第二章 グータラ殿下の立身

第26話 グータラ殿下ボルタリアに行く①

 神聖暦しんせいれき1288年の春。僕は、執務室しつむしつ公務こうむを終えると、机から3通の手紙を取り出して、頭をかかえる。


「どうしたら良いかね、コーネル?」


「どうしたらと言われましても、陛下の御言葉おことばには、さからえませんし、ボルタリア王の容態ようだいは心配ですし」


「そうだよね~。ボルタリア王のお見舞いには行くとして、それから考えるか〜」


「それが、ようございます」


「で」


「で?」


「もしもの時は、コーネルが代官だいかんやってね。好きなようにして良いからね」


 コーネルは、少し考え。


「かしこまりました。そうですね。殿下がいない方が、この国の財政的には、良いですからね」


「えっ!」


 コーネルは、ニコニコ笑いつつ、毒をく。


「ハハハハハ」


「コーネル〜」



 そう、お父様、お母様のヴィナールでの暮らしぶりを見るに、豊かで大きな国のヴィナール公国で、領土なしだが宰相さいしょうとしてもらう収入の方が、ハウルホーフェ公国で領主をやっている収入より余程よほど良いようだ。


 まあ、そうだろうね。で、僕が居なくなれば、ハウルホーフェ公国の財政も余裕が出来て、安定……。するわけ無いだろ! 僕は、浪費家ろうひかじゃない。


 僕がお金使っているのは、ワインの収集ぐらいだ。ブリュニュイのワイン美味しくって、送ってもらった以外に、追加でお金払って、送ってもらったら、結構高くてコーネルに怒られたけど。まあ、それくらいだ。大丈夫だよね?





 というわけで、ボルタリア王のお見舞いに、ボルタリア王国の王都ヴァルダへと、向かうことにしたのだった。あの三通の手紙は、お祖父様、フランベルク辺境伯リチャード、そして、ボルタリア王からのものだった。


 内容は、お見舞いに行けとか、お見舞いに来てとかではなく。もっと、踏み込んだものだったのだが、それは、おいおい話すことにしようと思う。



「フルーラ。ボルタリア王のお見舞いに、ボルタリアに行こうと思うんだ、準備をお願い」


「はい、かしこまりました」


「あっ、そうだ。エリスちゃんも行くから、馬車の用意もね」


「はい。あの、ボルタリアに向かうということは、シュタイナー侯国のヴィルヘルムも通りますよね?」


「そうだね」


「では、騎士団に頼んで少し護衛を増やした方が、良いでしょうか?」


「そうか、シュタイナー侯国通るか~。うん、そうだね。よろしく」


「はい、では、準備を進めます」


「うん」



 シュタイナー侯国を通る。別にシュタイナー侯が、僕の暗殺を狙っているとか。僕達が、シュタイナー侯国を奪還だっかんするのを、阻止そしする為にとかではない。



 もう一昨年いっさくねんの事になるが、マインハウス南部を襲った冷害で、凶作になり、シュタイナー侯国はミューゼン公国に援助を求め、援助を受けたが、一時的な措置そちで良いわけがない。


 シュタイナー侯国の物価は急上昇し、経済は不安定に、それが原因で暴動ぼうどうが起き、いまだに治安が安定していないそうだ。


 まあ、これだけ不安定になるということは、誰かが裏で糸をひいているのかもしれない。ちなみに、僕じゃないよ。



 それでも、騎士が襲われる事はまずない。戦いの専門家が、一般人に負ける事はほぼない。だけど、今回は、僕だけなら良いが、エリスちゃんの乗る馬車もあるので、数人護衛を増やそう、ということなのだ。この辺の判断は、フルーラに任せておけば間違いはない。



 というわけで、僕は、エリスちゃんに話す為に、エリスちゃんのもとに向かった。





 そして、翌々日、僕達は、ボルタリア王国の王都ヴァルダに向けて旅立ったのだった。



 で、


「なんで、ガルブハルトがいるの?」


「はっ、騎士団から手の空いてる者、数名を貸してほしいとのことでしたので。このガルブハルトが、手の空いてる者だったのです」


「ふ〜ん」


「それに、ボルタリアと言えば、やはりビールです。楽しみですなぁ、殿下」


「ん、そだね」



 遊びに行くんじゃないんだぞ、ガルブハルト。だけど……。ボルタリアのビールね。確かに楽しみだ。



 ボルタリアのビールは、ピルスナーという下面発酵かめんはっこう黄金色こがねいろをした、綺麗なビールだ。


 マインハウス神聖国のビールの多くは、エールと呼ばれる上面発酵のものだ。で、この上面発酵、下面発酵というのは、ビールを発酵させる時に、常温で発酵させ、すると、酵母が上の方に溜まってくるのが上面発酵。


 井戸水や、冷たい川の水を使って冷やしながら発酵させ、酵母が下の方に沈んでいくのが、下面発酵だ。細かい原理は知らない、酵母の種類が違うのか、それとも温度のせいなのか。



 ミューゼンや、この辺りでも、ツヴァイサーゲルト地方から流れてくる冷たい川の水を使って、下面発酵のビールが作られているが、ボルタリアも、冷たい井戸水を使って作られている。ミューゼンのは、ヘレスタイプと呼ばれている。



「確かに楽しみだね。ピルスナーか〜」


「はい、ペチェナーフサとか、シュニッツェルでも食べながら、ピルスナーをぐいっといきたいですな~」


「良いね~」


 ガルブハルトと話しているうちに、お腹がキューキュー鳴り出した。



 ペチェナーフサとは、ボルタリア料理で、ガチョウのローストで、名物料理だ。シュニッツェルは、どちらかというと、ヴィナールの料理だが、ボルタリアの居酒屋では良く出てくる料理なのだそうだ。まあ、豚肉や、仔牛肉、鶏肉を叩き薄く伸ばして、パン粉をつけて揚げたものだ。


