第18話「報告」

 お互いの気持ちを通い合わせることが出来て付き合うことになった私たち二人が、文字通りにあれよこれよとしている間に、王太子であるコンスタンス様とその婚約者ラウィーニアの安全を考慮して、私たちは滞在する期間を切り上げて王都へと戻るという判断になった。


 そうして、帰って来てから早々に、ランスロットは私の父親であるハクスリー伯爵に会うことを希望した。付き合ってから、少し経ってからが良いんじゃないと私が言っても頑なに。


 正式に父へと面会を希望する手紙を送り、双方の予定を合わせて一週間。


 現在、私たちは父の書斎にて、二人掛けのソファの隣同士に腰掛けており、完全に結婚を報告する様子となっている。


 父は、私たちから「なるべく早く婚約したい」と聞かされて、なんとも言い難い微妙な表情をしている。


 何故かと言うと、やっぱり……彼に告白されてからすぐに疑った私のように、父も疑っているんだと思う。、


 周知の事実として、付き合っていたクレメントと別れたばかりで彼のライバルだともっぱら噂されているランスロットと付き合うことにより、これから先に起こるだろう不都合な事態などを懸念しているのだと思う。


「別に、君との婚約について……特に反対をしている訳ではないが。ディアーヌは、一年間付き合っていたクレメント・ボールドウィンと別れたばかりだからな……まだ婚約するには、時期尚早だろう。少しだけ、手続きには時間を置こう」


 色々とこちらも真実を言えない事情もあり、クレメントに振られて物凄く落ち込み閉じこもっていたと誤解をしている父親に対して、実はもう既にランスロット以外には嫁げない状態になっているとはさすがに言い難い。


「わかりました。ハクスリー伯爵にお許し願えるまで、待ちます」


 ランスロットは父の重々しい言葉に特に不満は見せず従う姿勢を見せ、父は目に見えてほっとした顔をしていた。


 自分の父親ながら、思っていることがとてもわかりやすくて、こんなことで世知辛い貴族社会でやっていけるか少し不安にもなった。


 隣に座っている人が考えていることがとてもわかり難いので、その対比もあるのかもしれない。


 思ったより短時間で親への結婚の許可を取るという目的を終えた私たち二人は、父に挨拶をしてから廊下を一緒に歩いた。


 実は彼は本来の休みを返上して働いているところを、仕事を抜けてまで来てくれていたので、このままトンボ帰りして仕事場に戻るらしい。


 このランスロットだけに限った話ではなく、現在の王宮騎士団は総力を挙げて王太子の婚約者を狙った件についての詳細を調査中らしい。


 襲われた彼らのすぐ傍に居た私が誰よりも思うくらいに、確かにあれは怪しい。


 コンスタンス様とラウィーニアの二人が街歩きに行こうと言い出したのは、私とランスロットを会わせてあげようという、なんてことの無い気まぐれだったはず。


 あんなに、タイミング良く媒介となった子どもたちが現れるのはおかしい。なので、内部の犯行なのではと睨んでいる人が多いらしい。


 ハクスリー伯爵家の邸は、建国より仕えているご先祖代々使っているものなので、年代物ではあるけど広い。天井の高い玄関ホールで彼は振り返り、恋人とお別れをする慣例通りに、私の手の甲に軽いキスをした。


「それでは」


「はい。忙しいところに来てくれて、ありがとう……ゆっくり話せないのは残念だけど」


「いえ。このまま、帰りたくはないんですけど……すみません」


 そして、もう一度頬にキスをして、彼は扉を出て行った。



◇◆◇



 馬車でラウィーニアと王城に向かうことになったのは、王太子コンスタンス様が開催するお茶会に招かれたから。


 あの時のお詫びをしたいとの事だったけど、彼は婚約者を狙われた被害者で、自身は特に悪いことはしていない。


 けれど、組織の責任者って、そう言うものなのかもしれない。


 悪くなくても、詫びるなんて良くあることだろう。彼のような、本人が詫びたい場面だったとしても、それが出来ない場合もある王族という難しい立場にあれば尚更そうだろう。


「大人気な美形騎士と、せっかく付き合い出したって言うのに、なんだか浮かない顔だこと。ランスロットに憧れている女の子たちに、刺されるわよ」


 隣の席に座るラウィーニアは、呆れた声を出した。付き合いたてなら、もっと浮かれていてもおかしくないと思って言ったんだとは思う。


 これも、二度目の恋は初恋とは違うと言えるかもしれない。


 きっとラウィーニアの言うような……私の立場に嫉妬してしまう子の数は、彼と身分の釣り合うことの出来る貴族令嬢を含めて、沢山居るとは思う。


 クレメントと付き合っていた時も何度も意地悪はされたけれど、その立場について優越感を感じられると言うかと言うと否だ。性格的な問題はあるとは思うけど、別に私は彼の容姿や立場だけで、付き合いたいと思った訳でもない。


