非時香菓でクッキング in あの世

ゴオルド

サムライ3人衆、あの世で料理する

ときのミカドの命をうけ、我らサムライ3人衆は黄泉の国に来ていた。

死者の国になっているという不老不死をもたらす果実――非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を手に入れ、ミカドに献上するのが我らのミッションである。ミカドは不老不死となって、永遠にこの世に君臨したいとお考えなのだ。そのためサムライの中でもっとも優秀な我ら3人が探索隊として黄泉に派遣されたのであった。




で、なんだかんだで我ら3人は優秀なので、わりとあっさりと非時香菓ときじくのかぐのこのみを発見した。

女サムライのトモエが右手に持つ緑の枝、そこになっている幾つかの小ぶりの青いミカンがそれである。

これを食えばミカドは不老不死になり、我ら3人衆も大いに面目が立ち、御褒美がいただけるというわけである。


さあミカドのもとへ帰ろうというとき、

「待て」と声をかける者があった。サムライのジンという男だ。

「果たしてこのまま帰ってよいものだろうか」とそんなことを言う。

「よいに決まっているではないか」と私が言うと、ジンは懐から1冊の本を取り出した。表紙には『デキる人間の仕事術』と書いてある。

「この本によれば、命令されたことをやるだけではビジネスパーソンとしては3流であるらしい」

「つまり非時香菓ときじくのかぐのこのみを持って帰れと命令された、それを実行しただけでは3流ということか?」

ジンは頷く。

「では、どうするのが1流なのだ」と私が言うと、ジンはページを開いて読み上げた。

「1流の仕事というのは、命令されたことをこなして、そこにさらにプラスアルファを加えることです。つまり気を利かせて、言われていないこともできなければいけません」

「なるほど、一理ある」とトモエは頷いた。「いつだったか、新人サムライに狩りの支度をせいと命じたところ、身支度を整えただけで馬の支度はしなかった。それを注意すると「だって馬のこととか聞いてませんしー」と言い返されたのだ。ああいう仕事ぶりはいかがなものか」

私は腕を組んで、トモエに反論した。

「そうはいっても相手は新人なのだから細かく指示すべきだったのではないか? 気を利かせろといっても限度があるであろうが」

「それはそうだが……しかし、それぐらい言われなくともわかるはずだ」

「いや、それはおぬしがデキる人間だからそう思うのだ。誰もがみな我らと同じように気が利くわけではない」

「だから、つまり」

脱線しかけた話をジンがもとに戻す。

「我らはデキる人間で、なおかつベテランのサムライである。したがって、新人と同じ仕事ぶりではいけないのではないか」

「ううむ、ではどうするのだ」

ジンは非時香菓ときじくのかぐのこのみを指さした。

「見たところ、その果実はとても酸っぱそうだ。そのまま献上するより、美味しく調理したものを献上したほうが気か利くのではないか?」

言われてみればもっともだ。3人は頷き合った。

そして、ここ死者の国にて早速クッキングを開始することにした。



まず、非時香菓ときじくのかぐのこのみを素焼きの椀に絞って、指ですくって舐めてみた。

「すっぱ!」

想像どおりの酸味である。歯をも溶かしそうな強い酸味だ。しかし香りは良い。爽やかで清涼感のある、うまそうな蜜柑のにおいである。

「これを混ぜてみたらどうだ」

トモエが持参していた小壺を差し出した。中には甘葛あまづらを煮詰めてどろりとさせた甘い汁が入っている。

さっそく非時香菓ときじくのかぐのこのみの椀に甘葛を混ぜて、舐めてみた。

「すっぱ! そして甘! 喉が焼けるようだ」

「いくぶん飲みやすくはなったが、酸味の強さ自体は変わらぬな」

「ダメであったか……」


「酸味は加熱すると飛ぶと聞いたことがある。火を加えてはどうか」

私がそう提案すると、ジンが懐から黒い肉を取り出した。

「ならば、これを使ってみぬか」

それはこの国で仕留めた黒曜鴨こくようがもの肉であった。艶やかな黒い羽と、黒い水晶のようなクチバシをしたあの世の鴨である。ジンは既に血と内臓を抜いて、羽もむしっていた。さすがデキルやつである。

