パンダ発見の日


 ~ 三月十一日(金) パンダ発見の日 ~

 ※悲喜交交ひきこもごも

  悲しさと喜こびを代わる代わる味わう。

  悲しさと喜こびを同時に感じる。




「パンダ発見」


 合格発表は通知でも行われるのだが。

 イベント大好きな凜々花と。

 付き合いのいい春姫ちゃんが。


 のうのうと、家で待っているはずもない。


 いつもと同じ通学路。

 春からの新入生と。

 ほぼ間違いなく春からの新入生。


 そんな二人を連れて。

 新鮮な気持ちで歩く俺が。


 真っ白な肌をしたフランス人形を。

 これでもかって程、怒らせた。


「……誰がパンダだ。失礼だぞ、レディーに対して」

「だって。凄いクマ」

「……これは緊張で一睡もできなかったせいなのだが、それ以上に言いたい事がある」

「なんだ?」

「……そもそもパンダという名称はレッサーパンダを指すものだ。それならば目の周りは茶色と白になるわけで……」

「ああ、悪かった悪かった」


 寝不足からくるイライラだろう。

 珍しいからみ方をしてくる春姫ちゃん。


「ねえハルキー。レッサーパンダって、あの腹黒いやつ?」

「……そうだ。まるで立哉さんのようだな」


 いや、俺も大概腹黒い方だけど。

 現在最も腹黒いのは。


 昨日から監禁されてる秋乃だとは思うのだが。


 そんなことを口にしたら。

 春姫ちゃんの機嫌をますます悪くさせてしまいそうだ。


 しかしまあ、春姫ちゃんのカリカリも当然か。

 軽はずみな言葉は避けよう。


 凜々花の合格は知っているし。

 ほとんど同点に近い結果だった春姫ちゃんが不合格になるはずはない。


 そう考えて、普段通りの気分でいた俺が悪い。

 ここからはしばらく黙っていよう。


 ……だから。

 さらに春姫ちゃんをイライラさせたのは。


 普段通りな気持ちでいた俺ではなく。

 普段通りでいてはいけないこいつのせい。


「でえ丈夫だって!」

「……どうしてお前はそう能天気なのだ?」

「ぜってえハルキーは合格してっから!」

「……その根拠は」

「ハルキーの場合、筆記で落ちてたとしてもルックスで確実に合格だから! 世の中、顔だって!」

「……その発言に警鐘を鳴らしたいのだが、それ以上に言いたい事がある」

「なあに?」

「……私はお前の心配で眠れなかったんだ」


 それから延々と繰り返される確認の。

 実に当を得ることと言ったら。


 名前は書いたのか、マークシートの行と列は間違えなかったのか、塗りつぶし方は大丈夫だったのか、選択肢にない答えを文字で書いたりしてないか、途中で飽きて落書きしてないか。


 既に結果が出ている以上無駄なわけなのだが。

 実にあり得そうな心配ばかり。


 ……長い長い。

 中学生という時間。


 そのうち二年間もずっと一緒に過ごしてきたんだ。


 凜々花という生き物の生態を。

 良く理解している。


 でも。


「ねえハルキー。目の下にパンダが出来てるよ?」


 凜々花の天然に。

 適切に突っ込むには今しばらくの時間が必要だった。


「……これはツキノワグマだ」



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 俺の予想に反して。

 それなり混み合う特設掲示板前。


 そこに並んだ四桁の数字に。

 一喜一憂という馴染みの光景。


「ハルキー! 番号探してあげようか!」

「……連番だろうに。えっと……、あったな」

「え? どこどこどこ!?」


 ああよかった。

 やっぱり、二人とも合格していた。


 でも冷静な春姫ちゃんとは対照的に。

 自分の目で見つけたいと騒ぐ凜々花。


 まあ、俺もお前の合格を知っていたのにわざわざ探してるわけだし。


 お前のことを笑えねえ。


 そして凜々花も。

 自分と春姫ちゃんの番号を見つけたようなんだが。


 二人は特に騒ぎ立てることなく。

 人混みを静かに抜けるのだった。



 ……そんな二人の気持ちが。

 俺の胸を締め付けたもんだから。


 思わず、両手で。

 それぞれの頭を、軽くなでる。



 凜々花と春姫ちゃん。

 彼女たちのすぐ目の前にいた女子二人。


 一人が号泣するのを。

 もう一人が、強く抱きしめてあげていた。



 もしも自分たちが同じことになったらと。

 そう感じてしまったんだろう。


 二人は、複雑な感情を共有したまま。

 一言も発することはなかった。


 

 かつては。

 他人を蹴落としてでも合格するのが受験だと考えていた俺だ。


 実際に、自分が合格すれば。

 誰か一人が不合格となるのは当たり前。


 弱者がふるいから落ちるのは当然という発想自体に、未だ変わりはないんだが。

 それでも、敗者を見て悲しい気持ちになるように変化した。


 俺に変化をもたらしたのは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 あいつなら。

 自分がわざと落ちて。


 顔も知らない他の誰かに。

 席を譲るくらいのことをやりかねん。


 かつての俺なら。

 理解できなかったバカな女。


 でも、今はそんな考えに至るあいつが。

 愛おしくてたまらない。



 ――ようやく、自らの目で合格を確認した二人に。

 はやく会わせてやりたい。


 きっと泣いて喜ぶことだろう。

 今、喜びを我慢した二人の分まで飛び跳ねる事だろう。



 でも、秋乃を開放してやる前に。

 まずはやらなきゃいけないことがある。


 俺は二人を伴って。

 校舎の裏手に回った。


 妙な所につき合わせて悪いが。

 生徒指導室の窓の外に仕掛けた罠を外さないと。


 腹黒いことを考えて抜け出そうにも諦めるよう。

 わざとらしく目立つように敷き詰めたとり餅罠。


 だが俺は、それを視界におさめるなり。

 頭を抱える事になったのだ。



「ワンチャンに賭けたんかい」

「……なんだ、あの餅まみれで動けなくなってる人間は」

「ねえおにい。あのクマが出来た目でこっちを見てる人、舞浜ちゃんに似てるんだけど」

「いいや、ちがう」


 俺は引き返して。

 二人を合格手続き所まで連れて行きながら。


 春姫ちゃんの手本になるべく。

 凜々花に対して正しいツッコミを入れた。


「あれはただの、レッサーパンダだ」

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