ふざけて担任のアラサー美人教師に告白したら、取り返しがつかなくなった。

izumi

ふざけて担任のアラサー美人教師に告白したら、取り返しがつかなくなった。


 ──早朝。職員室にて。


「先生、日誌取りに来ましたよ」

「ああ、その声は白崎しらさきか」


 日直の俺は、我が3年1組のクラス担任から日誌を受け取るという仕事がある。


「悪いが今、手が離せないんだ。その辺にあるから持っていけ」


 どうやら来たタイミングが悪かったようだ。


 机上のノートパソコンとにらめっこしている先生は、こちらを見る余裕もないほど忙しいらしい。

 授業の準備か、職員会議の資料でも作ってるのだろう。


「了解です」


 乱雑にさまざまなものが置かれている机の上から、適当に日誌っぽいものを探す。

 お、あったあった──



 ──今からでも間に合う!

 アラサーからの婚活はこの一冊で決まり!



 ……。


 きっと、何かの拍子で紛れ込んだんだろう。あ、こっちが日誌か──



 ──アラサー女子が気を付けておくべき7つのこと。

 妥協しない相手選びの秘訣!



 ……。


 そっと先生の背後に回る。するとノートパソコンの液晶には──



 ──お見合い写真の選び方を徹底解説!

 失敗しないお見合いの秘訣!



「……何やってんすか」

「ぬわぁっ! 乙女のプライベートを覗くなよ!」


 白いワイシャツと真っ黒のパンツスーツに身を包み、モデルのようなすらっとしたスタイツを持つ女教師──二宮にのみや愛海あみが素っ頓狂な声を上げる。


 生徒の中でも、かなりの美人という共通認識があるが、だからといって人気があるかと問われれば、それは聞かないでやってほしい。まあ体つきだけならドストライクですけどね?


 意志の強そうな切れ長の瞳に睨まれると、どんな生徒でも(恋人でも)震えあがって逃げ出してしまうと評判だ。


「いやいや、もう乙女って年じゃないでしょうに」

「おいおい白崎、口には気を付けろよ」

「……」

「いくら温厚な私でも、怒る時はあるんだからな?」

「……それ、殴った後に言う台詞じゃないですよ?」


 気付いた時には俺の眼前には教師の拳があり、次の瞬間、激痛が全神経を通じて体中に駆け巡り、全細胞が悲鳴を上げていた。


 無言で痛みに耐え、教師の体罰問題にしない俺の優しさに先生は感謝すべきだと思う。


 まあ確かに軽口を叩いた俺も悪いが、ノーモーションで神速の拳を叩き込む教師も教師。


 こういうところが、独り身の原因なんだろうなあ……。


「今思ったことを言葉にしろ」

「なんて素晴らしい先生なんだと感銘を受けました」

「そうか」

「……」

「それで日誌だったな。えっと、確かこの辺に……」

「あたかも何もなかった風を装わないでください。また思いっきりぶん殴られました」


 こういう厄介な読心どくしん術も、男が離れていく理由の一つに違いない。



 二宮愛海 は 白崎凛空 を 倒した!

 二宮愛海 の レベル が 上がった!

 二宮愛海 は 新たに 独身術 を 覚えたい!

 二宮愛海 は 読心術 を 忘れて 独身術 を 覚えた!


 ……レベルも上がって、このまま一人で生きていけるほどに強くなっていくのだろう。


 それにしても、なんて手が出るのが早い人なんだ。

 いっそ、ボクサーにでも転向してはどうだろうか。


 いや、でもアスリートに転向するにしてはもう年齢が──


「今思ったことを言葉にしろ」

「……」

「まあいい。今回は見逃してやる」

「……」



 もう言葉にしなくとも何が起こったかは分かったよな。

 俺たちもう心の友だぜ? ブラザー?



「それにしても、二宮先生が婚活サイトを見てることなんて羞恥で周知の事実ですよ。今さら隠してどうすんすか……」


 先生のノートパソコンの液晶には、婚活サイトのタブが表示されている。


 ん? 

 何だこのシークレットモードのブラウザは? タブ名は──



 ──ワンチャンあり、それともなし?

 高校教師と教え子(未成年)との交際……



 ……。



 ……。



 ……。



 ──ダッ! (恐怖のあまり逃げ出す音)


 ──ガシッ! (肩が掴まれる音)


 ──バキィッ! (肩の骨が破壊される音)



「これについては、説明させてほしい」

「ええ、僕の肩を破壊した理由をね」



どうして俺の右肩は破壊されたのだろう?