 やっぱり傷ついている時を埋めてくれるようにして「誰よりも愛してる」と、言われた分の加点は大きいと思う。どんなに好ましい条件を持つ男性でも、自分を好きではない人は魅力的に思えないだろうから。


「……少しだけ。ランスロットの事について、気になることが……あって」


 最近思い悩んでいることを、ラウィーニアに言い当てられて私は小さく息をついた。


「え? 何? ランスロットって、もしかして……あんな顔をして、何か変な性癖でもあるの?」


 ラウィーニアは、ちょっと微妙な顔をした。もちろん。誰かが持つ性癖に関しては、他人がどうこう言う権利などない。勝手な言い分なんだけど、確かに正統派な美形騎士には完璧な自分の想像通りに居て欲しい気持ちは私もそうなので良くわかる。


「ちっ……違うわ。それは、違うんだけど……」


「はっきりと、言って。どうせすぐに吐くんだから、時間の無駄よ。それに、ディアーヌは私に相談したがっているでしょう?」


 幼い頃から過ごしたラウィーニアに、何かを誤魔化せるはずもない。私ははーっと再度大きく息を吐き出してから、意を決して彼女に悩んでいたことを話すことにした。


「あの……付き合い始めて直後に、私たち一線を越えたんだけど」


「そこは、二人の自由だし……それに関しては、私は何も言わないわ。それで?」


「ランスロット。凄く……ああ言うことに、手慣れていたの。冷静に考えれば彼くらい素敵な人なら、おかしくもなんともないんだけど。私の手を取る時も、震えていたのにって思っちゃって」


 どう説明すれば良いか悩んでしまうような困惑を理解してくれたのか、どうなのか。ラウィーニアは、良くわからないと言った様子で首を傾げた。


「ディアーヌの言わんとしていることも、わかるんだけど。あんなに美形な騎士が……その、全く経験なく初めてだと言うのも、少し不気味な話だと思うわ。私も、コンスタンスに聞いただけだけど……騎士団って、大抵飲み会の後は娼館に行くらしいのよ。そういうお店が現にあるんだし、伴侶もいない独身の騎士なら利用するんではないかしら。それに、彼ならばただ抱いてほしいから、付き合ってくれなくても構わないという向こう見ずな女性も……数多く群がるでしょうね」


 男性の事情を言っているラウィーニアは、とても複雑そうな様子ではある。


 確かに出来れば自分だけで居て欲しい女性側としては、それは難しい問題ではある。でも性欲は、誰にでもある。それに、戦闘職であれば戦いの後は気分が高揚して、どうしてもそういう気分になりやすいらしい。


「なんて言えば……良いかしら。私のして欲しいことを先回りして、わかっているみたいなの。それって、誰かに愛されているばかりでは絶対に身につかないでしょう? だから……」


 聡明なラウィーニアは、私が言外に言いたい事をあっさりと察してくれたようだった。


「ランスロットには、元々付き合っていたとても愛していた女性が居て、その彼女とそういう事を上手くなる程にしていたことが気になる?」


「だって、私だって……クレメントと付き合っていたと言えど、彼とはそう言う関係にはなっていなかったもの」


 私なんて彼を嫌うクレメントと嫌がらせのためにと一年間も付き合っていて、それでランスロットを苦しめていたと言われれば、もうそれまでなんだけど。


 好きになった人の過去が気になってしまうのは、仕方ない。


「誰にだって、過去はあるでしょうね。でも、ここ数年に、ランスロットが異性に興味を持てない氷の騎士と呼ばれていたのは、紛れもない事実よ。もし誰かと付き合っていたとしても、それ以前の話でしょうね」


「元恋人……こういうのって、きっと気になっても聞かない方が良いよね?」


「それが……一番良いでしょうね。きっと、それが誰かとか……詳細を知ってしまえば、気になって仕方なくなるでしょう。気がつかなかった事として、心に仕舞っておいた方が良いわ」


「そうよね……聞いてくれて、ありがとう。ラウィーニア」


「絶対に、その人の名前なんて知らない方が良いわよ。私も……コンスタンスがある貴族の既婚女性から、王族の慣例として閨の指導を受けているのは知っているけれど、それが誰かなんて絶対に知りたくないもの」


「コンスタンス様が……?」


 あんなにもラウィーニアを愛しているコンスタンス様が……と、私は呆気に取られたまま、寂しげな笑みを浮かべる彼女を見つめた。


「彼は王になる人だから。万が一があってはならないと、子どもが出来るようなことはしていないかもしれないけど。その直前までだったりは、きっとしていると思うわ。でも、コンスタンスが私を愛してくれているのは知っているし、彼がそうしているのは王太子という仕事の一環だからと言うのもわかっている。でも、時々複雑な気持ちにはなるわね。世の中には知らないままで済むことなら、知らないままでいる方が幸せなことも……沢山あるのよ」


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