金魚鉢

KaoLi

1話 葬式

 突然だが、僕についての話をしてもいいだろうか?


 先日、僕の母が死んだ。

 なんてことはない。

 事件でもなければ、事故でもない。本当に寿命を全うしたうえでの『死』だった。

 僕は、一人っ子であったし、同時に――当たり前だが――長男であったため、こうして現在、火葬場にて家長としての務めを果たしている。

 父親のことはあまり知らない。なにせ、僕が幼い頃にいたからね。いわゆるうちは『母子家庭』だった。それも長くは続かなかったけれど。

 僕が小学校へ上がるくらいに、僕は母と引き離されたものだから、それからの彼女との記憶はほとんどない。棺桶の中で眠る、彼女と会ったのは実に三十年ぶりだった。記憶の中にある母と、何ら変わらなかったことがせめてもの救いか。死体である彼女と母とを間違うことはなかった。


 全ての行事が終わり、僕は火葬場の外にある喫煙所で煙草に火をつけ、吸う。「ふぅ」と空に向かって息を吐くと、ほわほわと雲と同じ色をした煙が宙を舞った。苦いにおいにせそうだ。

 思えば、母という人物はどんな人だったか。小学生以来、彼女と会ったことがない――というか会わせてもらえなかったというのが正しいか――ので、そこからの記憶のアップデートがない僕だけれど、僕が憶えている限りでは彼女はであったと思っている。

 母は、僕に対してを定期的におこなっていたらしい。

 あ。虐待といっても、きっと君たちが思っているような虐待ではないと思う――少なくとも僕は思っている――。いわゆる育児放棄、というやつさ。なんの知らせを聞いてか、児童養護施設がある時僕と母を引き離した。あの頃はよく分からずに母と離れたけれど、あのままではきっと僕は死んでいたかもしれない。今の僕なら理解かる。あの頃の僕が、これからを生きるために必要な『人生の選択肢』だったのだとね。……流石に、これはちょっと大袈裟に言ったかもしれないが。


 彼女が僕に残してくれたものは少ない。

 柚木始ゆぎはじめという『名前』と、風情のある住まい、たったそれだけだった。遺産もなにも彼女は持っていなかった。というか、保険にも加入していなかったから驚きだ。まあ……そこに関して言えばあまり期待はしていなかったので、そんなものだろう。一般家庭でもそこまで期待していたかと言われれば、さあ? と答えただろうけどね。

 火葬が終われば、次は遺品整理だ。御年おんとし四十になる僕の身体がもてばいいのだけれど。そう思いだすとえらいもので億劫おっくうな気持ちになってくる。歳を重ねることが嫌になる。

 もう一度「ふぅ」と空に向かって息を吐く。苦いにおいが、僕の周りに煙を撒き、ふわふわと揺蕩たゆたい目に染みた。

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