明らかに不必要な動作だったはずなのに。

前世は破壊神か何かだろう。


「生徒相手に随分手が出るのは早いと思ってましたけど、まさか手を出すのも早いとは。おまけに尻尾を出すのも早かったですね」

「一旦落ち着け。誤解なんだ」

「動かぬ証拠に手も足も出ないようですね」

「そうか?」



 ……。



 ……何があったかは彼女の名誉のために、直接の言及は避けさせていただきたい。



 しかし、一つ言えることがあるとするならば──


 賢明な読者ならば意味を汲み取ってくれると信じている。



「……無言で痛みに耐えるこっちの身にもなってくれませんか」

「お前は分からないかもしれないがな。殴られて痛みを感じているのはお前だけじゃない」

「……どういうことですか?」

「殴る私の方も、自分の拳と良心が、とても痛むものなんだ……」

「絶対殴られた方が痛いです」


 やばい。この先生と意思疎通が図れる気がしない。


 会話のキャッチボールがドッチボールの様相を呈している。


 外野からずっとボールを投げられているせいで、ルール上こっちから投げることができない。


 この作品はラブコメのはずなのに、このままでは先生の多種多様な暴力を描くハードボイルド作品に仕上がってしまう。まあヤンキー系流行ってるけどな。でもアラサー女性教師が主人公のヤンキー物とか誰が見んの?




 ……意外に面白そうだから困る。



「いいか、とにかく聞いてくれ。誤解なんだ」

「何が誤解なんですか? 手を出そうとしてたんでしょ?」

「私はまだ生徒に手を出していない」


 ──まだ?


 なんて野暮な質問をしてはいけない。


 男には、物語を進めるために目をつむらなければならない瞬間がある。きっと今がその時だ。


「あくまで情報収集しただけだ。な、分かるよな?」


 意訳:

 犯行に及ぶ準備をしていただけで、実行に移してはいない。だから見逃してほしい。お前なら分かってくれるよな?



 分かってたまるか。



「これは本当に誤解だ。いくら私でも分別というものがある」

「……そうなんすか?」

「ちゃんとサイトを見ろ」



 実際にサイトをスクロールしてみると、教職者の未成年との淫行という社会問題について真面目に切り込む社会派の記事のようだ。釣りタイトル止めろ。正直な読者がお怒りですよ! ……ちゃんと告白するから安心して?


「確かに僕の早とちりのようですね」


 ……なぜシークレットモードを利用していたのかは追及してはいけない。藪蛇率100%だ。


「この私が教え子をそういう対象として見るわけないだろう?」


 こほん、と咳ばらいをして、どこか芝居がかった様子で疑問を呈す先生。


「……ほんとですか?」

「な、なんだ? その疑いの視線は」

「いや、先生……押しに弱そうだなって」


 さすがに先生から生徒を口説くことはないだろうが、もし仮に性欲を持て余した高校生から熱いアプローチに受けた場合が怖い。

 結婚を焦るあまり、正常な判断ができない可能性がある。


「お前なあ──教師を馬鹿にするのも大概にしとけよ?」


 大きなため息混じりに呆れる先生。

 かなり強い口調だが、決して怒っている様子ではないので、構える必要はない。


「こちとら教師を何年やってると思っている?」

「えっと、もう10年以上のベテランですよね?」

「……」

「……流石に今のは酷くないですか?」

「つい女の条件反射で」


 構えときゃよかった。


「ともかく、私はもう新任教師ではない。その手の手合いの対応なんて慣れている──」

「先生、好きです」

「──っ!?」

「実はずっと前から……二宮先生のことが好きでした。今じゃ寝ても覚めても先生のことばかり考えてしまうんです……僕の想い、受け取ってくれませんか?」


 先生の瞳をまっすぐに見つめながら、身振り手振りを交えて、一世一代の告白に打って出る。

 まあ当然嘘だ。あくまで先生の反応を見るためのジョーク。


 俺の熱烈な愛の告白に対して、先生はどのような反応を見せてくれるのか楽しみで仕方がない。きっと慌てふためいて──


「白崎、あまり大人をからかうんじゃないぞ?」


 まるで子供に言って聞かせるような優しい声。


 だが先生が態度と行動が釣り合わない裏腹系女子であることは先ほどから身に沁みている。

 その証拠に、今も先生の拳は、俺の頭上へと降り注がんとして──


「…………え?」


 ──なぜか痛みがやってこない。逆に声が出た。


「そんな冗談、先生あんまり好きじゃないぞ?」

「……」


 いつもの厳しい表情はどこへやら。


 それどころか、かすかに微笑みを浮かべた二宮先生は俺の頭の上に優しく手を置き、ゆっくりと目を閉じた。

 先生の温かな体温が伝わってきて、少しくすぐったい。



 ……あれ? 


