第141話 第一次ダリア遠征⑤

「不可能だな、あれは」


「そうですか、ご苦労様でした」


「それで、良いのか?」


「ええ」


「戦いになるぞ」


「まあ、仕方ありませんね。ダリア王であるカール従兄にいさんで不可能なら、誰でも不可能でしょうから」


「そうか? そうかもな。しかし、どう戦うんだ? 攻城兵器こうじょうへいきも持ってきていないだろ」


「ええ、まあ。お楽しみって事で。カール従兄さんは、諸侯しょこうの皆さんと一緒にゆるゆると、来てくださいよ」


「分かった。では、グーテルの手並みを拝見はいけんさせてもらうよ」


「はい」



 こうして、仕方なく、僕は、ヴィロナ公国相手に戦いを開始したのだった。





「しかし、気が進みませんが……」


「ごめんね、ガルプハルト」


「いえっ、仕方ない事は、わかっているのですが、申し訳ありません」



 僕は、皇帝直属軍を率いて進軍を開始する。軍を三つに分け、ヴィロナ公国の北部の街を攻める。



 そして、セルーザ、ヘレンナ、ロセーノの街を次々と攻略していた。


 これらの街は高い城壁もなく、そんな兵数もなく、包囲したらあわてて開城し、ヴィロナに向けて逃げ出す。僕達は、それを見逃す。という感じで、大した戦いには、なっていなかったが。



 唯一、ちょっと戦いになったのが、ペルーナの攻防戦だった。


「突撃〜! ガハハハ」


「ちょっと待って、兄さん」


 ムキムキマッチョの司教さんが、街から飛び出して来て、ガルプハルトに打ちかる。ウォーハンマー同士が激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。


「ガハハハ、強い強い」


「兄さん!」


「あん? ああ、そうか。敵は強い! 退却だ〜!」


 目のきついイケメンさんに声をかけられると、ムキムキマッチョの司教さんは、ガルプハルトとの一騎討いっきうちを突然やめると、馬を返して、撤退てったいしていった。ヴィロナに向けて。



「あれって、ヴェルディ家の人間だよね?」


「はい、次男のベルーナ司教スプリッアー・ヴェルディと、四男のサンブール・ヴェルディですね」


 オーソンさんが、応える。


「次男さんは、絶対に司教というよりも、違う職業の方がむいてるよね」


「まあ、そうですね」


 それに、あれが野心家って言われた四男のヴェルディさんか~。オーソンさんが、野心家っていうのは、どれほどの野心家なのだろうか? まあ、自分の利益でどちらへでも転ぶ可能性がある。一応、注意しておこう。



 こんな感じで、次々とヴィロナ公国の北部の街を攻略すると、街の支配者と、その配下の兵達は、公都ヴィロナに次々と逃げ込んで行った。


 そして、あらかた北部の街を攻略すると、僕達はヴィロナへと兵を動かす。



 ヴィロナは、巨大な街だった。


「大っきいね〜」


「はい、ヴァルダも大きい街だと思っていたのですが、これ程の街は見たことがありませんよ〜」


「バカでかいっすね~」


 僕が感心していると、フルーラは目を輝かせ、アンディは圧倒あっとうされて、目の前のヴィロナの街を見ていた。



 ほぼ円形に街をおおう城壁がある。城壁の外にも街があるが、皆、城壁の中に逃げ込んだようで、静かだった。しかし、高く立派な城壁のせいで街の中の状況は分からない。こりゃ、攻城兵器無いと攻略難しいだろうな~。



 ヴィロナは、人口10万人、街の広さは580haあるそうだ。という事は、多少のズレはあるだろうが、街は、東西南北におよそ2.7kmの長さがあるのだろう。一周だと、え〜と、8.5kmくらいあるって事かな?



