9話 新聞記事と客

 ニキータ氏は怪我に負けず、私の取材を受けてくれた。


「勝てないっていうと隊長が怒るから……まあ察してよ。だってあんなのずるいじゃない。え? ああそうか、あなたは見たことがなかったのね、じゃあしょうがないわ。だって、信じられる?」




 先行しているギフターズは民間の、これもリーシアでは売れっこの「ストリオポの雪」だった。どのギフターも強くて美しいと評判で、リーシア国内で発刊される週刊誌「週刊リーシア」での人気ギフターランキングでは毎度上位に食い込んでいる。ちなみにぶっちぎりで一位を取ったシィ・ホープセルは次の週からランキングにすら載らなくなった。その号は発禁指定までされた。






「消えるのよ。視界からいなくなって、それで、誰かが死ぬの。まるで安っぽいミステリだわ」






「いるのよね、あの中央女が。シィ・ホープセルが」


 ストリオポの雪のエナーラ・オーツキーは呟く。腰のレイピアが猛スピードにカタカタ鳴った。


「あいつの首を取れば人気は私たちだけのもの。くっふっふ」


 どさり。突風にくらむ後続の三人、エナーラの妹であるリナーラ、強襲が戦争の醍醐味と疑わないイリアナ・クロシェンコ、暴走しがちなエナーラの手綱を引く瀬良垣せらがき梢絵こずえは急停止し、突然に倒れたエナーラを抱き起こすため駆け寄った。


「ひっ」


 リナーラは言葉をなくし小鳥のような悲鳴をあげた。まだ十三歳とはいえ戦場を幾度も経験しているし、誰かの死というものにも馴れつつある彼女だったが、今始めての未知の戦慄に痺れた。


「お姉さま!」


 エナーラの腹、そこには十字の赤い線が走り、抱き抱えると喉から股、わき腹からわき腹へ裂けているとわかった。


「エナーラ、何が」


 イリアナがまだ温い手をとると、今度は瀬良垣が叫んだ。


「この車輪の痕……!」


 反射的に飛び退くとイリアナは上空から飛来する何かによって押し潰された。隕石、砲弾、果ては雹、混乱する瀬良垣の脳内は荒唐無稽の妄想にとりつかれると、イリアナだったものを確認しなければならない心地になった。

 もうもうと立ち込める砂煙、茶色の煙幕からうねる紫煙。防衛から殺傷へと趣を変えた手甲が、くわえている煙草を吐き捨てた。


「よく見ろよ。誰しも最後ってのは、こうだ」


 好は十字の刻まれたエナーラを蹴っ飛ばす。



「やめて!」


 リナーラの絶叫、瀬良垣は刀を抜いて一足飛びに斬りかかる。


「あんたがか?」

「黙れ!」


 瀬良垣は少女の肩越しに、鍔迫り合いの最中に見てしまった。リナーラの全身が60口径の死神に食いちぎられるその様を。


「同郷だろ? あんた、名前は」


 好は親しそうに、微笑みすら浮かべている。瀬良垣の感情を逆撫でしたいのではなく、純粋な好奇心だった。


「ふざけるな! 貴様なんかに」


 腰が落ちた。膝の力が抜けて、ぺたりと座り込む。温かな液体は失禁したのではなく、膝と腰を撃ち抜かれた穴から流れる命の水だ。


「煙草、吸うかい」

「……まだ腕が動く」


 白刃煌めき、もの言わぬ物となった瀬良垣の首が、座り込んだ己の膝の上に落ちた。


「シィ、退くぞ。適当な位置でまた迎撃だ」

「はーい。隊長に伝えとくよ」


 無惨な死体を見て戦意が落ちたのだろうか、それ以上の追撃はなく、エコーと合流しクルトーまで逃げ延びた。すでにバーナーの姿はなく、待機していた空軍の護衛のもとリンカーフォードまで戻ったと、連絡係のミールが説明した。


 初戦大勝の裏には。翌日、そんな見出しの新聞は売れに売れた。

 世界中央はレイネッテ侵攻作戦を初日で諦め、クルトーに撤退。改めて十分な閣議を経た後、クルトーを本格的な城塞にまで仕上げ、次の機を待つ。そういうことが新聞には載っていた。


「どこから漏れたのかね」

「隠し事とかできなさそうよね、バーナー中佐」

「あー、なんとなくわかる」


 アパートに二人、シィは朝食のフレンチトーストをかじり、好は煙草に興じながらも勝った負けたで大騒ぎの新聞を読んでいた。この日はリーシア帝国の新聞もあった。エコーが早朝買ってきたものだ。


「あ、これ見ろよ。ギフターのインタヴューがあるぜ」


 帝国の新聞は安く、紙が粗悪だったが、リーシアではそれよりかは上質である。好は食後のコーヒーを楽しむシィに見せるため、わざわざベッドから離れた。


「ん、どれどれ。ミレイ・ニキータ……スネグラチカってリーシアで有名なとこじゃない」

「私とやったやつだな。生きているってことは、あいつだ。いいギフターの」

「なによそれ……。で、中身は……」




 スネグラチカのミレイ・ニキータ氏が先日の防衛戦で負傷し入院中である。負傷させたギフターの名前は不明であり、写真すらなく、我々報道関係者の間でも半信半疑の存在である。そんな正体不明のギフターの情報を得るべく、ニキータ氏にお話を伺った。


「私も正直なところよくわかりません。いやあ強かったですよ。どれくらいって? 一対一なら勝率高いでしょうね。負け惜しみだって? 違うってば」


 彼女に再戦を望んでいるか訊ねると力強く頷いた。


「これを読んでる……この新聞ってあっちにはないかな? そんなことないって? じゃあいいわ。これを読んでるあのときのギフターへ。またやろうよ。次は勝つ!」

 ニキータ氏は退院次第現場へ復帰する。

 なお彼女の熱望により、インタヴュー時の口語のまま掲載する。




「へえ。いい根性してるわね」

「まったくだ。腕を落としてやったのに」

「そこまでしたんだ。なんで殺さなかったの?」


 少女は煙草の煙を肺の隅々まで行き渡らせた。実に美味そうだった。


「接近戦に持ち込んだらさ、あいつ、やってやるぞって顔してたんだ。腰に一発蹴りいれてんのにだ。びーびー泣いたりキレたりするやつ多いだろ? それに比べたらいいギフターじゃん」

「ああ、そう」


 シィは自分でも不思議なほど不愉快になった。敵にそんな言葉をかけるなら、私にだって。付き合いの長さからくる嫉妬に気がつかないまま、それを心の奥底に押しやった。


「リーシアは……落ちねえだろうなぁ」


 そういう他人の機微には触れない好であるし、不快感をアピールするシィでもない。だからこそやってこれた。


「あれだけ人とギフターがいればね。でも中央が全戦力で当たれば結構簡単かもよ」

「リーシアは敵が少ない。だから全身全霊でぶつかってくるんだ。中央なんか敵しかいない。集中すればよそに穴ができる」

「皇国とか、あんまり干渉してない国に応援を頼むとか」

「外交もやってるんじゃないか? 義勇軍もあるだろうし」

「なんにせよ、私たちが関われることじゃないわね。私、本屋さんに行くけど、どう?」

「行くよ。ティム・ブックスだろ。近くに素敵な喫茶店がある」


 ジャケットをはおり玄関ドアを開けると、まさにノックをしようとしていた少女いた。

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