第一章 chapter1-9

「やっと昼休みか……」


 昼休みを知らせる鐘が鳴り、私は屋上でみかさと一緒に雪声のことを待って

いた。


「本当に来るかな?」

「さすがにそれは信じようよ。そうでなきゃ話は進まないよ」

「そうだけど……」


 私は今朝彼女に声をかけたときの視線を思い出していた。

 すぐに雰囲気は変わったが、まるで値踏みをするかのようなその視線を私は

忘れることが出来なかったからだ。

 その事を忘れようと、私は大きく息を吐いた。

 丁度そこへ雪声が扉を開けて屋上に上がってきた。

 彼女の姿を見つけた私は手を上げて、彼女のことを呼んだ。

 私が手を上げたのを見て彼女はわずかに急ぎ足でやってきた。

 その表情は、何故か感情などは浮かばずにとても無機質な物に私は思えた。


「ごめんなさい、待たせましたか?」

「ううん、大丈夫、私達もさっき来たところだよ」


 みかさがそう言いながら雪声が座りやすいように座る場所を少しばかり移動

する。


「そう、ならよかった」


 雪声は私とみかさの間に座ると手にした小さな弁当箱の包みを開ける。

 開けられた弁当箱は手作りであろう中身が詰まっていた。


「へぇ、手作り弁当なんだね。やっぱりお母さんとかに作ってもらってる

の?」

「……違う」


 みかさの質問に雪声は首を横に振った。


「じゃあお手伝いさんとか?アイドルだったらお手伝いさん位いてもおかしく

なさそうだけど」

「あなたたちのは母親に作って貰ったの?」

「私のはそうだよ、みかさのはわからないけど」

「私のもお母さんに作って貰ったよ」

「……そう……なの」


 私とみかさは二の句がつけずにしばらく無言の時間が続く。

 そしてみかさが思い出したように改めて聞き直す。


「……そ、そういえば結局雪声さんのお弁当は誰が作ったの?」

「……自分で作った」

「「え?」」


 予想外の答えに私とみかさは思わず声が重なる。


「自分で作ったの?」


 雪声はその質問に頷き肯定してきた。


「なんか意外だな……、自分でお弁当を作ってくるなんて……。アイドルって

言っても思ったよりも家庭的なんだね」

「そう?他にする人がいないから自分でやっているのよ」

「他にする人がいないってひょっとして、雪声さんって一人暮らし?」


 再び彼女は肯定するように頷いた。

 その仕草を見たみかさは表情を崩してほっと息を吐いた。


「それで聞きたい事って言うのはなんなの?」


 雪声は私達に向かい、今日ここに呼んだ用件を単刀直入で聞いてきた。

 弁当箱を箸でつつこうとした私はその動きが止まる。


「……先に聞いちゃった方が気が楽になりそうね」


 私は大きく息を吐いて、彼女に対して聞くことを整理しようと思考を巡らせ

る。

 しばらく考えてもどうにもまとまらず、まずは聞いてみることにしたのだっ

た。


「雪声さんと私、前にどこかで会ったことありますか?」

「前にですか?」

「はい」


 私の質問に雪声はどう答えるべきか考えているように見えた。


「前にと言う意味なら昨日会っていますよ」


 そして帰ってきたのはまるで予想外の返答であった。

 さすがにその返答には私も頭を抱えた


「確かにあっているけど、そういうことではなく……」

「違うの?」


 不思議そうに自然に振る舞う彼女を見ていると、悪意があってそう答えたわ

けではないとその言葉から感じられた。


「私が聞きたかったのは転校してくる前とかにどこかで会ったことがあったか

って事なんだけど……」

「ないですよ」


 にべもなく雪声は私の言葉をはっきりと否定した。

 その言葉に私はどこかショックを受けつつも安堵していることに気がつき、

内心動揺していた。


「それじゃあ、改めて聞きたいんだけど、一昨日私が名乗ってもないのに私の

事を名前で呼んだよね?アレはどうして?」

「……あなたの気のせいじゃない?」

「いいえ、間違いじゃない……と思う……」

「証拠は?」


 証拠を求められて私は前にみかさに聞き返された時と同じように狼狽した。


「それはないけど……」

「じゃああなたの聞き違いだったんじゃないですか?」


 ともすれば冷たくも取れるその言葉に、私は転校初日は彼女の周りにいたク

ラスメイトが誰もいなくなっていたことの理由を何となく察した。

 冷たいというわけではないのだが、自分とは離れた距離に立たれているよう

に感じられた。

 そして気のせいと言われたが、納得できなかった私は続けて彼女に問いかけ

を投げかけた。


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