 ……全然慌ててない?


 っていうかむしろ俺の方が、なんとなく居心地が悪いというか申し訳ないというか……。


 いやでも別に俺悪くねえし! 


 ……。


 でも、嘘の告白は流石にやり過ぎだったかもな……。


 しゃーねーな!

 ここはひとつ、男らしく謝っておくか!



「えと、なんか、その、試すようなこと真似して、ほんとに、あの、なんていうか、…………ごめんなさい」

「うむ! 分かればよろしい」


 先生は俺の髪をわしゃわしゃっとかき回した。



 ……この優しい先生は誰だろう?



 急に教師らしく振る舞うなんてずるくないですか?



 ……でも確かに、さっきのは人として褒められた行いではなかったかもしれない。


 その辺のところをきちんと押さえている辺り、上手く言葉にできないが、先生はちゃんと先生やってるんだなと思う。


「……ほんとにすんませんでした」

「うりゃうりゃ、ほんとに反省してるのかー?」

「頭ポンポンやめてくださいよ! あと子供をからかうような口調も! 高3です! もう18っすよ!」


 先生の手を跳ねのける。途中から先生のペースにのまれてしまった。


「すまんすまん、18歳に見えなくてな……じゃあ反省してるというなら、その気持ちを書いて提出してくれないか? それでこの件はチャラだ」


 と、散らかっている机の引き出しを開けて、一番上にあった適当な紙を二つ折りにして俺に差し出す。


 何かの裏紙のようだが、ここに反省文を書けということか。

 これを書くだけで見逃してもらえるならお安い御用だ。


「了解です」

「いいのか? 冗談のつもりだったんだが……本当にいいのか?」

「この程度、すぐに書いてみせますよ。男、白崎凛空に二言はありません」


 このA4サイズ程度の白紙を埋めることなど、反省文を書き慣れている優等生の俺にとっては造作もない。


「……本当にいいんだな? じゃあしっかり名前は書いてくれ」

「名前っすか? ……ああ、なるほど」


 反省文あるあるとして、意外に自分の名前を書き忘れることがある。とにかく謝っときゃいいだろ的な感じで書くと、大体無くなる。


 差出人不明の手紙を、先生のような散らかった机に置いて、紛失すると厄介極まりない。

 不幸の手紙──もとい、謝罪の手紙の完成だ。

 これを読んだあなたは1時間以内にレビューを書き、ハートマークを押して、100人の友達に薦めなさい。これを破ると──あなたに謝罪が訪れるでしょう。なんのこっちゃ。


「じゃあそれを今日中に提出しておいてくれ。私はこれから色々と準備があって忙しくなるからな」


 そう言って、日誌を俺に渡した先生は、どこかへ行ってしまった。

 気になる物言いだったが次の授業の教室に向かったのだろう。もうそろそろ1限が始まる時間だ。



 ──って1限体育じゃん! 早く体育館行かねえと!



 俺は職員室を飛び出した。




 ◇




 やばい、もうチャイムがなってしまう。



 このままでは間に合いそうにない。

 最悪の場合、二宮先生に呼び出されてたって言い訳すれば何とかなるかもしれない。



 ……そういえばこれ、何の裏紙なんだ?



 体育館への廊下を駆け抜けながら、先生から受け取った二つ折りの用紙を広げて裏面を見た──



「……え?」



 思わず足が止まった。



 ──俺の脳内でチャイムの音が鳴り響いた。




 ────────────────


 本作は

『放送室でバカ話で盛り上がってたらマイクがオンだった。』

 に登場する(予定)話をリメイクしたものです。

 このノリが好きな方はぜひそちらもお納めください。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330669463941351

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふざけて担任のアラサー美人教師に告白したら、取り返しがつかなくなった。 izumi @Tottotto7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画