう。明日も二千円が置かれているとは限らないわけだし。

 

 そう、この机上の金は私の晩御飯代である。毎日私が学校から帰ってくる頃には机に置かれている。

 しかし、これは一律二千円というわけじゃない。千円の日もあれば、五百円の日も。ひどいときは全く置かれていないときもある。だいたい平均をとれば千円くらいになると思う。

 つまり今日の二千円は控えめに言っても多い。一か月に一度あるかどうかだ。


 このランダムな私の食費の原因は母のパチンコである。母子家庭であり、私を育てるために夜は働きづめの母だが、人生の楽しみはパチンコしかないというほどのパチカスである。

 夜勤明けにはたいていそのままパチンコに行き、お金を溶かしてから家に帰ってくる。

 今はいつも通りなら寝室で寝ているだろう。九時頃に起きてきて、しっかり一時間化粧や風呂に費やして仕事に出かけていくはずだ。その間私は自室にこもっているので会うことはないけれど。


 パチカスな母ではあるけれど、私の生活費はきちんと稼いでくれているし、今は借金もしていない。昔痛い目を見たそうで、今は最低限の生活費だけはパチンコに使わないようにしているそうだ。

 それだけでも私は母に感謝すべきなのだろうけれど、どうも客観的に見ればダメ人間の母にそんなことを素直に伝えられるほど私は能天気ではない。

 母に対する感謝以上に、母に対する嫌悪が湧いてきてしまう。こんな大人にはなりたくない。私はいい男と結婚して暖かい家庭を築くのだ、と一般的な少女の夢をより強く望む要因になってしまっている。


 母は十八の時にクラスメイトと性行為を行い、私を身ごもったそうだ。何人もの男と関係を持っていたせいで、誰の子供かわからなかったらしい。

 それでも母は私を生むことを決心したそうだ。金を稼ぐ能力もなかった母は、祖父母の反対を押し切って私を産んだ。

 とんだ迷惑な話だけど、産まれてしまったものは仕方ない。祖父母も育児に協力し、私は健やかに三つまで育った。

 その時にはすでに母はパチンコしか生き甲斐がなかったけれど、祖父母がいるから大丈夫だとでも思っていたのだろう。記憶はないけれど、ほとんど私の育児は祖父母に任せきりだったらしい。

 しかし、祖父は心臓病で急死した。稼ぎ頭だった祖父を失い、一家の生活は非常に厳しくなった。

 さらに祖父を失ったストレスからか、祖母は私に強く当たるようになった。おかげで私の記憶の中の祖母は、ひたすら私に暴力を振るい、暴言を吐きつける存在となっている。

 辛くて泣きそうになりながらも、泣いたらさらに殴られるとわかっていたので懸命にこらえていたことを覚えている。そのころから母との関係は希薄であり、「母」という称号を持った他人のように感じていた。


 それでも、その頃の私には他に頼れる人間がいなかった。母に助けを求めるしかなかった。学校の先生やクラスメイトに頼ることは、羞恥心が邪魔してできなかった。

 だから私は母に懇願した。この家を出たい、祖母から離れたい、と。

 今思えばきちんと物は食わせてもらえていたのだから今の状況よりはましだったかもしれない。それでも、その頃の私にはその環境が耐えられなかったのだ。


 私の必死の懇願は、母の微かに残った母性本能に火をつけたのか、私と母は祖母と別居することになった。

 家を出るときには、一生分の怨嗟を受けたように思えるが、祖母から離れられることがただただ嬉しくて、そんなのは生活音程度にしか感じなかった。

 母と二人暮らしを始めた時には、私は最低限の生活を一人で出来るようになっていた。それをしっかりと見抜いていた母は、私にお金だけを渡すようになった。

 私のために行動してくれた母に対して、私は愛情を期待していたわけだけれど、それはしかりと裏切られた。母に褒められようと頑張ったテストや成績表を見せても、「手間かからなくてありがたいわ」としか言われなかった。

 小学校も高学年になるころには、母の愛情を期待することはなくなった。ただ、「手間がかからない」のはいいことであると認識し、無難に、成績はよく、問題も起こさない優等生へと自然に成長していった。


 ただ優等生として評価されることは、私にとってはいいことではなかったのかもしれない。問題も起こさず、成績優秀であれば褒められることはたくさんある。先生も優しい態度をとるようになるし、学校生活では有利なことの方が多い。

 けれども、それは私の欲しいものではなかった。頑張って真面目に生きても、褒められても満たされなかった私は、ひたすら自分自身に問いかけ続けた。

 

 ――どうしてあなたはこれだけ人に褒められているのに満足しないの?それだけ他人から認められているのに、一体何が足りないというの?


 自分自身に対する詰問。自身の根源に対する分析。私に何が足りないのか。なぜ満たされないのか。何が欲しいのか。問いかけ続けるたびに私は私自身を客観的に見るようになり、私自身の深層心理を分解していった。

 そうしているうちに気づいた。私に足りなかったもの、欲しくてたまらないもの。それは明確な『愛情』である。

 私の記憶に残る祖母は、私に愛情ではなく暴行を与えた。母は何も私に与えない。私の養育という義務をただ淡々とこなしているだけである。

 人が人らしく、健全な精神を持つためには愛情は必要不可欠な要素なのだそうだ。それを私は与えられていないわけだから、それを欲しくなるのは当然であり、必然である。

 私は自分の心の渇き、満たされない欲望を「愛情不足」と結論付けた。それなら愛されるように頑張れないと。私の欲しいものを手に入れるために、努力しないと。

 

 ――でも、どうやって?


 愛されてこなかった私には、どんな状態が愛されていると言えるのか、どうすれば愛されるのか……それが全く分からなかった。

 教科書には載ってないし、ネットで調べてもあいまいな答えしか載っていない。

 ネットで調べていると、「愛されたい症候群」なる言葉を見つけた。

 まさに、私の状態を言い表したかのようなものであり、自分の感情を表す言葉を見つけた安心感と同時に、自分の感情がそこらへんに転がっているものを同じにされたような嫌悪感を持ったことを覚えている。

 愛されたい症候群を克服する方法として、「努力できることを見つける」、「創造的なことをする」、「頭が空っぽになる行動をする」という三つの方法が挙げられていた。

 きっとあのブログを書いた人間は、読者のことを全く理解していない。その言葉を調べる人間は、「愛されなくても気にしなくなる方法」ではなく「愛される方法」を知りたいのだ。

 ほかには「愛され女」の共通点みたいなものもあった。安易に「好きかも♡」と言わないとか、外見だけで判断しないとか……そういうのが欲しいわけじゃない。これもまったくもって役に立たない。

 ……とこのように、ある程度具体的なものがあったとしても、そもそも求めているものではなく、私はどうすれば愛されるのかがわからなかった。


 ――ほしいものは分かっても、それを手に入れる方法がわからなかった。


 そんな単純なことに気づいて、なんのために生きているのかわからなくなったのは中二の夏のことである。

 あれから私は、惰性で優等生を演じている。

 私の地域で一番いい高校に受かれば、もしかしたら母も愛を示してくれるかもしれないという、淡い期待だけを希望にして生きている。


 麦茶をグラスに注ぎ、一口飲んで口の中を潤す。


「どうせ手に入らないのに、何期待してんだろう」


 あーあ、つまんないな。

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