 ヴィロナ公国の僭主せんしゅは、グイット・コラドーレという方だった。ヴィロナ公を自称しているという事になる。素直に戴冠式たいかんしきやらせてくれたら、ヴィロナ公の爵位しゃくいをマインハウス神聖国から下賜かししてあげたのにね~。まあ、良いか。



 そして、兵力だが、ヴィロナ公国はおよそ1万人の兵力を有していると言われていた。南部の街は、ゼニア共和国の動きを警戒して、自分達の街から動いていないと、ゼニア共和国の方から伝令が来た。北部の街は、あらかた落とし、その兵力は、ヴィロナへと、入っている。


 う〜ん、およそだが、8000名くらいの兵力はあるだろう。で内訳うちわけだが、ダリア地方にほとんど騎士階級という身分は無い。あるのは、バブル王国とか、チュリア王国くらいだろうか?


 ヴィロナ公国の方々は、私兵しへいと呼ばれる兵士を率いているが、それは傭兵ようへいと、市民兵だった。しかもその傭兵さん達は、意外と外国籍がいこくせきの方も多いそうだ。マインハウス神聖国や、ランド王国、エスパルダ地方の方とか、ツヴァイサーゲルト地方の方とかのようだ。


 そして、その傭兵を取りまとめ、実際に兵を率いているのが、コンドッティエーロと呼ばれる傭兵隊長だった。


 傭兵隊長達は、万能人ばんのうじん思想に影響されて、粗野そや野蛮やばんであるよりも、洗練せんれんされ教養きょうようのある人間であることをたっとんでいた。


 戦術にしてみても、マインハウス神聖国のような、騎士道精神に立脚りっきゃくする蛮勇ばんゆうよりも、いにしえのダリア帝国で行った戦術を模倣もほうすることを好んだ。


 すなわち、勝てる状況を作り出した上で戦うのが戦いの上策じょうさくであり、負け戦は積極的にかかわるのを避けたし、また全滅するまで戦うのではなく、勝つ見込みがあるまで戦うのが基本だった。


 要するに、負けそうならさっさと逃げるし、負ける戦いはしない。



 というわけで、ヴィロナ公国軍は、せっかく城壁の中に閉じこもっている有利な状況の中。外に突撃してくる事は無い。なので僕は、安心してヴィロナの城壁の外周がいしゅうをぐるっと一周、皇帝近衛団を引き連れて視察しさつする。



 皇帝近衛団は軽快に進む。皇帝近衛団の馬は、ワーテルランド王国から輸入された馬だった。


 ワーテルランド王国は、ウルシュ大王国に侵略されて、かなり痛い目にあった。そこで、馬の品種改良に取りかかったそうだ。


 重騎士が乗るパワーがあるが、かなり重量のある馬から、足の速いやや軽めの馬へと移行させていた。そう、僕の役目は危なくなったら逃げること、戦場にとどまっても、ものの役にたたないのだ。邪魔じゃまにならないように逃げる。これが重要。



 そんな事を考えつつ、視察していると。


「お〜い!」


 途中、城壁の上から大声が聞こえ、ムキムキマッチョの司教さんが、ウォーハンマーを振り回して、こちらに大声で叫んでいた。何をやっているんだ?


 すると、近くにいた方が走り寄って、後ろから、思いっきり叩く。そして、司教さんは、その方に何か言って、2人で言い争いをしているようだった。まあ、仲良くね~。



 だけど、目的は達成した。そこは、ヴィロナの東門だった。城壁の上には、人間が蛇に飲み込まれているような図柄ずがらの描かれた旗が見える。ヴェルディ家の旗だった。


 どうやら、ヴェルディ家は、ヴィロナの東門を守っているようだった。オーソンさんは、すでにヴィロナの街の中に入っていて、打ち合わせを済ませているが、さすがに城門を閉じて貝のように閉じこもっているヴィロナの街からオーソンさんと言えども、出てくるのは難しい。なので、場所を確認したのだった。



 さて、準備をするか~。僕達は、不自然ふしぜんにならないように、一周きちんと回りきって、馬首を返し、本陣へと戻る。本陣には、15000の皇帝直属軍が集まっていた。



 さすがに分かると思うが、周囲8.5kmもあるヴィロナの街を、15000の兵では包囲出来ないし、さらに兵を分けていくつかの門に分けて配置するのも骨頂こっちょうである。


 いくら固く閉じこもっている、ヴィロナ公国軍でも、兵を分散ぶんさんさせれば討って出て来て、各個撃破かくこげきはされるだけだった。まあ、そんなわけで、全軍で固まって動いている。



