破れた恋に、火をつけて。〜元彼とライバルな氷の騎士が「誰よりも、貴女のことを愛している」と傷心の私に付け込んでくる〜

第11話「つめたい」

　仕事上とは言え、自分の婚約者を庇ったランスロットの異変を重く見たコンスタンス様は、すぐに城から筆頭魔術師リーズを呼び寄せた。

　関係者なんだから自分も一緒に聞くと私は言い張り、リーズの説明時に傍に居た。私とランスロットの関係を知ってか知らずか、言いづらそうに彼の口からこの事態が明かされた。

　あの黒いもやもや……ランスロットが受けた呪いの正体は「恋愛感情を消して、それに纏わる記憶もすべて消してしまう」というものであった。

　自分の事だからこそというか、逆に冷静に考えられた。

　王太子コンスタンス様に対して効果的な大ダメージを与えたいなら、それは物凄く良い方法なのかもしれない。愛しのラウィーニアをようやく名実共に手に入れたと思っていた彼が、この先長期間大事な政務に手がつかなくなる恐れもあった。思いついた人はきっと、とっても頭が良い。そして、とっても、性格も悪いんだろうけど。

　そして、結果的に私にその効果的な大ダメージが、回ってしまった訳だけど。

　立ったままでその事実を聞き、何の言葉もなくふらついてしまった私を素早く支えてくれたのは、他でもないランスロットだった。

「ありがとう」

　体を支えて手を取ってくれたランスロットの手は当たり前だけど、少しも震えてない。だって、彼は今は私の事を好きではないから。思わぬ事でその事実を思い知ることになり目を見開いた私にも、彼は騎士らしく紳士的に接しただけだ。

「……いいえ。お気になさらず」

　他人行儀なさらっとした言葉は、私の胸に鋭く突き刺さるようだった。つい先ほどまで感情の見え難い無表情ながらも、彼なりに好意的に接してくれていたのに。

　彼は、何も悪くないのはわかっている。

　職務遂行中に、ただ一人で対処して。不意を突かれて、仕掛けられた全てに対応出来なかったのは……仕方ないと思う。あの場に居た私は、痛いくらいそれは理解している。

　ただ、ランスロットの中での、私への恋愛感情が消えてしまっただけだ。一国民として国を支えるコンスタンス様とラウィーニアには、何もなくて良かったと言える。

　ここからは呪いを受けた本人が居ても、詳細を聞かせれば動揺させてしまうだけだという判断で、ランスロット本人は部屋の外に出されることになった。コンスタンス様から指示を受け礼儀正しく礼を取り去っていく彼に、私は言葉もなかった。

「あれは、攻撃的なものではなかったから……傍に来ても、周囲の護衛たちには検知出来なかった、と言うことか……リーズ。なんとかならないのか」

　あの黒いもやもや……王太子の婚約者を狙う呪いを運んできたと思われる子どもたちはご褒美の飴を貰って、誰かからの指示通りに私たちの傍を通り抜けただけだと言う事だった。それであの子たちは、あの時に手に飴を持っていたと言う訳だった。

　王者の風格を持つコンスタンス様の「なんとかしろ」という圧の強い視線に晒されて、彼が悪い訳でもないんだけど、たっぷりとした黒い生地のローブを身に纏う魔術師リーズは困り顔だ。チラッと私の救いを求めるような目も見て、彼はより一層頭を抱えた。

「とは言っても……これは、ただの呪いとは言えません。東の地に伝わるという呪術的な……僕たちの扱う魔法とは、似てはいますが形態が全く異なるものです。思いつく限りで、たったひとつ可能性があるとすれば……グラディスの想い人である女性が、東の森に住む魔女の元へ向かうしかないと思います」

「一応は……心当たりはあるが彼女は、貴族令嬢だ。東の森と言えば、危険なことで知られている。何か他に方法はないのか」

　コンスタンス様は、ちらりと私を一瞥した後にリーズへ他の策を提示するように促した。けれど、リーズは首を振るばかりだ。

「いいえ。あの魔女は東の地から逃れるようにあの森に住んでいます。我が国に住まわせる代わりに、東の地秘伝の霊薬などを納めるという契約であの場所で住んでいます。人嫌いでも知られていますし……呪いに最も関わりがある、その女性と……出来れば、筆頭騎士の護衛一人を。その程度の人数であれば、気難しい魔女も特に警戒せずに、こちらの依頼内容を聞いてくれると思います。そこからは……魔女は気まぐれなので、聞いてくれるかは運ですね」