 他にも、ダルーマ料理のグラーシュと呼ばれるシチューや、タタラークと呼ばれる牛肉の生肉を叩き、胡椒や香草で風味づけをしたものが有名だ。ちなみに、このタタラークを、焼いたものが、ハンベルク名物のフリカデレなのだ。



「殿下、殿下。よだれが」


「じゅるっ。おっと」


 どうやら、ピルスナーを飲みながら、ボルタリア料理を食べるのを想像していたら、よだれが出てきてしまったようだ。すると、フルーラが、



「殿下達の話し聞いていたら、お腹が空いてきましたよ」


「そうだね。じゃあ、お昼にしようか」


「はっ、かしこまりました」


 フルーラが、馬を飛ばして入れる店を探しに行った。





「殿下、昼間から飲むんですか?」


「うん、エリスちゃんも、どう?」


「いえ、わたしは、遠慮しておきます」


「そう。残念。1杯だけだし良いと思うけどね~。ガルブハルト」


「ガハハハハ。はい、そうは思いますが、皆は真面目なのですよ。我々と違い」


「それじゃ、僕が不真面目みたいじゃない?」


「まあ、不真面目でしょうな~。ガハハハ!」


「え〜」


 僕の不満そうな言葉を受け、エリスちゃんは、


「殿下も20歳なのですから、え〜、とかやめてくださいよ」


「はい、申し訳ありません」


「まあ、酔っぱらって馬から落ちたりしないでくださいよ」


「はい、わかりました。ですが、わたくし寝てて馬から落ちた事はございますが、酔っぱらって馬から落ちた事はございません」


「寝てて馬から落ちた事はあるんですね。それと、それやめてくれますか?」


「は〜い」



 まだ、フルーゼンを出てそんな経っていないので、こんなのんきな事をやっていたのだが、隣国のシュタイナー侯国に入ると、予想外の光景に目を疑う事になった。





「これは、ひでーな」


 アンディが、そばにいて僕の警護をしてくれている。エリスちゃんの馬車には、左右にガルブハルトとフルーラがつき、守っている。


「本当だね。ここまでとは」


 僕は、周囲を見回す。シュタイナー侯国に入って、すぐの田園地帯は比較的に穏やかだったが、シュタイナー侯国の中心の街ヴィルヘルムに入るとその光景は、一変したのだった。



 街にはゴミがあふれ、腐臭ふしゅうがした。そして、無気力な目をした、人々が道に座り、昼間から酒を飲んでいた。まあ、全員が、全員というわけではないけど。おそらく、仕事がないのだろう。


 予想以上だった。一昨年は冷害だったとはいえ、翌年は普通に収穫があったはずだ。それとも、農民は、穀物や農産物の種を食べてしまい、農作物を作ることが出来なかったのだろうか?


 どちらにしても、シュタイナー侯が、ミューゼン公に援助を頼んだ以外に、何もしなかったように思える。



「やっぱり援助したほうが良かったかな? 領民が、苦しむのは見てられないよ」


「自業自得だろ。まあ、領民は領主は選べないけど」


 アンディは、そう言うが、


「選べないからこそ。無能な領主は嫌いだよ」


辛辣しんらつですなぁ~。殿下は、さぼるの好きなのに」


「僕は、良いの。優秀な家臣に任せているから」


「はいはい、その優秀な家臣が働きやすい環境を作る。殿下の才能ですね」


「そうかな〜」


 アンディにめられ、悪い気はしないけど。でもな~。



 僕は遠くヴィルヘルムの街の外れにある、大きな屋敷を見る。シュタイナー侯の屋敷だ。周囲は、騎士や兵士に厳重に警備されていた。本来、守るべき領民からの攻撃から守るために戦う為のものだ。まさに本末転倒ほんまつてんとうだね。



「こうなると、ミューゼン国境を越えるのが大変かもね」


「国境に、何かあるんですか?」


 アンディの疑問に、


「あるというか……」


 僕は、アンディに説明した。シュタイナー侯国で仕事にあぶれた人は、大都市に向かう。決してハウルホーフェ公国のような田舎には、向かわないものだ。まあ、バーゼン辺境伯領には、行くかもしれないけど。


「あそこには、温泉地が、あるからね」


 そう有名な温泉地、バーゼンバーデンがある。そこなら仕事にありつけるかもと、向かうかもしれないなと。


 だけど、大多数は、ミューゼン公国だろう。そして、国境が混む理由は、



「長蛇の列ですね~。ちょっと見て来ます。ハッ」


 アンディは、そう言うと道を、少し外れ草の上を馬を飛ばして走っていった。そして、しばらくして帰って来ると、


「殿下。先に通って良いそうです」


「そう」


 僕達は、長く伸びた行列をしり目に、前に前にと進んだ。行列からは、凄い目で見られたり、にらまれたりするが、仕方がない。


 この列は、ほとんどがミューゼン公国に入国しようという人達の行列だろう。まあ商売しに来た商人もいるだろうが、ほとんどが、職探しで入国しようとしていると思う。だから、入国出来るとは限らないそれでも、可能性にかけて並んでいる。


 入国するだけだったら、並ぶ必要はない。それこそ、森を抜けたり、丘を越えたりで入国出来るが、今度は、正規の仕事につけない。闇の仕事をするしかない。闇の仕事って、どんなのだろうか?



「ハウルホーフェ公国グーテルハウゼン殿下御一行、どうぞ御通行ください」



 こうして、僕達は、ミューゼン公国へと入国したのだった。

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