第三話

 (省略)……わたしは近くの包丁を持って家を飛び出した。

 なんであんな奴生きてるの。消えてくれればいいのに。殺してやる。殺すしかない。アイツのせいで全部おかしくなった。わたしが今まで耐えてきたこともぜーんぶ台無し! ああ、もう最悪だよ!! わたしが殺してやる。それで全部元通りになるんだ。

 だってほら、もう死んだじゃないか。死んでくれたんだから、わたしが殺してもいいんだよ。

 何が悪いの? わたしだけ悪いことしたみたいに言うなよ! お前らが殺したんじゃんか!!! 死んじまえよぉ……!!

  わたしは、泣きながら、叫んだ。そして、走り続けた。気がつくと、夜になっていた。わたしは何をしていたんだろう。よくわからない。頭が痛い。吐き気がする。寒い。お腹が空いた。何か食べたい。ふらふらと歩き出した。どこに行くつもりなんだろ。何も考えてないや。ただ歩けばいいと思ったんだ。

 わたしの足音だけが響いている。音が欲しいと思ったんだ。だから、音をたてないように歩いた。誰かに見られていたような気がしたが、きっと気のせいだ。わたしを見て笑う人はいないはずだから。

 わたしの視界には誰も映っていないから。

家 に帰って、シャワーを浴びた。身体が温かい。気持ちがいい。服を脱いだ時、自分の肌に触れてしまった。冷たかった。わたしは悲鳴をあげそうになったが、なんとか抑えこんだ。落ち着ける為にも水を浴びる。それでも足りないくらい震えていた。

 そのまま倒れて眠ったかったけれど、とてもじゃないけど眠れなかった。わたしは部屋を出てキッチンへと向かう。そこには、彼がいた痕跡があった。わたしはそれを見て涙を流す。また、泣いてしまった。

 わたしの心が、どんどん壊れていく。

 こんな世界、要らない。

 殺してしまおう。

 わたしが、わたしが居なくなった後は、彼の血肉となって生き続けてくれるはず。それは素敵でしょ? ねぇ? わたしには分かるよ。あなたもそう思ってるって。

あなたを一人になんかしない。

わたしも一緒にいるから。

二人きりの世界でずっと過ごせるのなら、何も怖くないよ。

わたしはあなたのことを愛しているから。

 あなたはわたしのことを愛してるって言ったよね? でも、どうして返事をしてくれないの? 答えてよ。お願い。

ねぇ……?

「―――わたしの話を聞いて」

 わたしは話し終えると、涙を流して俯いた。彼が死んでから、毎日繰り返してきた話だ。でも、今日は違っていた。いつものように、話しながら笑顔を作ろうとしていたけど、どうしてもうまく作れないのだ。まるで仮面を着けているかのように、表情が動かない。

 彼はもういない。わたしは、彼の隣に座って静かに泣いた。わたしは、彼を失って、生きる意味を見失ってしまったから。だけど、生きている。なぜ? 決まっている。彼にもう一度会いたいからだ。

 でも、叶わない願いだということは分かってる。

 もう諦めるしかないんだ。そう思った瞬間、今まで塞き止めていた感情が一気に溢れ出してきた。わたしは彼の顔に手を当てた。もう二度と口を開くことはないし、温もりを感じることもない。そんなことは分かっている。でも、こうすることしか出来なかった。そうしないと心が押し潰されてしまいそうだったから。

 わたしはそのまま彼を抱きしめた。わたしの体温を少しずつ奪っていく身体が、優しく受け入れてくれたような気がした。

 わたしはその日、初めて彼と交わった。

 翌日、朝になって目を覚ますと、そこは見慣れた彼の部屋の中だった。昨日のことが夢のように思えてくる。しかし、現実なのだ。わたしは彼が生きていたという証を確かに感じた。

 わたしは彼にそっとキスをする。これはお別れの挨拶だ。

 そして、これからは新しい生活が始まる。

 わたしは立ち上がり、窓の外を見る。カーテンから漏れ出た光に照らされて、雨粒がキラキラ輝いていた。そういえば、天気予報で言ってたっけ。今日一日は晴れだって。

 わたしは笑みを浮かべる。

 やっぱり、こういうのが一番良いよね。

 だって、、雨よりも星の方が綺麗だから。

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