「私。行きます」

　ランスロット・グラディスの想い人であるという自覚はあった。決意を込めた私の言葉を聞いて、コンスタンス様とリーズは何かを伝え合うように目を合わせた。

　真っ直ぐに視線を向ける私を見て、コンスタンス様は思案顔だ。

「それは……呪いを受けた本人が居なくても、大丈夫なのか？」

「ランスロット・グラディスは、感情や記憶を強制的に塗り変えられたばかりです。いくら王宮騎士団の筆頭騎士の一人とは言え、単体での危険な任務に就かせることには、僕は反対します」

「だが。どうする。だとすると……」

「殿下に同行している筆頭騎士のクレメント・ボールドウィンが最も適任かと。それに、彼の炎系の攻撃は森の魔物たちには特攻になります。御令嬢の安全を見るなら、彼でしょうね」

　まさかの……クレメントもここに、来てたんだ。全く見かけなかったけど。彼も仕事とは言え、前にラウィーニアから私の前には姿を現すなと言われていたから……そういうことか。

「あいつは……件の令嬢とは、余り良い関係とは言えない。ジェルマンかヘンドリックは、こちらに呼び寄せられないか」

「他の筆頭騎士三人は、殿下が出発後に遠征に出ています。確かに単体での護衛任務には、彼らが最適だと僕も思います。移動魔法で呼び寄せることは出来ますが……」

「良いです。クレメント……クレメント・ボールドウィンと行きます。早く……早くランスロットの呪いを解いてあげたいので」

　失礼であることは、承知で……まだまだ続きそうな二人の問答を遮り、私はそう言った。

　コンスタンス様は複雑そうな表情で、眉を寄せた。私たち三人の、これまでに色々あった経緯を彼も詳しく聞いているからだろう。

「ディアーヌ。あいつは……グラディスはラウィーニアをその身をもって守ってくれた。僕も、出来るだけの事はするつもりではある。だが、本当に良いのか」

「王太子殿下。ご心配頂いて恐縮ですが。別れた男なんて、女性にとってみれば三ヶ月経てばもう他人です。彼には、東の森での護衛の任務だけ果たして頂ければ、私は大丈夫です」

◇◆◇

　東の森に行く話をすれば、ラウィーニアは泣いて心配していた。そんな危険な場所に行くなんてなんとかならないのと言われたけれど、呪いの大元になる私が行かなければならないと説明しても納得はしてくれなかった。それを振り切りコンスタンス様が侍従に言って用意してくれた、森に行く用の服を身につけた。

　そして、宿屋の階段を降りれば、彼が待っていた。

「……ディアーヌ。俺は」

「クレメント。私の護衛の任務を、引き受けてくれてありがとう。森の魔物との相性の問題で、貴方が一番に適任であると聞いたから、一緒に来てくれれば本当に助かる。でもあまり、話したくない理由もわかるでしょう？　余計な口は、聞かないで」

　コンスタンス様から、護衛するように命じられ、私を用意して待っていたんだろうクレメントは複雑そうな表情で頷いた。

「東の森の入り口へは、移動魔法で連れて行く。そこからは……魔物が出て非常に危険だから、俺の指示に従ってください」

　確かにクレメントの顔は整っている。騎士らしく凛々しく魅力的な容姿だ。そして、短い黒髪と赤い目は、この地方では珍しい。一年間、想った人だった。無理してでも、どうにかして一緒に居たかった。

　けれど、そんな彼の持つ何もかもに、今はもう何も動かされることはなかった。

　多分、きっと騙されていただけの理由ではなかった。大好きだった元彼なのは、確かだった。失恋した時に受けた衝撃の大きさで、それは理解をしていた。

　私は今、もう違う人に想いを寄せているからだと気がついた。ランスロットは、人が見ればとても不器用でわかり難いけれど、私の事を好きだと言葉でも態度でも。懸命に伝えてくれていた。

　クレメントには、それがない。魅力的な騎士で、ただそれだけ。

「よろしくお願いします」

　私の差し出した手を、クレメントは何も言わずに大きな手で握った。移動魔法が発動する。全身が何かに吸い込まれるような感覚がして、瞑っていた瞼を開けば、そこはもう鬱蒼とした森の入り口だった。

「ここからは、本当に危険なんで。俺の傍を離れないで。生きて帰りたければ」

　彼に言われなくても、絶対に生きて帰る。そうして、ランスロットの呪いを解きたい。

　彼と話したい。沢山。今までの何もかも。今私が、疑問に感じていた事全部を。