第23話「独占欲」
「……どうして私に言いたくないのか、聞きたい」
私は自分の上に居るランスロットと、真っ直ぐに目を合わせた。
クレメントと付き合っていた時にも、こうして相手に疑問に思うこと気になることをひとつひとつ丁寧に乗り越えていけていたら……と教訓を得た私は、この疑問に応えてくれるまでは、例え誘惑の塊のような彼だとは言え、こういう事はしないという決意を固めた。
恋人とどうしても別れたくなくて、流されて。言いたい事を言わないという無駄な我慢を続けた結果がどうなるかは、私の初恋の末路で察して欲しい。
ランスロットは、無言でこちらをじっと見つめるばかり。私にその事を話してしまうことで、何かの不都合があったとしても……きちんと知っておきたい。こういう事が気になってしまって、眠れなくなってしまいそう。
「何も言わないのなら、私に触らないで」
膠着してしまった展開に我慢ならずに彼を見つめたままでそう言うと、ランスロットは一瞬目を見開いてから大きく息をついた。
「それは、困る……過去が気になります?」
「ええ。とても」
言葉の応酬には負けないという強い気持ちが伝わったのか、どうなのか。彼はまた、二回目のため息をついた。
彼に今グウィネスに対して何の気持ちもないのなら、何の問題もないはずなのにと思うと渋い表情になってしまうのはどうしようもない。
「これは、先に言っておきますが……僕自身は、何の言い訳もするつもりもありません。何も知らなかったとは言え、浅慮でした。婚約者の居る女性にそうとは知らずに声を掛けてしまったのは、事実です」
「え……グウィネスって、婚約者が居たの?」
ぽかんとして、間抜けな顔になったと思う。でも、ランスロットは表情を変えずに淡々と話を進めた。
「彼女は東の地では……魔力が強いある有名な一族の娘で、権力を持っている族長の息子との縁談が幼い頃から決まっていた。彼女はそれがどうしても嫌で、レジュラスの東方にあるウルセンという都市に逃げて来ていたんです」
「……そこって、新人騎士の……」
ウルセンという地名はクレメントから、何度か聞いたことがあった。
この国の騎士学校を卒業した新人たちは、すぐに能力別に各騎士団に振り分けられることになる。彼らは王宮騎士団に入団した訳だけど、かの騎士団ではすぐにウルセンにある育成機関に送られ、まだ殻のついたひよこ状態の彼らはそこで一人前の騎士になるべく厳しく扱かれるらしい。「もう二度と戻りたくない」と言っていたのは、クレメント談。
「そうです。ウルセンの訓練施設に居た頃の話です……僕も、一時期投げやりな気持ちになっていた期間がありました。そこで、施設に弁当売りに来ていたグウィネスと知り合いました。幸いどう転んでも爵位が回ってくる訳ではない僕には、家族は何の期待などもしていない。家を出て騎士として身を立てていくつもりだったので、貴族の身分も捨てるつもりでいました」
暗に当時のランスロットはその時に付き合っていたグウィネスと結婚するつもりだったと聞いて、胸がぎゅうっと絞られたような気がするくらいに複雑な気持ちにはなった。私だって、クレメントと付き合っていた時は彼のことが好きだった訳だし……結婚するつもりでいたことは、あったけど。
お互い様だからと言って、嫌な気持ちを抑え切れる訳でもない。
「グウィネスは、確かに思わず声を掛けてしまうくらいの美人だよね……」
「僕は、ディアーヌが一番好きですよ」
彼の過去にどうしても納得し難くて拗ねてしまった私が、ぽつりとこぼした言葉に彼は完璧な返しをした。
まるで人形のような容姿を持つ彼女より、彼に自分の方が好ましいと言われて嬉しくない訳が……なかった。にやついてしまいそうな口元を、慌てて引き締める。
「本当に。誰よりも愛しています。ディアーヌ」
ランスロットは、じっと見つめて甘い言葉を重ねた。彼が面白がっているような空気も感じる。さっきの言葉を聞いて、舞い上がりそうだった気持ちがバレてしまっていた。
「……それを言えば、何でも許されると思っているでしょう」
そう言うと、彼は思わずといった様子でふわっと笑った。とてもとても珍しいランスロットの笑顔に、胸がきゅんと高鳴った。頭の中では、過去は過去だし今この場は流されても良いんではないかという強い勢力が出て来た。
「許してくれます?」
「まだ、話は終わっていないけど?」
