第83話 叔父様の即位①

「信任票が規定数に達しました、これよりヴィナール公アンホレスト・ヒールドルクス卿を、マインハウス神聖国君主及びダリア国王に、選出致しました。そして、マインハウス神聖国皇帝位に関してですが、神聖教教主クレティネス5世聖下せいかが、きたる7月4日神聖教教主として戴冠たいかんされております。使者をたて、皇帝位への即位のおうかがいをたてておりますが。その返答しだいですが、とりあえず、マインハウス神聖国国王として、即位式を行います」



 選帝侯会議において、叔父様はマインハウス神聖国の君主として選定された。そして、あっさりと領邦諸侯の会議において、信任されたのだ。



 さらに有り難い事に、2年にも及ぶ根比こんくらべ、もとい、コンクラーヴェにおいてクレティネス5世聖下が新たな神聖教教主として戴冠されたのだった。


 だが、この2年にも及ぶ、神聖教教主様の選定はとても大変だったようだった。



 1292年4月4日に神聖教教主ニコラス4世が崩御ほうぎょされ、後継者の人選をめぐってコンクラーヴェが開催されたものの、有力な枢機卿や諸侯や諸君主の思惑おもわくから紛糾ふんきゅうして選出が出来ず、神聖教教主が空位くういという事態が2年も続くことになる。


 1294年3月になってダリア地方南方を支配している、バブル国王ケウロス2世がコンクラーヴェが開催されているピルーゼクレスにおもむき、枢機卿たちに4人の神聖教教主候補を記したメモを示して後継選出をそくしたものの、長きにわたる紛糾に疲弊ひへいしていたせいもあって、枢機卿は特に関心を示そうともしなかった。


 ところがケウロスさんが、ピルーゼクレスを発った後に神聖教総本山で暴行事件が起こり、そこに枢機卿らが関わったことで殺人事件から暴動へとエスカレートする。


 この事態を見てピルロ・ダ・メルーネさんは、ピルーゼクレスにいた枢機卿の一人に手紙を出し、「すぐにでも教皇を選出しなければコンクラーヴェに会する者どもには必ずや神罰しんばつが下るであろう」と警告した。


 手紙を受け取った枢機卿はコンクラーヴェにおいて、この手紙を披露し、いっそピルロ自身に教主になってもらったらどうかと周囲に提案、それを受けてその場にいた全員がその案を支持した。


 この展開はピルロさん本人にも意外であり、そのために一時は、教主の地位の辞退を望んで修道院から退去しようとする。


 だが、バブル王ケウロスに制止されて教皇に就任するよう懇願こんがんされ、ダルーマ王のアンドラーテ3世やラオンの大司教の説得によって、ようやく神聖教教主になることを承知して戴冠式をおこなったのだそうだ。



 大変でしたね~。それに、なんか無理矢理神聖教教主にならされたピルロさんも良い迷惑のような気もした。


「まあ、場繋ばつなぎの教主でしょうから」


 オーソンさん、いわく。そういう事らしい。



 まあ、それはさておき、叔父様はマインハウスの国王となった。まあ、即位式がまだだったが。



「グーテル、メイデン公の事なのだが……」


 戦いは終わり、1週間ほどで、叔父様は病床びょうしょうを離れていた。


 叔父様は、頭から左眼にかけてぐるぐると包帯を巻いていた。左眼に刺さった剣の先を取り除き、潰れた眼球を取り除き塗ったそうだ。痛々しい。


「メイデン公ならルクセンバル公ハイネセンさんに成って頂きます」


「なっ、それでは戦いの意味が……」


「戦いの意味? あの戦いは、マインハウス国王の地位を私物化したアーノルドさんの粛清しゅくせいの戦いであって、メイデン公国を賭けた戦いじゃないですよね?」


「うっ、まあ、だが……」


「叔父様には、帝国直轄領があるんです。あまり強欲ごうよくにならず」


「強欲ではないだろう。まあ、良い。それよりもだグーテル。アーノルドの遺体はどうした?」


「ミハイル大司教ペーターさんに頼んで、ローエンドの修道院に埋葬してもらいましたよ」


 ローエンドは、ミハイル大司教領にある都市だ。修道院の格は低くもないが、高くもないと


「そうか。ならば良い。それと、政策に関してだが……」


「それなら、帝国書記官達に命じてありますが。まあ、ランド王国の政策のうち、マインハウス神聖国に即した形に修正して、叔父様の即位式までに、提案してもらう予定です」


「そうか、ありがとう」


「後、マイン平和令を出そうと思います。先代の国王が荒らした世の中を、平和にするためにも」


「うむ。そうだな」



 マイン平和令は、最初1103年当時のマインハウス神聖国皇帝が出し、その後、僕の御先祖様にして、神聖教教主様に2度も破門はもんされたハウルホーフェ朝最後の皇帝が1235年に当初ラテン語で書かれていたものを、マインハウスの言葉で書いて発布はっぷしてから浸透した。