 僕は、ガルプハルトを呼ぶと指示を出す。


「ヴェルディ家の皆さんだけど、東門にいたよ」


左様さようですか。では、さっそく本陣を移しますか?」


「ああ、それなんだけど。ちょっと面倒くさいけど、時間を使って攻めるよ」


「はあ、かしこまりました」


 僕は、ガルプハルトに概要がいようを説明する。



 今、本陣は北門の前の距離の離れた場所に置いてある。そして、本陣を移す。だけど、まずは怪しまれないように、最初に西門の前、そして東門へと。そして、最後、さらに本陣を元に戻す。まあ、かなり怪しい行動だよね。


 そして、西門や、東門に本陣を移した時に、本陣はそのまま残して置く事にする。


 まあ、要するに、中央に木の柱を立て、そこから放射状にロープを張って地面に固定。その上に布をった、パヴィリオンというテントを残すのだ。


 このパヴィリオンには、柱の上に紋章旗もんしょうき、布の色も紋章カラーを使って目立たせてある。パヴィリオンの中には、折りたたみ椅子や、机、さらにベッドまで置かれていて、快適な生活が補償されている。



 そして、東門に本陣を移した時に、5000の騎兵は、よろいや武器をパヴィリオンの中に隠し、身軽に移動する。これで騎兵は戦う事は出来ないが、例え攻められても、歩兵が完全武装で待ち受けている。問題は無い。



「という感じでよろしく」


「かしこまりました」



 こうして、僕達は、この面倒くさい行動を実行する。



 翌日、北門の本陣に複数のパヴィリオンを残したまま、西門の方に移動する。そして、西門でパヴィリオンを建てると、数日滞在する。


 そして、また、思いたったかのように、いくつかのパヴィリオンを残し、東門の方に移動する。


 そして、東門にも、パヴィリオンを建てると、数日滞在した。そして、再び北門の本陣に戻る。



 ヴィロナの街の様子は分からないが、困惑したような城壁の上の兵達の様子は伝わってきた。さあ、これで準備完了だ。



「じゃあ、ガルプハルトよろしくね」


「はっ!」


 ガルプハルトが、5000の騎兵のみを率いて、月のない真っ暗闇くらやみを移動する。鎧や武器が無いので、静かだった。馬を引いて、残してきたパヴィリオンだけを目標にする。なんか、ガルプハルトは、パヴィリオンの所々に何かっていた。キノコの成分で、夜になると、ぼおっと発光するのだそうだ。



 そして、翌朝。ヴィロナの街の東門が、突如とつじょ開かれる。そこに、突入するのは、夜のうちに、東門の近くに移動していたガルプハルト率いる5000の騎兵。



 ガルプハルトは、ヴィロナの街中に入ると、突撃を開始する。


「突撃〜!」


「お〜!」



 騎兵は、東門から、街の中央まで続く、道を疾駆しっくする。所々に、守備する兵士達はいたが、ほとんどの兵士は、ヴィロナの立派な城壁の上にいた。守備の兵士達は、あっという間に蹴散けちらされ、あるいは、逃げまどう。



 そして、騎兵は、街の中央に到着する。そこには、ヴィロナ公の住む宮殿きゅうでんがあった。



「突入する! ついてこい!」


「お〜!」



 ガルプハルトは、5000の騎兵で宮殿を取り囲むと、守っていた兵士達を蹴散らし、宮殿内部に突入を果たす。



 この時、西門、北門、さらに南門の兵士達には何が起きたか分からず。


 東門は、ヴェルディ家の裏切りを知って、東門を守備していた他の兵士達と、ヴェルディ家の兵士達の戦いとなったが、ヴェルディ家の方が、数で上回っている上に、僕達も、兵士達を連れて、遅れてだが、東門に到着し東門を確保かくほする。



 そして、宮殿に突入したガルプハルトは、寝ぼけまなこのグイット・コラドーレさんを捕らえる事に成功する。



「ヴィロナ公は、捕らえたぞ! まだ、抵抗するか!」


 ガルプハルトの大声が響き、ヴィロナの傭兵隊長は、武器を捨て降伏するのだった。



 こうして、ヴィロナは陥落。ヴィロナ公国は、降伏したのだった。

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