第二章 chapter2-3
「今日彼女と話す機会が作れました」
「ほう……、それでどういう事を話したんだ?」
生活感の殆ど感じられない雪声のマンションの一室で雪声に話を聞いていたのは実習教師としてやってきた津々原であった。
「たいした事は話してないわ。彼女が今バンドをやっていて、その演奏を少し聴いてきた位よ」
「そういえばその事は私も調査書で読んだが、彼女はなんで部活でやってないんだろうな。高校とかだと軽音とかでバンドとかやるのが一般的じゃないのか?」
「そうみたいね、知識としてしかよくは知らないけど」
「知らないのか?ってお前はそういう物だったよな」
物と呼ばれて雪声は珍しくむっと表情を曇らせる。
「私の事そういう風に物とか言わないでと何度も言ったと思うけど」
「ああ、すまんすまん」
本当に判っているのか判らない茶化した仕草で津々原は謝る。
これが普段の二人を知っている人間が見たら驚くだろう。
津々原は普段アイドルである雪声のマネージャー兼プロデューサーをしており、どちらかというと雪声に振り回されているように見えるからだ。
「しかしお前さんアイドルをやってるときの人当たりの良さから考えると信じられないよな」
「それはあなた達がそうしろと命令したから……本当の私は……」
「はいやめやめ、話を戻すぞ」
これ以上はどういう方向に話が進むか判っている津々原は無理矢理にでも話を方向転換しようとする。
その津々原の態度に雪声はまだ不満が残るようではあったが、何の意味もないことは判っていたので、それに素直に従う。
「といってもさっき言ったとおりたいした話はしてないわよ。彼女が部活に入ってない理由は聞いたけど、たいした話ではないでしょ?」
「……そうだな、機会があれば聞かせてもらう事になるかもしれないが……」
津々原はその話を聞いてどうするか、手にしたタブレットに入力しながら考える。
そしてふと雪声が口ずさんでいる歌に気がついた。
その雪声が口ずさんでいた旋律は津々原が一度も聞いた事がない物だった。
「おい、その歌は何だ?そんな歌は我々が用意した歌にはなかったはずだが?」
「この歌?桜夜が作っていた曲。何となく気に入ったから歌ってみたんだけどうるさかった?」
「いや、うるさいとかではなく……」
津々原はタブレットに慌てて何かを打ち込むと首を横に振った。
『レポート ○月×日:実験対象がはじめて他人の曲を覚えた。
過去に我々が提示した曲以外は覚えようともせず、興味を示さなかったが、被験者ナンバー01の凡河内桜夜の曲には興味を示した。
今後とも要観察の必要性をみとむ』
そう打ち込むと送信ボタンを押した、そして送信されたメッセージは自動的にタブレットから削除される。
データが削除されたのを確認すると雪声の方に視線を向ける。
「いやお前が他人の曲に興味を示すとは思わなくてな、少し驚いただけだ」
「……なぜか彼女の曲は気になったの……。理由はわからないんだけど、これは今回の実験に影響がありますか?」
「いやそれは私には判断できない、上からの指示がなければ……」
そして津々原のポケットの中にあるスマートフォンから着信音が鳴り響く。
「その話は後でだ、しばらくそこで待っていろ」
スマートフォンを取り出しながら津々原は部屋を出て行くと着信ボタンを押し、電話先の男と話しはじめた。
『先ほどの連絡は見た、その凡河内桜夜の曲に対して興味を持ったというのは本当なのだな?』
「はい、そのようです」
スマートフォンからの話に津々原は間違ってないことを伝える。
『では今後、雪声に凡河内桜夜とより接点を持たせろ。そして彼女に起きた変化は逐一報告しろ、良いな?」
「わかりました。ではあれにはそう伝えます」
『しかし何度も言っているだろう、雪声を物扱いするなと』
「……は、しかしアレは……」
「良いな、これは命令だ」
「判りました……」
不承不承と津々原は頷くと、スマートフォンの通話を切り、雪声のいる部屋へと戻る。
「新たな指令だ今後は出来るだけ凡河内桜夜と接点を持って行け。いいな?」
「それは彼女と自分からも出来るだけ話をせよと言うことでしょうか?」
「そうだな、そうしろ」
「判りました、所でどのような話をすればいいのでしょうか?」
まさかそのような返しが来るとは思っていなかった津々原は頭を抱える
「その……なんだ、女子高校生が話していて問題がないようなことだ」
「それは日常的な話題と言うことでいいでしょうか?」
「……まぁ、そうだな。そんな所だ。だが我々に関する情報は秘匿すること、それはわかっているな?」
「理解しています」
雪声のその返事を聞いて、津々原の胸中に一抹の不安がよぎった。
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