こうしてわざとつんつんした振りをしても、一度崩れてしまった緊張感はもう戻らない。確かに気になることは聞いたし、そういう時に言って欲しい言葉はもう貰った後だし、これからの展開がどうなるかと期待してしまう。
ランスロットが、防御するには頼りない生地の寝巻きを着ている私の胸の上に大きな右手を置いた。ふわっと彼がそこに触れるだけで、甘い期待が心をよぎる。
そういうのも、きっとランスロットには全部読まれている。
「……彼女とは三ヶ月ほど付き合いましたが、突然やって来た婚約者を名乗る男性に殴られて終わりました。まさか、グウィネスが……あの婚約者から逃れてレジュラスに来ていることは、知りませんでした。東の地から亡命に近い形で魔女が一人住み着いたということは、一応職務上の情報としては知っていましたが」
「その情報を聞いて、もしかしてって思わなかったの? 東の地から魔女がこちらに亡命するなんて、よっぽどの事なのに」
レジュラス東方にある通称東の地と呼ばれる国は、余所者は受け入れず閉鎖されている。彼ら独自の固有の文化が栄え、他の国とは一線を画している。とは言っても、大国レジュラス以外とは国境を接していないし、歴代の国王の方針は「あの場所には決して手を出すな」という話だから、あちらが出て来ない限りは彼らに会うこともない。
魔力を持つ特定の人のみが使える魔法とは違う呪術と呼ばれるものを使用出来るのも、彼らだけだと言われている。
「これを言ってしまうと……なんて薄情だと言われるかも、しれませんが」
薄い生地を隔てて敏感な胸に触っているランスロットの右手は、動きそうで動かない。そこ以外の場所には触れられていないというのに、まるで彼の身体全体に包まれているような気もして来た。
「早く言って」
言葉を止めた彼に焦れた私は、我慢出来ずに言った。
「もう僕はディアーヌの事しか、考えられなかったので」
何か熱いものが込み上げて目が思わずうるっとしてしまったのは、仕方ないと思う。きっと……私は何かを不安に思ったとすれば、こうして彼からの確かな愛情を示して欲しい。そうして、前に進んで行きたい。
だから、私は自分で腕を伸ばしてランスロットの首裏に手をかけた。彼の唇に軽いキスをした。ふわっとしている記憶に間違いがなければ、これが人生初の自分からしたキスだと思う。
ランスロットは……こんな顔をしてと言っては何だけど、彼の性格的に尽くすのが好きなのかもしれない。だから、前の恋人にだって、彼女の思うような快感をあげていた。だから、きっと前にした時も、彼が感じさせるのが上手だと思ったんだ。
ランスロットと私の二人は、互いにこれが初恋ではない訳で。彼の前の恋人とのあれこれを想像して複雑な思いになってしまうのは、如何ともし難い。
こういう事を、大好きなランスロットとグウィネスがしてたかと思うと、心模様を写す水面が複雑に湧き立ち一斉に「彼は私だけのもの」と言う、頭の中は満場一致な全員賛成な意見になる。
二人で熱い夜を過ごしたあと、私は彼の腕枕で眠りそうになっていた。
「ランスロットは私のもの……」
ぼそりと呟いた言葉に、目を閉じていた彼は顔を上げた。
「それは、間違いない。どうして?」
「確認したかったの。私以外と、そういう事したら……」
その後どうするかを言うか、迷った。すごくすごくとんでもない要求が出来るようにしたい気もするけど、それは彼が絶対しないようにしようと思うような事にしなければとも思った。
「したら?」
ランスロットは、私が次に何を言うかを楽しんでいる。絶対に彼はそういう事はしないと信じてはいるけど、不確かな恋愛関係というのはいつも不安が付き纏うもの。
「別れる」
普通の要求だったかなと思いつつ言ったら、ランスロットは目を見開いて驚いていた。
「別れたくないので、絶対にしません」
キッパリと、そう言い切った。呼吸を合わせて、抱き合う。離れる時の事なんて、今は考えられない。
言葉でも意識の中でも、なんでも良いから。ランスロットは私だけのものだと、そう刻んで置きたかった。
誰よりも、独占したい。心から溢れそうで抑えられない気持ちは、きっと一生落ち着かない。
だって、私たちは人間だから。互いの意識を保ったまま溶け合ってひとつになんて、絶対になれないし。
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