 その内容は、


 1、他の誰かと戦争をしたり、他の苦しみを与えたりするのをやめましょう。


 2 、既存きぞん確執かくしつは全て、終わりにしましょう。


 3 、この禁止事項に違反した者は、地位に関係なく、マインハウスから追放されます。


 4、すべての人は、平和を破った疑いのある人物を報告する義務があります。


 5 、4 に違反した者は、すべての特権を失います。


 6、 裁判官と議会は、確執によって負傷した人々を支援します。


 7、 使用人は、危険な要素として容認されるべきではありません。


 8 、聖職者で、法律に違反する犯罪者は、世俗の法律に違反する犯罪者と同様に罰せられます。


 9、 この平和は、後の法律によって無効にされない。


 10 、平和のために貢献しない人は、すべての特権と権利を失う。


 11 、何人も、特権、地位、またはその他の理由により、この平和を無視してはなりません。


 12 、この和平は、他の既存の法律をくつがえしてはならない。



 という内容になっている。私戦の禁止。ちょっと難しいが、要するに喧嘩しちゃ駄目だよって事だ。あくまでマインハウス神聖国国内だけだが。ただし、


「期間は、2年間としようと思います」


妥当だとうだな」


 2年間の期限付きだ。まあ、2年間だったら我慢できるでしょ? ということだ。それに、叔父様の傷も、そして、ヴィナール公国の国力も回復出来る。叔父様にとっても良い事だろう。



 こうして、叔父様の即位にむけて準備が進む。



 僕は一足先ひとあしさきに、即位式の行われる。ミハイル大司教領ミハイルへと、ミハイル大司教ペーターさんと共に向かった。



 フローデンヒルト・アム・アインからミハイルまでは、西に40km程だった。馬でゆっくり向かっても一日かからず着くことが出来た。


 ミハイルは、先代のミハイル大司教ヴェルターさんのお墓参り以来、二度目の訪問だが、前回はゆっくり出来なかったので、今回は早めに来てゆっくりさせてもらう事としたのだった。



 ペーターさんは、大聖堂に行き、叔父様の即位式の準備をしている。キーロン大司教、トリスタン大司教もすぐに駆けつけて来て、手伝っているようだった。



 そして、僕はというと……。



 アイスグルブという名の店に入る。ここは、ミハイルで唯一、地ビールを作っている醸造所じょうぞうしょ兼酒場だった。まだ、夕暮れだというのに、店の中は賑わっていた。


「ビール、ビール、美味しいビール」


 僕は、歌うように呟きながら、アイスグルブに入る。


 店の人々の視線が、こちらに向く。「なんだ、この貴族の小僧は?」という雰囲気だ。皆がテーブルを囲い、立ってビールを飲んでいた。


 だが、僕が一人分、空いてるテーブルを見つけ、そこに身体をすべり込ませると、皆の興味は無くなって、隣の人と話を再開させる。


「おじちゃん、ここ良い?」


「ああ、空いてるよ。だけど、珍しいね〜。こんな店に貴族様とは?」


 僕が、その質問に答えるよりも先に、お店の小太りのおばちゃんが、


「悪かったね~。こんな店で!」


「いや、そういう意味じゃ〜」


「ハハハハ、分かってるよ! で、あんた、何にする?」


「え〜と、ビールの種類は?」


「ヴァイスビアとデュンケル・ドッペルボックよ」


 これまた両極端な、ヴァイスビアは、小麦で作られた 白ビールで、デュンケル・ドッペルホックは、モルトを多量に使った黒ビールだ。さらに麦芽を増やし、高アルコールだ。パンのビールとも言われている。


「じゃ、ヴァイスビアで、それと、おつまみに、何か?」


「そうだね~。ブルストとか、シュニッツェルとか……」


「じゃあ、ブルストで」


「あいよ!」


 おばちゃんは、奥に去っていく。


「へ〜、手慣れたもんだね」


「ええ、まあ、故郷では、しょっちゅうやってるんで。まあ、田舎だと自由なんですよ~」


「ふ〜ん、そういうもんかね~」



 なんて話していると、あっという間にビールがやってくる。ヴァイスビアだ。爽やかなバナナのような香りがする。そして、口に入れると、ほんのり冷えている。近くでマイン河と、モイニン川が交差している。その川の水が街中に引き込まれ、冷やしているのだろう。苦味もなく爽やかな味が広がる。うん、一杯目だったら、良いなこれも。



 さらに、ブルストが運ばれてくる。ブルストは、ようはソーセージだ。豚肉と羊の腸で作られている。これは、パリッと噛めるくらい皮が薄く、中は粗挽きの肉で肉汁にくじゅうにじみ出る。


「美味しい〜」


「そうだろ、旨いだろ〜」


「はい」


 僕は夢中でブルストを頬張りつつ、ヴァイスビアを喉に流し込む。そして、


「お金、ここに置いとくよ~」


「毎度あり〜」



 さて、次からが本番だ。



 ミハイルには、大聖堂の近くにワイン小路こみちという場所があるそうだ。


 ランド王国にも近く、さらに、かつてランド王国の支配下でもあったこの街は、ランド王国各地のワインも比較的安く飲めるのだそうだ。そして、もちろん近郊で作られた、マインハウスのワインも安く飲めるのだ。



 さて、どこから行こう。



 僕はワイン小路に向かった。本当に大聖堂の近くだった。小さな道の両側に十件を超える、ワインが飲めるバルがあった。



 最初は、白ワインか、それともスパークリングワインか。僕は、端から一軒ずつのぞき見しつつ、歩く。


 ホワイトアスパラで、白ワインも良いな〜。魚のフリットで、白ワインか? それとも、玉ねぎのスープとスパークリングワインという変化球もありか? 



「そうだ!」


 僕は、回る順番を決める為に、近くのワインバルに入って、チーズと、スパークリングワインを頼んだのだった。夜は、まだこれからだ。

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