わたしだけの秘密

一ノ瀬 彩音

第1話 壱

わたしはいつもより早起きをして、冷たい水で顔を洗う

そして、鏡に向かって微笑むの

鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは誰?

わたしです

でもね、とわたしは心の中で呟く

あなたにはきっと分からないでしょうね

あなたに映る世界がどんな色をしているのかなんて

だから、あなたの瞳を覗き込んだりしない

あなたは鏡だもの

それでも時々、鏡の中の自分を見つめる時がある

その度に思うことがある

それはきっと、わたしにしか分からないことなのだって

わたしだけの秘密なのよって

そう、わたしだけが知っている

秘密 あの人のことを想っている時に感じる温もりのこと

あの人のことを想った時の胸の高鳴りのこと

誰にも言わないわ

だって、わたしだけの宝物だもの

だけど……もしも誰かに打ち明けたらどうなるかしら?

やっぱり信じてもらえないかしら

それとも笑われてしまうかしら

ねぇ、どうしてなのかしら

こんなにも素敵な気持ちなのに

あなたには分からないでしょうね

わたしだけの秘密

わたしだけしか知らないこと

鏡の向こうの世界はモノクローム

それでもわたしは幸せだった

あなたに出会えたから

ありがとう

あなたのおかげで、今日という日を迎えることができたのよ

お礼を言うのもおかしな話かもしれないけれど、いつかまた出逢える日まで

さようなら あなたは鏡の中の存在

だから、わたしの姿だけを映している

それが真実 でも、もし違う未来が訪れたなら

その時はわたしと一緒に笑い合ってくれますか?

ふいに、そんなことを考えてしまった

でも、大丈夫よね あなたは何も答えてくれない

それでもいいの ただ少し考えてみたくなっただけ

今はただそれだけの話 もうすぐ春が来る

そしたら、また二人で出かけましょうね

今度はどこに行きたいですか?

二人きりになれる場所へ行ってみたいですね

わたしたちは鏡の中の住人同士なんだし

ねぇ、鏡さん どうかお願いします

もう少しの間だけでいいんです このままでいさせてください

あとほんのちょっとだけ……

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わたしだけの秘密 一ノ瀬 彩音 @takutaku2019

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