「黒曜鴨と非時香菓ときじくのかぐのこのみをどう合わせる?」

「ううむ……。そうだ、先ほどの甘葛あまづらと合わせた汁に漬け込んで焼いてみたらどうだろうか」

「ちょっと味が想像できぬが……考えていてもしかたあるまい、やってみるとしよう」

「ならば、これも加えてはどうだろう」

トモエがまた小壺を取り出した。こちらには穀醤こくびしおが入っている。

「うむ。塩味えんみもあったほうがいいであろう。では、とりかかろう」




我らは火をおこすと、漬け込んだ黒曜鴨を焼き始めた。長い棒を鴨に刺して、棒の両端を私とジンで支え持つ。トモエはたまに調味液をかける役割だ。

直火の遠火でじっくりと焼いていく。つまりバーベキューである。ご存じない方もおられるかもなので説明するが、バーベキューとは肉を直火の遠火で料理したものをいう。パリピが河原でやってる鉄板の上でビーフを焼くやつ、あれは焼肉もしくはステーキであって、バーベキューではない。

やがて香ばしいにおいがあたりに漂いはじめた。死者の国でこのような殺生の匂いを生じさせるというのもずいぶんと罪深いような気持ちがしたが、腹の減る音にそんな思いはかき消された。

「もう焼けたのではないか」

じれてそう言う私に、ジンが「まだまだ」と応える。「じっくり時間をかけて焼くことが肝要なり」

肉をくるくる回し、トモエが調味液をかける。それを幾度も繰り返した。肉の焼けるにおいと、調味液が少し焦げたにおいで、口の中に唾液があふれた。


まだかまだかとさんざんじらして、ようやっと焼き上がった。



ジンが黒曜鴨を大胆に裂いて三等分した。「では」という言葉を合図に、我らは肉にかぶりついた。

しっかり焼けた鴨のパリッとした皮を歯で引き裂くと、甘じょっぱさと非時香菓ときじくのかぐのこのみのフルーティーな香りが鼻腔いっぱいに広がった。あふれる肉汁にはほどよく脂がまざり、噛むほどに肉の味わいが深く感じられる。あの世の鴨のなんと味の濃いことか。肉のうまみが濃厚で、調味液に負けることなくうまく調和していた。


「うま~」

「ほんに、ほんに」

「まじで我らはデキるサムライよな」


あっという間に完食し、指についた脂をなめとりながら、我らは自然と笑みを浮かべていた。

「この料理ならミカドもきっとお喜びになるぞ」

「ああ、違いない」

「ミカドにお出しするのだ、きちんと料理名も考えねば。どうする?」

「ストレートな名前が良かろう。変に凝っても独りよがりになるのがオチだ」

「では、非時香菓ときじくのかぐのこのみソースのバーベキューでどうだ」

「うむ」とジン。

「それで決定ということで」とトモエ。


「では、帰ろう。ミカドがお待ちだ」

私が立ち上がると、

「待て」と声をかける者があった。今度はトモエだった。

非時香菓ときじくのかぐのこのみがもうない」

「ない?」

「どういうことだ」

「ないのだ。クッキングで全部使ってしまったのだ」


なんということだろうか……。



そういうわけで、我ら3人衆は、再び非時香菓ときじくのかぐのこのみを探す旅に出た。

なあに案じることはない。一度発見できたのだ、二度目もそう時間はかかるまい。

と思ったのが甘かった。


非時香菓ときじくのかぐのこのみを見つけるまで400年ほどかかってしまった。


黄泉の国のとある丘で、たわわに実った果実を見ながら、トモエが言った。

「どうする? 一応持って帰るか?」

「ううむ」

「我らはクッキングの試食で不老不死の身となったが、ミカドはもうお亡くなりであろう」

「今さら持って帰ってもなあ」

「ううむ」


ジンは懐から本を取り出した。

「実を言うと、この本にも書いてあるのだ。デキる人間は納期を守ると」

「ううむ」

「我らは3流以下であったなあ」とトモエ。



まあ、誰だって仕事でミスをすることもあるものだ。ドンマイ、サムライ3人衆!



<おわり>

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