耳の日


 ~ 三月三日(木) 耳の日 ~

 ※用管窺天ようかんきてん

  視野が狭く見識がない




「逆に……」

「ふ、不安よね?」


 凜々花の入試対策。

 それはもはや。


 凜々花一人で立ち向かうものではなくなっていた。


 家を出るところから。

 凜々花の前後左右を固めるのは。


 黒づくめのスーツにサングラス。

 ジュラルミンケースを持った男女四人。


 駅までの道のり。

 電車内。

 通学路。


 だが、予想に反して。

 受けた被害は嘲笑と冷たい視線だけ。


 こんな状況。

 逆に不安でしかない。


「絶対に校舎内で何かが起こる……」

「突風が吹いてテスト用紙が飛ぶとか……」

「先生に立たされるとか……」

「机に彫刻刀で竜が彫ってあって、まるで字が書けないとか……」


 考えうる不幸は枚挙にいとまがない。

 だが、親父だけは危機感のないため息をつく。


「マークシートでしょ? 字は書かなくても大丈夫だと思うんだけど」

「うるさい。あんたは黙って空を警戒してなさい」

「親父は黙ってライオンが徘徊してないか警戒してろ」

「二人の意見を合わせると、僕が探すのはマンティコアになるんだけど」


 ここまで何事も無かったことが逆に不安で。

 俺たちSP四人衆は。


 校門で凜々花を見送った後も。

 こうして校舎に向けて祈り続けていたのだった。


 いやもとい。

 心配してるのは、三人だけのようだ。


「ほんとに、そこまで心配しなくてもいいんじゃないかな?」

「うるさいわねあなたは。空の警戒はどうしたの?」

「ケルベロスが出るかもしれん。首が三本ある生き物に警戒してくれ」

「困ったことに一匹だけ思い当たるんだよね。首三本で空飛ぶ生き物」


 面倒なのか。

 昨日から文句ばっかり言い続けるこいつは戦力にならん。


 便りになるのは最後の一人。


 付き合いがいいのやら。

 それとも楽しんでいるだけなのやら。


 そんなこいつは、舞……。


「た、楽しいね……」

「さすがに前者であってほしかった」


 俺たちと共に。

 凜々花を守っていたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪をシルクハットからなびかせて。


 ジュラルミンケースを開けて。

 なにやら機械工作を始めたんだが。


「おまえだけ、帽子が間違ってるせいでマジシャンに見える」

「そ、そんな奇術師による、令和最大のイリュージョン……」

「なにそれ。この緊急時に付き合わなきゃいかんのか?」

「何の変哲もない機械を組み合わせるだけで……」

「変哲しかないわ。なにその基盤」

「完成……」

「ダメそれアカンやつ!!!」


 気付くのが遅れた俺の手をすり抜けて。

 宙へ舞い上がる特殊な形をしたドローン。


 こんな行為、手の込んだカンニングと疑われる。

 しゃがんだ膝の上にタブレット端末を置いて操作している正太郎君を止めないと。


 だが、愛ゆえに魂を闇に染めたお袋が俺を羽交い絞めにした。


「このやろう! 放せ! 俺は親だからって手加減しねえぞ!?」

「あたしに与えたダメージ量に応じて査定が下がるけど、それでもやるというのかしら?」

「くそう! お財布事情を人質に取るとは卑怯だぞ!」

「秋乃ちゃん、よくやったわ! 画面を見せて!」


 お袋の言葉に頷いて。

 俺に向けられたタブレット。


 こんなものを見たらカンニングの共犯になる。

 そんな理屈にたどり着くよりも前に。

 視界いっぱいに広がった画面に表示されていたものは。



 SOUND ONLY



「うはははははははははははは!!! 耳馴染みのある筆記具の音が鮮明に!」

「あ……。そこ、間違ってる……」

「分かるわけあるかい!」


 俺の突っ込みに。

 てへりと舌を出す秋乃だったが。


 お袋の剣幕に驚いて。

 目を丸くさせることになる。


「ちょっと! 映像出して! カメラは付いてないの!?」

「ま、舞浜の仕事に抜かりなし……。カメラはもとより、自爆スイッチも……」

「じゃあ早く! カメラ、ON!」

「ひうっ!? ら、らじゃー」

「よせやめるんだ!」


 残念ながら。

 お袋の指示に逆らえるはずもない秋乃は。


 タブレットを操作して。

 カメラ機能をアクティブにした。


 すると。

 不明瞭な校舎の映像が画面に現れて。


 ……俺と秋乃は。


 急に、穏やかな心地となる。


「もっと寄って! まるで見えないから!」

「いや……。もういいぞ、秋乃。多分……」

「うん。多分、二人は大丈夫」

「何の話よ! ああちょっと! 映像消さないで!」


 心配すぎて、我を忘れたお袋を。

 親父が怒鳴られながらも引きはがす。


 そんな騒ぎの中。

 高性能マイクからは。


 真剣さの象徴たる。

 筆記用具の音だけが耳に届いていた。



 まあ落ち着けよ、お袋。

 大丈夫だから。


 俺は秋乃へ目配せをすると。

 秋乃は笑顔のまま。

 自信満々に頷いた。



 ……大丈夫さ。

 だって、凜々花と春姫ちゃんが試験を受けているその席は。



 一年の時。

 俺と秋乃が使っていた席だからな。




「あー、そこのドローンに告ぐ。悪意は感じんが、不正は不正だ。立っとれ」



 そして、秋乃がタブレットから聞こえて来た聞き馴染みのある声に驚いて操作を誤ると。

 ドローンは、開いていた窓とドアをするりと抜けて。



 一年の時、俺の定位置だった場所に突き刺さると。


 そのまま機能を停止した。

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