防災の日


 ~ 三月一日(火) 防災の日 ~

 ※墜茵落溷ついいんらくこん

  因果によらず

  人には運も不運も訪れる




 一分一秒たりとも無駄にできない。

 そんな凜々花とのマンツーマンレッスン。


 風呂の中でも筆算特訓。

 夜食の間も公式暗記。

 トイレのドア越しにねがいましてはと声をかけ。


 そして寝ぼけ眼で顔を洗って歯を磨いて。

 あくびの合間に朝飯を口に放り込んで。


 凜々花と二人、参考書から片時も目を離さずに。

 気付いたときには。


「保坂」

「はい」

「はい」

「立っとれ」

「はい」

「はい」


 いつものダミ声に素直に従う兄妹を。

 クラスのみんなが大笑いで見送るのだった。

 


 ……そして、いつもの場所に立つと。

 途端に襲い掛かるのは疲労感。


 さらには。

 尋常じゃない程の睡魔。


「ねみい」

「ねみい」


 午後も勉強を続けるにしても。

 ちょっとは寝ておかないといけないな。


 そしてこちらもちょっとだけ。

 何か食っておかねえと。


「それにしても……」

「ん? 次の問題いく?」


 いやはや、天才なのかスポンジなのか。

 はたまた、美人お姉さん女教師による基礎固めが完璧だったせいなのか。


 たった一晩で中二まで。

 数学の参考書を一気に理解したこいつは、天才・保坂凜々花。


 ちょっと難しめの問題集ですら。

 ノータイムで解き進めるこいつに。


 試しに、有名私立校の過去問を解かせたところ。

 それなり首をひねりながらも、見事に正答した。


 そんな凜々花いわく。



 このゲームやべえ。

 沼る。



 さすが天才と褒めてやるべきなのか。

 チートだきたねえと怒るべきなのか。


「信じがたい頭脳してるな、お前」

「こんくらいよゆーのよしきちゃんよ!」

「もう、次の教科書で最終巻だぞ?」

「もう最終巻か……。もったいなくて読めねえな」

「そう言わずに一気に読んでしまえ。外伝もスピンオフもたくさん出版されてるから安心しろ」

「そりゃすげえ……。おにい、まさかとは思うけど、薄い本とか隠してねえよな?」

「数学の同人誌ってどんなだよ」


 眠気と空腹で。

 妙な会話をする俺たちを。


 すぐおとなりでクスクス笑うのは。


「なぜついてきた」

「なんとなく……」


 昨日クビにした前任女教師。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 この場はこいつに任せて。

 俺たちは、メシと睡眠を済ませてこようかな?


「……おお、すげえいい香りがする」

「もうすぐ昼飯だからな」

「給食の香りってたまらんよな!」

「ねえよ給食」

「へ? それじゃこれ、お隣りさんちのお昼ご飯?」

「購買だ」

「おお……! それ、あこがれてた!」


 なるほど、中学校には無いからな。

 それじゃ、あんまり沢山は食わせられないけど。


「行くか、購買」

「ほへえええええ! ご、ご機嫌じゃんおにい! 凜々花、こんくらいのお礼しかできねえけど……!」

「いらんわ。抜いた毛を渡されてどうしろってんだ」


 凜々花が手でしごいてバネ状になった毛を放り捨てながら。

 早速購買に向かう俺に、凜々花が慌てて付き従いながら聞いてきた。


「なにがうめえの?」

「そうだな。最近じゃあ、ズコットケーキが人気かな?」

「おお! インスタで見たことある!」

「で、でもあれ……。一瞬で売り切れる……」


 そうなんだ。

 人気って事しか知らなかったけどそこまでなのか。


 と言うか。


「どうしてついて来る」

「だって……」

「なあなあ! そのズゴックケーキ、まだ売ってんの?」

「ズコットケーキな。今は、四時間目が始まったばっかりだから買えるだろ」

「やた……っ!」

「やた……っ!」

「だから。お前は授業に戻れって」


 堂々とサボりやがって。

 後で立たされても知らねえぞ。


 とは言え、女子が奪い合うようにしてるほどのケーキらしいし。

 気持ちはわからんでもないから良しとしよう。


 そう思いながら一階まで降りてはみたものの。

 予想外の光景に出くわして目を丸くさせることになった。


「あれ? まだ昼休みじゃねえよな?」


 購買に出来た行列は。

 昼休みのそれとほぼ同じ。


 これはなにごと?

 

「あ……。そう言えば、一年生は三時間目までしかないって朱里ちゃんが言ってた……」

「まじか」


 明日は入試準備で休みだし。

 ほんとは二年も早めにおしまいだったんだろうけど。


 あのダイヤモンド頭の学年主任が却下したのに違いない。


 しかし。

 そのせいで。


「えー!? そ、それじゃスコットランドケーキは……」

「もうねえだろうな」


 がっくりとうな垂れる凜々花の肩に。

 秋乃が優しく手を置いてるけど。


 それより、どうにも気になって仕方ねえ。


「お前、ここんとこどんだけついてねえんだよ」

「おかしいなあ……。凜々花、こういうの必ずゲットできる方だったと思うんだけど……」


 そうだよ。

 お前の強運、神様が面白がってステ振りしたんじゃねえのかって疑う程のもんだったはず。


 それがどうしてここ数日。

 不運ばっかり続きやがる。


「じゃあ、二番人気を狙うか? 秋乃、教えてくれ」


 廊下に出来た列に並びながら。

 俺が秋乃に聞いてみると。


「マリトッツォかな……」

「おお! あの泡噴いた貝みてえなやつか! 食いてえ!」

『マリトッツォ、売り切れましたー!』

「ふええええええ!?」

「聞いてたみたいなタイミング!」


 購買の中から響いてきた声に、再びうな垂れる凜々花だが。


 ほんとついてねえなあお前。

 でも、まだまだチャンスはある!

 

「じゃあ三番目は……」

「生絞りモンブラン?」

『それも今売り切れましたー!」

「うはははははははははははは!!! やっぱ聞いてるじゃねえか!」


 いや、笑い事じゃねえか。


 凜々花の不運。

 いよいよ本気で信じずにはいられなくなってきた。


 しかし、不運続きのスタート地点。

 元はと言えば……。


「お前、正月に貰ったお守り落としてからだよな、不幸になり始めたの」

「へ? …………そう、かな?」


 確か、最初の一歩がそれだったはず。

 ならば、そのお守りは。


 今、どこにあるっていうんだ?

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